36.妖精、再び (37/76)
クスクスという笑い声。
硝子の鈴が転がるように、透明な声音。
「『タワー』の正位置。予期せぬ出来事ねえ」
ちょっと遠くの位置でつまらなそうにしていた仙道さんが言った。
その手にはタロットカード。
それ以外に喋る方法ないのかなあ、と思いはしたけれど、なるほど…予期せぬか。
うん、そうだよね。
「………」
鞄の中のCCMに手を伸ばす。
幸いにも私以外の視線は画面に集中しているし、私は皆より一歩後ろにいる。
誰にも気づかれないように開きながら、CCMを操作した。
■■■
泡が晴れた先、俺らの正面に悠然と立つLBXはティンカー・ベルだった。
それは灰原ユウヤを助けた、あのイオって奴の機体だ。
《あらら。
折角妨害プログラムを組んだのに、消去されてしまったわね》
室内のスピーカーから響き渡る声。
姿は見えないけれど、あいつは人を馬鹿にしたように笑っているような気がした。
「なんで、イオがここに…」
隣のバンが呟く。
俺だって驚いている。
いや、でも待てよ。
メタナスGXの中にいて、あの馬鹿でかいバーチャルLBXってやつを倒したってことは…もしかして、味方なのか?
それにしても、対応がなんか違う気がするけど…。
《なんでって…そうね。
解読コードを喰べにきたのよ》
「はあ?」
《だから、解読コードをさっきのLBXみたいに喰べにきたのよ。
さてさて。それでは、いただきましょう》
そう言って、正確にはスピーカーから声が聞こえてきて、ティンカー・ベルの腕が空間の中央の光る柱に手を伸ばしていく。
「っ。させるか!」
俺は瞬時にライフルの標準を伸ばされる腕に合わせて、連続して撃ち込んだ。
ティンカー・ベルは避けない。
避けられないとかそういう問題ではなく、避けようという気すら見せなかった。
《ふふっ…》
姿が見えれば、間違いなくむかつく笑いをしているであろう笑い声。
爆炎が起こる代わりに無数の泡が舞う。
やりにくい空間だと、さっきハンターを操作してみて感じた。
海が正確に再現されているのか、本当の水の中のように動きが鈍い。
さっきの弾丸もスピードが少し落ちていた。
《狙いは良かったけど、さっき言ったこと、忘れちゃった?》
その言葉と共に泡が消えていく。
「なっ!」
「ハンターのあの攻撃を無傷で…!」
そこには無傷のティンカー・ベルが立っていた。
その独特の武器を取り出す素振りもなかった。
体勢も変わっていない。
つまり、避けたわけでも弾いたわけでもない…真正面から受けて、無傷で立ってるってわけかよ。
《私の戦いやすい空間に改竄したって言ったでしょう?
本体は都合上これほど頑丈には出来ないけど、データ上なら可能なのよ。
まあ、完全完璧な不正行為なんだけど》
悪びれる様子もなく、イオは言った。
隣のバンの驚いたような表情が目に入る。
「イオ…。君は俺たちの敵なのか?」
《…まあ、そうなるんじゃないのかしら。
目的が違う以上、敵同士ね》
「じゃあ、なんで灰原ユウヤを助けたんだ?
君は『イノベーター』から彼を助けたんじゃなかったのか?」
バンが捲し立てるようにイオに質問する。
真剣なバンに対して、イオは相変わらず笑っただけで済ませてしまう。
《それは結果として、そう見えただけね。
私の目的の途中でたまたま彼がいただけ。
あ。でも、『イノベーター』じゃないわ》
「訳わかんねえ。じゃあ、なんで解読コードが必要なんだよ!」
《うーん。
君たちの邪魔をするためには、必要なことかな、と。
では、始めましょうか》
まるでこれから遊びでも始めるかのように、イオは楽しそうな声を出す。
同時に、ティンカー・ベルの武器から鋭いナイフが姿を現す。
体勢が低くなり、ハンターの照準をティンカー・ベルに合わせるが、それよりも先に
銀色に光るナイフがオーディーンに切りかかる。
「オーディーン!」
火花を散らしながら、リタリエイターでそのナイフを受け止める。
反応速度が遅いからか、ナイフが完全には受け止めきれず、肩をかすめた。
《あら。速い。
結構調整して鈍らせてるのに、性能の違いっていうのは恐ろしいわね。
さすが、山野淳一郎製》
「……?」
隣のバンがなぜか少しだけ首を傾げそうになり、ティンカー・ベルの二撃目によって遮られる。
細かく調整された駆動部を思う存分発揮したしなやかな動き。
オーディーンはそれを受け止め、反撃に出ようとするが、その前に軽々と避けられてしまう。
同じ水の中なのに、この動きの違いが『私の戦いやすい空間』ってことかよ!
