32.希望がまだあるのなら (33/76)
「またお見舞いに来れるといいわね。灰原ユウヤ」
イオはそう言って、灰原ユウヤの病室と海道ジンを後にした。
来れると確信を持って言えなかったことを少しだけ後悔しつつ、彼女は白い廊下を黙々と進んでいく。
時折すれ違う看護師に小さく会釈を返し、患者には道を譲りながら、受付まで戻ってきた。
「じゃあ、げんきになってね!
また遊ぼう」
「うん。ばいばい。おねえちゃん」
病院を出ようとすると、出入口で小さな姉妹が名残惜しそうに別れの挨拶をしていた。
出入口を塞ぐようにして立っている。
親らしき人物の姿はない。
イオは外に出ようと思ったが、止めた。
近くのソファに座り、適当な雑誌を手に取る。
捲りながら姉妹の別れが終わるまで、彼女は待つことにした。
雑誌を捲る手は大して動かない。
『君が誰なのか…僕が見つける』
海道ジンのその言葉をただ思い出していた。
ぼうっと雑誌の同じページを眺めながら、自分の中にこんな願望があったのかと確かめていた。
私が誰なのか。
彼でも分からないかもしれない。
それでも、彼女は彼に賭けてみようと思った。
見つけてくれれば、見つけられたなら…もしも、その時が来たのなら…自分の全てを何も偽ることなく彼に話そう。
そう決意を新たにして、彼女は雑誌を閉じる。
ちらりと出入口を見ると、姉妹はまだそこにいた。
雑誌を返すと同時に、ラックの中を細かく確認し読んでいない雑誌はないかと探してみる。
そうはやっていても、ゴシップでも新聞でも大抵の物は発売されると情報収集のために読んでしまうので目新しいものはなかった。
ネット記事でも漁ろうかと思ったが、それはやめた。
適任は別にいるからなあ。
手にしたCCMはネットではなく、メールと着信履歴を見るために使う。
メールはなし。
着信履歴も特になし。
「…あ、いない」
思考を出入口に戻すと、姉妹はいなくなっていた。
CCMを閉じると、立ち上がり外に出る。
「んー。いい天気」
少し日の落ちかけた空を見上げる。
雲の隙間から零れる柔らかな橙色の日差し。
光と影のコントラストがとても綺麗だ。
「さあ。頑張ろう」
何を頑張るのか。どうして頑張るのか。
頑張ることの理由なんて、当の昔になくしてしまったけれど…それでも前に進むしかない。
どんなヒントを出そうかと考えながら、そっとポケットのティンカー・ベルに触れた。
あの電子の海から生まれたイオのためのLBX。
彼女は前を向く。
病院からの帰り道。
来た時と全く変わらない。変わるはずがない。
心だけが少しだけ色を変えていた。
諦めがほんの少しだけ消えて、彼女も気づかない程に少しだけ希望がそこにはあった。
■■■
『アルテミス』から何日か経った夜、私は家への帰り道をコンビニの袋を持って歩いていた。
「ふんふーん」
気分を上げるために私は元気に鼻歌を歌う。
まだ状況が好転したわけではないから、バン君たちの表情も暗い。
それでも…たまには、こういうのもいいと思う。
コンビニの袋の中には、ちょっとだけ高めのお菓子がいくつか。
お父さんにも差し入れしようと思って、多めに買った。
お父さんは甘い物が好きなので、とびきり甘いものを買ってきた。
「喜んでくれるかなあ」
スキップも交えて、家路を急ぐ。
玄関の扉を開けて、大きな声で叫んだ。
「お父さん。ただいまー」
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