39.一進一退 (40/76)


「お前らー!
何をやっているでよかー!?」

オタクロスの大きな声が響き渡る。
本来なら特に興味のない会話ではあるが、今回ばかりは聞いておかねばならないと思った。

「申し訳ありません。師匠!
ですが、勝負の条件をこちらが承諾した上に彼女が僕たちに全勝しましたので、ヒーローとしてここは約束を破るわけにはいかなかったのです!」

「じゃからって、相談の一つでもするでよ!」

せり上がったスタジアムの上から、オタレンジャー…の皆さんがオタクロスに怒られている様子を観察する。
五人律儀に整列になり、土下座するかのような勢いで謝り続ける彼らが謝る理由が、今僕の隣にいる。

「おおー。
大きい声ね」

「半分以上あなたのせいじゃない」

「いやいや。
こっちもこっちで必死だったもので。
あ、メンテナンス手伝いましょうか?」

「敵に見せるわけないでしょう」

「そう。それは残念」

まるで僕らの仲間のように振る舞っているイオだが…驚いたことに、下にいるオタレンジャーと一緒に出場するのである。


■■■


あの後、雑踏に紛れたイオは『アキハバラキングダム』の会場にいた。
いたにはいたが、一人だった。

多くの参加者の中で僕と目が合う。
彼女はふっと小さく笑う。
そのままいつも誰かに会う時、別れる時にしているようにひらひらと手を振りながら、前のディスプレイを見るように指差した。
別段変わったところはない。
更に言えば、イオの名前もどこにもなかった。

何がしたいんだ…?

しかし、この場にいるということは参加者ということに変わりはないはずなのだが…。
その謎はすぐに解けた。
僕たちの目の前にオタレンジャーと共に現れたのである。

「私、彼らと出場するわ。
よろしく。ジン」

「無念…! 無念です…!
まさか、オタレンジャー全員が彼女一人に負けてしまうとは…!」

「個人戦の後に、全員で勝負までしたのにー!」

赤い人とピンクの人がそんなことを言う。
詳しく聞けば、彼女はオタレンジャー五人に対してとある勝負を持ちかけたらしい。
その内容は彼らに全戦全勝することで、『アキハバラキングダム』に自分をリーダーとして共に出場してもらうというものであったという。
そして、彼女は本当に全戦全勝し…加えて彼ら全員を一度に相手し、勝利して今日にいたるのだとイオ以外の五人が項垂れながら説明した。

「いかさましたんじゃねえだろうな?」

「まさか。
君との勝負、あれは完全完璧な不正行為で、データ上でしか出来ないことよ。
これはちゃんとした私の実力」

「胡散臭いわね…。
というか、あなたは全体的に胡散臭いわ」

「よく言われるわ。
笑顔が原因かしら」

チームを組むことになったアミ君とカズ君が責めるような目で彼女を見る。
それを軽く受け流しながら、彼らをオタレンジャーに任せると彼女は僕へと近づき、耳に顔を近づける。

息を吸う音が聞こえる。
吐息が耳に掛かり、思わず背中に奇妙な悪寒が走った。

「ねえ。ジン。
私が誰か、わかったかしら?」

「君は会う度にそれを聞くな」

「だって気になるんだもの」

「…質問してもいいか?」

イオから一歩距離を取りつつそう聞くと、「いいわよ」と答えたので遠慮なく聞くことにする。

ある程度の覚悟を決めて、僕は訊く。

「君と鳥海ユイは『アルテミス』の時は知らないと言っていたが…何か関係はあるんじゃないのか?」

「へえ。…その根拠は?」

「君と鳥海ユイはよく似ている」

「……顔が…かしら?」

「そうだ」

「うーん。根拠としては弱いかな。
答えてあげたいけど、今の段階では無理。
ごめんなさいね」

根拠がはっきりしないと答えないのか…。

イオは謝ったものの、それほど罪悪感はないようで彼女の背後で一悶着起こしている面々を適当にあしらいにかかる。
それから、オタクロスに下から声を掛けられ、オタレンジャーたちは顔を引きつらせながらそちらに向かい、笑顔のイオだけが残った。


■■■


「まあ、さすがに折角出場したのにどちらとも当たらないのはどうかと思うから、お互い頑張りましょう」

イオはそう言い、僕の隣から立ち去ろうとして、海のような深い青の瞳で僕を見た。

「……?」

「ジン…貴方の答え、少しだけ当たってるわ」

それだけ言い残して、彼女は戻ってきたオタレンジャーの元に駆け寄っていった。

「……当たっているか」

果たして、それはどこがなのだろうか。


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