42.ピーター・パン症候群 (43/76)


「来ましたー! 参上です!」

ドンっと勢いよく扉を開ける。
指定された場所は薄暗く、パソコンの明かりだけが頼りなんていう、不健康な空間。
人のことは言えない家に住んでいるのですが…。
口から出掛けた「うわっ。暗っ」という言葉は飲み込んでおく。

「ユイ! 用事はもういいの?」

「うん。
とりあえずは。お父さんも友達と遊ぶならって、予定を早く切り上げてくれたんだ」

実際は重大な、遊ぶとは決して言えないことだけど、説明することの出来ないことだ。
遊びとしてしか説明できなかったのは、許して欲しい。

でも…こんな大規模になってくると、嘘も心苦しいなあ。
未来が関わってる嘘だと余計に。

「来ては見たけど…うーん、あんまり役に立たないみたいだね」

「まあなー。って言っても、俺たちも専門的過ぎてわかんねえ。気にすんな」

「おお…おおおー…」

「何、感動してるんだよ」

「カズ君が優しい言葉をくれるとは…!
もしかして、ちょっと落ち込んでる?」

「そうだなー。ああ、そうだよ。
イオに負けた。結果としては勝ったけど、俺は負けた。ジンは勝った。
ちっくしょう!」

「ふえっ? イオ?」

「そういえば、ユイには説明してなかったな」

何処からかひょっこりとバン君が現れて、『アキハバラキングダム』であったことを説明してくれる。
私はふんふんと熱心に聞く。
どちらかというと、ファンタジー小説を聞いている気分になってしまう。
いけないなあと思いつつも、私には危機感がないとはカズ君やアミちゃん、果てはジン君にすら言われたことだ。
あれ? 言い回しは違ったような…でも、似たようなことのような気がする。
全体的にそんな空気がするってだけだけど。

「そうえいば、ジン君は?」

「あいつはバトルの後に、イオと何か喋ってから帰ったぞ。
ジンの奴、お前のこと苦手だって言ってたけど、何かしたのか?」

「うー。きーかーなーいーでー!」

「何かしたのね…」

「ううん。実際のところは、何もしてないんだよね。
転んだり、迷子になったりはしたけど…」

「それ。十分、迷惑だと思うわ」

あっけらかん。

私は自分でもその言葉が似合うなと思うような声で言った。
『何も』ではないけど、彼がそれほど私の行動に苦手意識を抱くような心の狭い人間のようには思えなかった。
うーん…、やっぱり私には彼に苦手に思われる理由がない。

私はむしろ彼を信頼しているんだけどなあ。
なんでだろう。
その苦手こそ、必要なことなんだろうけど。ちょっと寂しい。

「とりあえず、後でもう一回謝る」

「それがいいと思うわ」

拳を握りながら、決意する。
ジン君への方針が私の中で決まったところで、私は室内をちょっと見て回ることにした。

たくさんのハッカーの人たちが作業をしているのはちょっと異様な光景で、軽く犯罪現場だあと思う。
さすがにパソコン系統は触れないのが実に残念だったけれど、見ているだけでも楽しい。

幸い、床に転がっている壊れたパソコンやケーブル系は触ってもいいと許可が出たので、ちょっと拝見。
中には現在稼働中のパソコンに繋がっているものもあるので、それは注意して見てみる。

「ふむふむ。さっぱりわからない」

「わからないのか…」

「基本的なこととその応用はなんとなくわかっても、ここまではちょっと…。
これに関して熱心に勉強してきた人には勝てないよ。
私、馬鹿だし」

「そういえば、最近学校の勉強してるのか?」

「してないなあ。
成績下がって、親が呼び出されるのは避けたいね」

お父さんは多分来ないと思うけど。
そろそろ、色々ラストスパートだもん。

多分大袈裟でもなんでもなく、世界とかすごく大事だとは思うけれど、私の成績も大事だ。
呼び出されたら、それこそ一大事。
心配だけは掛けてはならない。
少なくとも、私が自分でどうにか出来ることに関しては、私がどうにかしなくちゃ。

「……勉強しよう」

「あー、俺もしよっかな。勉強」

バン君と二人、ため息を吐く。
勉強って、いつでも苦手なことの上位だよね。うん。
嫌いじゃないけど、苦手だなあ。特別好きって訳ではないから。

「あー…えーと、しばらくやることないなら、『アキハバラキングダム』の詳しい話聞きたいです!」

まるで地図のような解読コードの集まり具合を見ていると、ふらあっと気が遠くなる。
それよりも私は『アキハバラキングダム』の話を聞きたい。

自分の体験出来なかったことを聞くって、なんか楽しい。
昔から人の話を聞くのは、数少ない私の趣味というか習慣の一つなのだ。

私の提案にみんなも賛同してくれて、バン君はキングという立場上動けないけど、邪魔になるので外で話すことにした。
ここなら防犯的にもいいし、うん、一石二鳥な気がしてきた。
納得って大事。大事。


■■■


月が輝いて、星が煌めく夜空を見上げながら、私は家への帰り道を歩いていた。

残念ながら、今日一日だけでは解読コードは集まらなかった。

ものすごく悔しそうな顔をしながら、ヤマネコさんが三日程くれないかとバン君に相談していたことを思い出す。
アキハバラ中のハッカーの手を持ってしても、解読コードの発見は困難なのかというと、ところがどっこいそうじゃないらしい。

「作為的な何かによって、解読コードが隠されてる。
似たようなデータが多すぎるんだ。
俺たちでも判別が難しい。しかも、場所がネット上でも難所と言える場所ばかりにありやがる。
まあ、普通なら一週間はかかるが、キングから直々の頼みだ。
三日でやってやる」

バン君が上なのか下なのかよくわからなくなる会話の後、色々と話し合い、『イノベーター』の動向を探りつつ、何が何でも三日で完成させるということで話は落ち着いた。

ただし、問題はイオだ。
最重要不安分子。
何をするのか、爆発するまでわからないとんでも爆弾。
真意不明なり。
ついでに…私たちの敵であるというのは確定。

今回の解読コードの件も彼女が関わったのではないかと、私たちは推測している。
解読コードが散らばったあの場にいたのは確かだし、彼女ならそういうことは事も無げにやりそうだ。

皆は迷惑がっていたけど、私は…ちょっとした猶予期間を貰ったんだと思うことにした。

やりたいことがあったし、私はそれほど『シーカー』において重要視されていない。
やっておくことはクイーンの整備位なものだ。

「ううむ。ものすごく虚しい」

とぼとぼ。
効果音が付きそうな寂しい足取りで、私は家へと急ぐ。

空を見ると、ちょっと欠けた月が見えた。

「きょーは、お月見だー!」

綺麗な月だったので、帰ってお団子でも食べよう。
本来なら満月にするんだろうけど、この際どうでもいいや。

そうと決まればと、私は近くのコンビニに寄ることにする。
間延びした店員さんの声が妙に平和だった。


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