46.殻の棺 (47/76)
「うん。
ここでいいわね」
腰に手を当て、イオは満足そうに頷いた。
河川敷をしばらく歩き、最終目的地にもそれほど遠くない場所を選んだ彼女はポケットからDキューブを取り出す。
それを適当に投げて展開させると、僕たちは無言のままLBXをフィールドに下ろした。
「えっと…普通でいいのかしら?」
「普通以外に何があるんだ」
「うーん、色々?
か、完全破壊とか…かしら?」
「さすがに止めてくれないか。
洒落にならない」
遠慮なくやりそうな感があるのが、余計に洒落にならない。
「じゃあ、普通で。
ティンカー・ベル!」
素早い動きは相変わらず、ただし今回は始めから武器が姿を現している。
その武器はナイフ。
こちらの大型の武器にも臆することなく突っ込んでくると、手首を狙うような精密な攻撃の嵐。
確実にダメージを与えてくるその攻撃は、堅実だった。
僕はそれを受け流しながらもティンカー・ベルの隙を探す。
不思議なもので、普段ならクスクスと笑いながらバトルをしているイオは鋭い目線でフィールドを睨み付けるだけだった。
無言のままに繰り出される攻撃は冴えていて、正直前回戦った時よりも強く感じた。
「………」
「意外だな」
「…ん。何が?」
「今までのときはもっとバトル中にしゃべっていただろう」
「うーん…。
まあ、挑発に便利だし?
今は普通でいいんだから、関係ないでしょう。
それとも、いつもの私の方が好き?」
「そこまでは言っていない」
思い出したかのように彼女はおどけて見せた。
それに反して、容赦のない攻撃は続く。
距離を取ってからの跳躍と武器の入れ替え。
銀色のナイフで僕の攻撃を受け流し、腕や足を駆動部から斬りかかろうとする。
ちらりと彼女の表情を窺うが、別段楽しそうでも嫌そうでもなかった。
ただし真剣だというのは伝わってくる。
僕は少し前にバン君がバトル中に問うたように、彼女に訊いてみた。
「君はLBXは好きか?」
「ん――………」
イオはたっぷりと間を置いてから首を傾げた。
青い瞳が少しだけ濁ったように映る。
「普通。
好きでもなく嫌いでもない。
だから、普通」
「好きだから、やっているんじゃないのか?」
「LBXは道具として優秀だし…色々と便利じゃない?
だから使ってるのよ。
道具を使うのに、好きも嫌いもないでしょう。
ティンカー・ベルには多少の愛着があるけど、LBXそのもの…あるいは全体を考えると、やっぱり普通だわ。
そういう、ジンは?」
「僕は…お祖父様が認めてくれるから、やりはじめたんだ。
上手く操作できるとお祖父様が褒めてくれた。
だから、続けて来たわけで…バン君が言うには、僕はLBXが好きらしい」
「…そう。
人に褒められて成長するのは、良いことね。
認められるって、大事だわ」
柔らかく笑いながら、ティンカー・ベルからの猛攻は止まらない。
僕の攻撃をギリギリのところで避け、低い体勢からえげつない攻撃を仕掛けてくる。
ナイトフレームはバランスの取れたフレームだが、ストライダーフレームに比べればスピードは遅い。
それを上手く使っている。
『普通』でここまでのレベルに辿り着けるのかと、疑うほどの的確な攻撃だった。
「好きでもなく、楽しくもないのに…君は強くなったんだな」
人はそれを才能と呼ぶのかもしれない。
それでも真剣なその青い瞳を見ていると、『普通』とは呼びづらかった。
少なくとも僕にはそうは出来ないと思った。
小刻みに瞳が動く。
プロトゼノンの動きを追っているのがわかる。
感覚に頼るものではなく、確かな観察と分析を持ってして彼女は僕を追いつめている。
「んー…うん、まあ、ね。
他にやることも大してなかったから」
言葉を濁しながら、彼女はCCMを操作する。
パワーでは上のはずなのに、流れは完全にあちらにある。
下段からの鋭い攻撃を得意とするティンカー・ベルの一撃が腰部に直撃する。
直前に足にも一撃を入れられていたせいで、バランスが崩れ、完全に倒れた。
その瞬間に腕と足の駆動部をナイフで傷付けられ、立ち上がれなくなる。
そのまま胸部を貫くようにナイフを突き刺す。
装甲が割れるような音を立て、ブレイクオーバーの音を響かせて勝負は決した。
「…僕の負けか」
パチンとCCMを閉じる。
「良い動きだった。よく観察しているな」
僕は素直にイオを称賛した。
だからこそ、『アキハバラキングダム』は完全にわざとだと分かったわけではあるけれど、今ここで問い詰めるべきではない。
プロトゼノンを回収して顔を上げると、彼女は複雑な顔をしていた。
色々と混ざり合ってぐちゃぐちゃになったその表情はなんだか本当の彼女のように感じられた。
「どうかしたのか? イオ」
「え? えーと…その…」
珍しく言葉に詰まりながらも、彼女はティンカー・ベルを回収する。
顔を上げたり下げたりを繰り返しながら、最後には僕から顔を背けて呟いた。
「褒められたの、久しぶりだったのよ…。
気にしないで」
「そう、なのか」
「そうなの。ただ、それだけ」
いつもとは違う反応を返され、僕は少しだけ笑いそうになった。
彼女はDキューブも回収すると「行くわよ」と言って、先に歩いて行ってしまう。
その横顔はやはり複雑な自分でもよくわからないという顔をしていたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「変な顔してるわよ。ジン」
「君こそ変な顔をしていたぞ」
「わ、忘れてちょうだい。忘れなさい!」
慌てた彼女が妙に新鮮だった。
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