「くそっ」
ライフルを構え撃とうとしたところで、
《……そう。その判断は正しいわ》
本当にわからないぐらい小さく何かを呟かれた後、オーディーンを相手していたはずのティンカー・ベルが目の前に迫っていた。
ジャキンとナイフとは違う音が聞こえる。
「ライフルが…!」
「カズ!」
武器はいつの間にか銀色の鋏へと変わり、ハンターの武器を真っ二つにしていた。
光の粒子になって消えるライフルはティンカー・ベルに吸収されていく。
《ごちそうさま》
中身が全くない言葉。
そして、横から突っ込んできたオーディーンの攻撃を避けもせずに受け止める。
「この! よくもハンターを!」
泡に守られるように立っているティンカー・ベルが構えるのがわかる。
《必殺ファンクション》
『アタックファンクション エレクトルフレア』
間髪入れることなく、放たれる青い閃光。
ジンとの戦いでは爆炎に撒かれたり、土の中だったりでしっかりと見ることができなかったその必殺ファンクションがハンターに向かうのが分かった。
いつ変えたのかまったくわからなかったが、高い位置から下ろされたナイフ。
そこから放たれた電気の塊がハンターに直撃する。
「ハンター!」
地面を大きく抉る程の威力を持って放たれた必殺ファンクションに、ブレイクオーバーはしないものの駆動部が全く動かない。
俺はハンターをどうにかして動かそうとするが、動いてくれない。
助けたいのに、バンを助けたいのに。
「立て! 立ってくれ! ハンター!?」
そうしている間にも、ティンカー・ベルはその驚異的なスピードでオーディーンを追いつめる。
「お願いだ! ハンター!」
お前はバンと戦うために、バンの親父さんが作ったんだ。
なのに、なんで今助けられないんだよ…!
《…もう。往生際の悪い》
ティンカー・ベルが宙に舞う。
その武器はナイフから銃へと入れ替わり、ハンターへと放たれようとした。
《…っ!
ティンカー・ベルの装甲が…!》
何処からか放たれた攻撃がティンカー・ベルを一歩後退させる。
強化されているあいつを後退させたのは、ハンターとよく似たLBXだった。
そのLBXは光に包まれるように、俺の前に降り立った。
『君が来るのを待っていたよ。青島カズヤ君』
「この声は…」
「父さん!」
『バンと共にゴッドゲートに来るのはきっと君だと思っていた。
これはプラチナカプセルの解読コードを守るために用意しておいたバーチャルLBX・フェンリル。
このフェンリルはハンターの後継機として、プログラムしてある。
カズヤ君。君ならば、きっと使いこなせるはずだ』
事前に登録されていた音声はそこで途切れ、フェンリルはハンターへと吸収されていく。
同時にハンターの姿がフェンリルへと変わっていく。
《あらら〜。さすがに分が悪い》
ハンター…いや、フェンリルよりも先に動こうとしたティンカー・ベルだったが、立ち上がったフェンリルの方が速かった。
スピードが段違い。
俺がフェンリルのライフルで攻撃し、その威力に圧倒されている隙にオーディーンがその装甲の隙間を突いて、ティンカー・ベルを貫いた。
「カズっ!」
「おう! 必殺ファンクション」
《アタックファンクション ホークアイドライブ》
《…!》
フェンリルの必殺ファンクションがティンカー・ベルを吹き飛ばした。
ブレイク・オーバー独特の電子音と共に、ティンカー・ベルは泡に包まれ、この空間から消滅した。
《……あーあ、本当に…損極まりない》
訳のわからない言葉を残して、イオの声も途切れた。
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