38.欠片を一つ取りこぼす (39/76)


「そういえば、鳥海ユイはいないのか?」

「ユイ? ユイは今日お父さんと予定があるって言って、午前はいないわ。
午後には合流するそうよ」

「そう、か。彼女は今はいないのか」

アミ君にそう言われて、思わずほっとした自分がいた。

「?
もしかして、ジンってユイのこと苦手なの?」

「いや…そういうわけではないのだが…。
その、少しだな…」

「要は苦手なんだな」

カズ君が退屈そうに僕に指摘する。
二人はどうしてというような顔をしながら、僕を見てくる。
説明しようかとも思ったのだが、どう説明していいかわからない。

彼女に対しては苦手意識と同時にどうしようもない違和感があるだけなのだ。

「ユイ。とっても良い子で苦手になるような子じゃないと思うけど…」

「あっちはジンのこと、紹介すれば友達だって思うだろうしなあ。
あいつ、あんまし好き嫌いとか考えねえもん」

「すぐに友達になるものね。
明るいし、失敗は多いのがたまにキズってだけね」

「巻き込まれるのはほとんど俺だけどな…」

彼女たちの発言は鳥海ユイの総評と言って差し支えないだろう。

実に平凡だと思った。
何も警戒することはない。

でも、もしも…彼女がイオと関係があったとしたら?

そう考えると、彼女への見方は随分と変わってくるのではないのだろうか。
僕はイオと鳥海ユイの関係を疑い始めている。
『アルテミス』の時の発言やその容姿…どうにも似すぎているし、疑ってかかる必要がある気がした。
その関係性が分かれば…。

「これはこれは、皆さんお揃いなようで何よりだわ」

思考は聞き知った声によって中断される。
その声に心臓が跳ねた。
考えていた人物が目の前にいるというのは、それだけで心臓に悪い。
顔に出さないということは慣れているから問題ないが、あの青い瞳は全てを見透かしそうだ。

そう。そこにいたのは、イオだった。

「お前…!」

「こんにちはー。『シーカー』の皆さん。
また会えて嬉しいわ」

「こっちは全然嬉しくないわよ!」

にこにこと笑顔を浮かべるあちらに対して、こちらは臨戦態勢に入る。
バン君もこちらに来て、イオを睨んだ…よりも少し不安げに見た。
自分で言ったことが引っ掛かっているんだろう。
仙道君や郷田君も集まり、この状況は彼女にとって不利だろうが、彼女はその唇で綺麗な弧を描くだけで逃げようともしない。

「多勢に無勢とはこのことか。
…ねえ!」

「な、何だよ…」

「あーあ。そんなに警戒しないで。
この場で騒ぎを起こすほど、私は馬鹿じゃないから」

「じゃあ、なんで声を掛けてきた?
俺たちに対する宣戦布告か何かか」

「別に。それほど、意味はないわ。
ちょっとした確認よ。君たち、『アキハバラキングダム』に出場するのよね?」

「ああ。そうだよ。
優勝して、キングにならなきゃいけないんだ」

バン君が僕たちよりも一歩前に出る。
彼女は彼をその瞳で探るように見つめる。
それから、ふっと笑った。

「そう。良かったわ。
色々無駄にならなくて済みそう。
それじゃあね。『アキハバラキングダム』で会いましょう」

「ま、待ってくれ、イオ!
君は本当に俺たちの敵なのか!?」

人混みに消えようとしたイオをバン君が呼び止める。
彼女は不思議そうな顔をして振り向いた。

「当たり前じゃない。目的を邪魔するなら、それは敵でしょう?
前にも言ったじゃない」

「でも! 君はメタナスGXの中で俺たちの攻撃を防がなかったじゃないか!?」

「見間違いでしょ。
性能差でどうこうされちゃ、私だってどうしようもないわ。
ブレイクオーバーしたのは確かだし、そっちが勝ったんだから、勝利は素直に受け取っておくのが最善よ」

最初の言葉は実に冷たく、ただし後半になるにつれ、その声は冗談らしさが混じっていくように感じられた。
最後に手本を見せるかのように完璧なウインクを披露して、彼女は僕たちにひらひらと手を振りながら去っていく。

「ああ。一つだけ忘れてた」

雑踏に紛れるより先に、彼女が声を上げる。
顔を少しばかり傾け、青い瞳が僕らを…僕を見据えた。

「メタナスGXの中での出来事は、1回目よ。ジン。
カウントが面倒でごめんなさいね」

それだけ言って、彼女はこの場を後にした。



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