29.例え君が赦さなくても (30/76)


『君の目的はなんなんだ…』

灰原ユウヤを救護班に預けたイオは、海道ジンにあの場で言われた言葉を思い出す。

「目的はなんだ…ね」

彼女はその言葉に笑うだけで、明確な答えを言わなかった。

現時点で彼女には彼の求める答えを隠しておく必要があるからだ。

「…目的は…あるにはあるんだけど」

自問自答する。
目的は確かに、ある。
けれども…それは灰原ユウヤを助ける理由でも、彼に疑われる理由でもない。
全くの別物だ。

考えることは多いが彼女はそれを頭の隅に追いやり、次に暗闇の中で聴いた声を思い出した。
彼女の名前を叫んだのは、間違いなくユイだ。

「まあ。問題はないか」

CCMを開き、時間とメールを確認しながら、そう完結させる。
どちらにしろこれから嘘を吐くのは……。

イオはCCMに向かって何かを話してから、大きく伸びをする。
これからの予定を頭の中で確認しつつ、彼女は独り呟いた。

「私も、『イノベーター』のことは言えないなあ…」


■■■


アキレスがエンペラーM2の自爆に巻き込まれてから、『アルテミス』は騒然としたまま閉会した。

何か事件があったんだろうというのは私でも分かったし、郷田先輩たちはすぐに会場の様子を探りにいった。
ミカちゃんもリュウ君を引きずるようにしてそれに加わる。

私はといえば、郷田先輩たちの手伝いをするわけではなく、アミちゃんに呼ばれて選手控室に向かう。

「ユイの方に檜山から連絡は来ていないか?」

控室に入って、真っ先に聞かれたのは檜山さんのことだった。
私はCCMを確認してから、拓也さんの問いに答える。

「ええーと、来てないです、というか…それなら郷田先輩に聞いた方がいいのでは。私は、その…それほど檜山さんと親しいわけではないので」

『Blue Cats』で手伝いをしていたとはいえ、正直郷田先輩の方が檜山さんを理解していると思う。
彼の行動の意図もきっと気づいてる。
私よりも彼に聞いた方が順当そうだ。

「いや…それもそうなんだが、檜山はお前を随分買っていたからな。
お前を『シーカー』に推薦したのも檜山だ。
あいつが連絡を入れるとしたら、郷田よりもユイのような気がするんだ」

「はあ…」

拓也さんにそう言われて、私は気のない返事をした。
それから「もしも連絡があったら、すぐに知らせてくれ」と言われた。
もちろん私もそのつもりなので、そこだけは「はい」と元気に返事をする。

今日で一番誰かの役に立てるかもしれないと思ったのは、秘密だけど。
我ながら単純だなあ。

「ユイ。それで、電話でも話したことなんだけど…」

一人、私が気合を入れていると、アミちゃんにそう話し掛けられた。
私はちょっとだけ気を引き締める。
感情の出やすい顔を、出来るだけ自然に笑顔にする。

アミちゃんからの電話の内容は嫌と言うほど覚えている。

「ファイナルの時、照明が落ちたでしょう?
その時なんだけど、あなた、イオの名前を呼ばなかったかしら?」

ゆっくりとした子供に質問するような聞き方。
なんだか責められているような気分になるけど、アミちゃんの懸念は当然だと思う。
後ろのカズ君とバン君も不安そうに私を見ている。

「よ、呼んでないよ!」

「本当に?」

「うん!」

「本当に本当?」

「う、うん!」

「本当の本当のほんとーっに、イオとは何も関係ないのね?」

「関係ないです! だって、大会で初めて見たもん!
あ! 強いなあとは予選の時から思ってました!」

…限りなく嘘に近い、正直なイオに関する感想を言う。

心苦しいけど…、私には彼女とのことをいう訳にはいかなかった。

「じゃあ、なんで明るくなってミカに謝ってたの?」

「あれは…その、途中でトイレに行ってて…帰ってきたら『何回目?』って無言の圧力がかかってて…とりあえず、謝りました」

そこは正直に話す。

私がしょんぼりしながら言うと、アミちゃんの後ろでカズ君が盛大にため息を吐く。

「ほらな。
心配し過ぎだって、アミは。
大体、人間にあんな馬鹿でかい声が出せるかよ」

「…それもそうよね。
ごめんなさい。ユイ」

「ううん!
気にしてないよ。それよりも…」

私はアミちゃんにそう言ってから、視線を箱の中のアキレスに移す。

アキレスは煤けてひび割れ、コアスケルトンから破壊されている。
修復は不可能。
おそらく山野博士でも、こんな状態になったLBXは直せないだろう。
勿論、私にも無理だ。

「ねえ、バン君。
あ、あのね…CCMを貸して欲しいんだけど!」

唾をのみ込み、緊張しながら言う。
不自然な言い方。今日はこんなことばかりしている気がした。

慣れないことをして、嘘を吐いて…。

「CCMを? 別にいいけど…、何に使うんだ?」

「ログを見ようかと思って。
もしかしたら、アキレスの修復について何かわかるかもしれないから」

「そういうことなら…」

バン君は怪訝そうにしながらも、CCMを私に貸してくれる。
心の中で謝りながら、個人認証を彼に解除してもらって、ログを見た。

そこから、データの送受信の記録を見る。

目的のものは…あった。
ファイナルの最中に送られてきたデータの記録。
大本のデータは『プラチナカプセル』の方にあるようだけれど、ログからでもなんとなくどんなものかはわかる。

そんなにデータ容量は大きくない。
精々設計図2〜3枚程度。
送信元もはっきりと記録されている。
これは…多分…

「ありがとう。
ごめん。私にはやっぱり無理みたい」

「そっか…」

私はバン君にCCMを返す。
心の中でもう一回謝りながら。

そして、イオにも謝る。

赦されなくても、赦されても…私は彼女に心の中で謝り続けた。
私がちゃんと、この姿で彼女に謝れるのは今しかないと思うから。
例え、あの子が聞いていなくても…口には出せなくても。


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