48.イカロスの憂鬱 (49/76)


「わあ…!」

ユイはタイニーオービット社内の『シーカー』本部を見て、嬉しそうに声を上げた。
あわあわと手を細かく動かしながら、あっちに行ったりこっちに行ったり…正直危なっかしくて見ていられない。
というか、緊張感がない。
さっきの地殻動発電の話とか海道義満の話とか…右から左じゃないでしょうね?

「ちょっとは落ち着きなさい。ユイ」

「う、うん…。落ち着いてます、落ち着いてるよ?
でも、こう最新機器があると騒がずにはいられない…」

きらきらと目を輝かせながら、ユイは室内を見て回る。
それから、ふっと天井を見上げた。

何かしら。あの不思議な動作は。

「何、間抜け面してるんだよ」

「間抜け面じゃないよ。
ただね、ここの屋上って行けないのかなと思って。
確か、タイニーオービット社の屋上にはヘリポートがあったはずだから、ちょっと見てみたいなあって」

「ヘリポートなんて、見て楽しいか?」

「楽しいよ。
…多分」

「多分って、お前なあ」

「あっ! 見せてもらえるか、頼んでくるー」

「おい。ちょっと待て!」

嵐のように会話するユイとカズの二人に何も言えないまま、私はその後を追いかける。
エターナルサイクラ―製作までにはもう少し時間があるので、バンにその場は任せて、許可を貰って屋上のヘリポートに上がった。

「おおー」

社員の人に案内してもらい、ヘリポートに上がった私たち。
そこは普段は立ち入り禁止ということだったけれど、その理由は一目瞭然。
こんな高い場所だというのに柵がないのだ。

「あんまり淵に近づいちゃダメだよ」

白衣を着た社員の人に注意され、三人で顔を合わせる。

「だってさ」

「お前が一番気を付けろ」

「そこまでじゃないよ…」

「正直、ユイは冗談にならないと思うから、あんまり近づかないでね」

「アミちゃんまで!」

若干涙目になりながらも、ユイはふらふらとこけても大丈夫なところまで行き、下を観察する。
本当に興味があるのかはわからないけど、大きな『H』のマークを腕を広げながらこっちもふらふらと歩いてなぞっていく。

途中で見つけた非常階段にも駆け寄って、色々と調べていた。

「うーん…我が家にも一つ欲しいなあ。
一家に一か所ヘリポート」

「普通の一軒家にそんなもんはいらねえだろ」

「ええー…」

心底残念そうなユイの声がヘリポートに響いた。
しばらく青い空を見たり、やっぱり地上を見たりして満足したのか、にこにこと笑顔でヘリポートから室内に戻った。


■■■


「え…と、どうかした? ジン君」

「いや、別に」

その顔は何かあるって顔なんですけど、いかがなものでしょうか。

場所はタイニーオービット社の旧地下坑道。
目の前には重低なキャタピラ音を響かせる戦車。
ここを突破されれば、世界は危機的状況になるという中で私はジン君からのなんだか疑うような視線に耐えるので精一杯だった。
クイーンも心なしかへろへろとしている。

…これはいつものことだけど。

「えーと、ジン君。ごめんなさい」

「何故謝る」

「…なんとなく」

「理由もなく謝るのはどうかと思う」

「す、すみません」

結局最後は私の謝罪で締められた。
クイーンで敵の駆動部にぽんぽんと気の抜けていると思われる攻撃を撃ちこんでいく。
私の精一杯なんです。

この場で郷田先輩がいないことが本当に悔やまれる。
あの人なら、この状況を打破してくれるはず…!

「うう…」

目の前の戦車に泣くより先に、目の前のジン君の態度に心が折れかけた。

それでも、ここを突破されるわけにはいかないので、戦車に向かうゼノンとオーディーンをクイーンで援護する。

ハッカー軍団さんのLBXが目隠しとして爆炎を起こす中、私は戦車をハッキングするゼノンを守るためにあわあわと動く。
緊張感がないと言われてしまえばそれまでだけど、上手い具合に駆動部に当たってくれる。

初めての実戦にしてはいい感じだと思う。

ちらりとジン君のハッキングの動きを見る。
0と1の集合体ではなく、視覚的に分かりやすいパズル型のその画面はどんどんと埋められていく。
ジン君の実力もあるし、CCM自体のCPUの違いもあるのだろう。

クイーンを操作しつつ、それをじーっといつかのように眺める。
意外とああいう操作でも癖は出るもので、いくつかパターンを見つけることに成功した。
なるほど。ああやってハッキングしていくんだなあ。

何があるというわけではないけど、収穫として頭の中にメモしておこう。

「何を呆けた顔をしている」

「は、はい?
呆けてない、呆けてない!」

ぶんぶんと頭を振って否定する。
ああ…頭の中のメモが飛んでいくようです…。

気づけば、目の前には戦車が迫っていて、オーディーンの小型スピーカーからバン君の切羽詰った声が聞こえた。
CCMを握り直そうとして、止めた。

ジン君が何でもなさそうに立っていたからだ。
これなら大丈夫そうだと、信頼して私もその場でじっとしていた。

そのまま、戦車は私たちに辿り着く前に動きを止める。

「ふえ〜…寿命が縮むかと思った」

結構ギリギリの距離で止まったそれに胸を撫で下ろす。

ジン君は無言のままCCMを閉じ、傍らまで来ていたオーディーンを拾い上げる。
私もそれに倣うようにして、ホバリングしていたクイーンを私の手に下ろす。

「お疲れ様」

そう声を掛けて、鞄にクイーンを仕舞い込んだ。

「鳥海ユイ」

ジン君が私の名前を呼ぶ。
相変わらずのフルネーム。心の距離がとんでもない。
もちろん遠いという意味です。

「………」

「?」

沈黙。
この場所には人間は私と彼しかいない。
味方のLBXが移動する音は聞こえるけど、それ以外は静かだった。

「君に姉妹はいるか?」

「…いるけど。それがどうかした?」

私が答えると、彼は目を丸くする。
それは珍しいことで、いつもは嫌そうな顔をされるから、今度はこっちが驚いた。

「双子か?」

「うん。
双子の妹、いたよ」

なんで知っているの? とは思ったけど、彼の顔が緊張しているように見えて余計なことは言えないと思って口を閉じた。

沈黙がまた続く。
がらんとした坑道で音がないのはとても寂しい。
何か話さなくちゃと思って、私は再び口を開いた。

「え、と…三歳ぐらいの時にお父さんとお母さんが離婚して、あんまり一緒に住んでたことはないけど、仲は良かったよ。
時々会ってたの。
私はお父さん似で、妹はお母さんに似てて、それでね…」

「いや、いい。
それ以上は聞くべきじゃないんだ」

「う、うん?」

変な言い回しだなと思ったけど、それ以上いう訳にもいかなくなって、釈然としないまま黙り込んだ。

「その妹は、今どうしているんだ?」

「……どうしているというか、何もしてないっていうのが正しいと思うんだけど…」

「どういう意味だ?」

「妹は、その…三年ぐらい前に交通事故で死んじゃったの」

「え……?」


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