35.ようこそ、電子の海へ (36/76)


「…うん。これでよし」

持ち歩いていたリペアキットで出来るだけの補修はした。
ダメージの大きい部分はさすがに完全とはいかないけれど、出来る限りのことはやれたはず。

「はい。出来る限りの補修はしたけど、後でちゃんとタイニーオービットの人に見てもらってね」

「おう。ありがとな。ユイ」

「どういたしまして」

ハンターをカズ君に手渡す。
オタクロスさんとのバトルで傷ついたハンター。
アーマーフレームはボロボロ。攻撃を真正面から受けたことで、駆動部もかなり損傷が激しかった。
見た目には損傷したことがわからない程度にすることは出来たけど、まともに必殺ファンクションを喰らえば一発でブレイクオーバーなのは間違いないと思う。

「ほほう。なかなかでよ。
ま、儂には劣るがの」

「あ、え…と、ありがとうございます?」

私たちの横から覗いていたオタクロスさんから、さすがの私でも返答に困るような評価を頂く。
うーん…、私はフルスクラッチ出来る程の腕はないから、確かにオタクロスさんよりは劣るかなあ。

一人でうんうん頷いていると、私に興味をなくしたのか、オタクロスさんはパソコンの前に移動してしまう。
まあ、私と彼ではどうにも方向性が違うようなのでそれでいいかなと思う。
好かれてしまったアミちゃんはちょっと気の毒だけど…。

「ユイ。お願い。私と立場変わって」

「む、無理! 無理だよ! アミちゃん」

オタクロスさんに辟易したのか、アミちゃんががっしりと私の肩を掴んでそう言った。
喰い込んでます。喰い込んでます、爪。

「それに、アミちゃんだから、オタクロスさんも色々と教えてくれて協力してくれるようになったんだもん。
私じゃ、無理だったよ」

それに…立場を入れ替えるというのは…その、ちょっとというか、かなり嫌だから。

そんなことは口に出さず、未だに喰い込む爪に苦笑いしていると…

「よし。インフィニティネットへの侵入を開始するでよ」

そう言ったオタクロスさんはインフィニティネットへの侵入方法を説明する。
なんでもインフィニティネットに侵入するためには、LBXをデータ化して送り込むのが一番効率がいいらしい。
ただし、一回につき二体まで。
コアパーツの複雑な構造や駆動部の細やかな動きをデータ上で再現するのは、確かに難しい。
私はふむ、と一人納得する。

「俺がオーディーンで行きます!」

一人目はバン君。
これは正しい判断だと思う。

問題は二人目。

もちろん、私は除外である。
私を頭数に入れてはいけないのです。
ぽんぽんと鞄の中のクイーンを撫でて、誰に決まるのかを見守ることにした。

「バン。俺に行かせてくれ」

「カズ…」

「さっきのバトルで分かったんだ。
今の俺とハンターじゃ力不足なんだって。
ハンターはバンと一緒に戦うために、バンの親父さんが作ってくれたLBXだ。
こいつの力が足りないなら、俺がもっと上手く使うしかない。
そのためには、より多くのバトルを経験していくしかないんだ!」

それはカズ君の切実な願いだろう。
彼の瞳は真剣であり、悔しさが滲み出ている。
経験しなければ、何事も身に着かない。
努力は結果を裏切る場合もあるけど、その過程は決して無駄にはならない。

だから、私もカズ君が行くのに賛成。

そして…バン君のオーディーンとカズ君のハンターがデータ化され、インフィニティネットへと侵入する。

そこはとても広い空間だった。
さすがは、いんふぃにてぃ。えーと…、無限だよね、意味は。

空間を月面歩行するように、オタクロスさんの先導で進んでいく。
見た目は順調そのもの。
けれども、オタクロスさんは首を傾げた。

「おかしいでよ。簡単すぎるでよ」

「どういうこと? オタクロスさん」

アミちゃんが代表して聞く。
彼は機嫌を良くするかと思えばそうではなく、余計に難しい顔になってしまう。

「そのままの意味じゃ。簡単すぎるんでよ。
防壁がまったく機能していないんでよ。
ただあるだけなんじゃ。
もしや、儂らより先に侵入した者がいるかもしれん…」

「それって、かなりヤバイんじゃ…」

「急ぐでよ! 幸い、スピードアップに変わりはないでよ!」

そう言いながら、彼は高速でキーを叩く。
その速さは私じゃあ、足元にも及ばない。

「おおー…」

おおお…今日は妙に感動が多い。

「ゴッドゲート侵入! ……やはりでよ。ここもすでに侵入を受けているでよ!」

「じゃあ、メタナスGXの中に他の誰かが…!」

「っ! 行くぞ、カズ!」

「おお!」

侵入を受けているとはいえ、一度ゴッドゲートは閉じている。
オタクロスさんはゲートを開くことに専念しつつ、バン君たちはメタナスGX内部に侵入する。

瞬間、ゴポリと水に潜ったときのような音がした。

……水?

「これは…!」

カメラからの映像に無数の泡が映る。
ごぽごぽ。ごぽごぽ。
泡に紛れて、LBXが沈んでいく映像が映る。
そこは、海。
その空間は、深く青い海だった。

「海…?」

隣のアミちゃんが呟く。
オーディーンとハンターがゆっくりと地面に着地すると、小さな泡が零れた。

「オタクロスさん。これって、どういうことなんですか!?」

「これがメタナスGXの内部なのか?」

二人がLBXのカメラを通して、周囲を見渡すけど…何もないように見える。
というよりも、泡が邪魔で見えない…!

「くっそ。なんだよ、この泡!」

「オーディーンの操作が上手くいかない…!」

「メタナスGXの内部空間が書き換えられているでよ!
泡は、ほほう…妨害プログラムじゃ。
待っておれ! すぐに泡だけでもどうにかするでよ!
ぬおおおおお!」

その宣言と同時に無数の泡が段々となくなっていく。

消えていく泡の隙間から見えたのは…、巨大な倒れたLBX…とエメラルドグリーンのLBXの姿。

「あれは…!」

「なんだ、あのでかいの?」

「あれはバーチャルLBXでよ!
じゃが…」

バーチャルLBXと説明されたそれは、すぐさま光の粒子となってエメラルドグリーンのLBXに吸収されていく。
喰べている…という表現の方が正しいかもしれない。

あの巨躯なら余程強いと想像できる。
彼はメタナスGXの防衛のためにいたのだろうから、それが倒れているってことは…倒した誰かがいるということだ。

《あら?》

聞き慣れた声が響く。

《そのLBX…もしかして、山野バンと青島カズヤかしら?》

透明で涼やかで、凛とした声。
その声を知っている。よく知っている。
この場にいる全員が聞き覚えがあると思うその声。

《ふふっ。
残念ね。
お先に失礼してるわ。空間も私が戦いやすいように改竄させてもらったわよ》

「お前…まさか…」

カズ君の驚いたような声。
アミちゃんも目を丸くして、バン君は信じられないようにその声を聴いていた。

《ようこそ。メタナスGXの内部、仮想の深海へ。
歓迎するわ。『シーカー』の皆さん?》

それは…間違いなく、イオの声だった。

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