28.暗闇の先 (29/76)
「さて、と。私は灰原ユウヤを救護班のところに連れて行くわ」
何もないというような顔をしながらも、イオは立ち上がった。
その腕には灰原ユウヤが抱えられており、所謂お姫様だっこというような状態だ。
重くはないのだろうかと思ったけれど、彼女がそんな素振りをひとつもしていないところを見ると、本当に鍛え方が違うのかもしれない。
「どう見ても、立場が逆だろう。普通…」
隣でカズがぼそりと呟いた。
俺も同意しそうになって、慌ててやめた。
「そうかしら。私は女でもあれぐらいはしてもいいと思うわ」
隣のアミはカズとは逆にああいうのでも良いらしいが、あれは男の方の立つ瀬がない気がしてならなかった。
俺たち三人は呑気に会話しているように見えるけど、実際にはかなり動揺しているのだと思う。
それを表に出さずに済んでいるのは、イオが大丈夫とでも言うように笑っているからであり、俺たちが慌てるわけにもいかなかったからだ。
この停電が復旧すれば、バトルは再開される。
その時に、このことを引きずって慌てて、冷静な判断が出来なくなってはいけない。
「邪魔したわね。
停電はすぐに復旧させるから、心配しないで」
「復旧させるって…やっぱり、あなたがやったのね」
「うん。見られたくないこともあったし、結果的には良かったでしょ。
少し長いから観客の人たちを不安にさせたと思うけど」
彼女はそう言って、肩をすくめた。
確かに会場はその不安を表すように、未だにざわめいている。
長い停電に不信感もあるかもしれない。
「まあ、予行演習としてはちょうど良かったかしら」
「? 予行演習とは…どういうことだ」
「避難訓練っていう言い回しの方が良かった?」
「話が噛み合ってねえ…」
イオとジンの会話? にカズが思わず口を挟んだ。
さっきまでお互いに見つめ合っていたから、仲が良いのかとも思ったけれど、今は少しぎくしゃくしている感じがした。
「あはは。確かに噛み合ってないね」
「お前、分かっててやってるだろう」
「さあ?」
彼女はにっこりとなんか悪寒が走るような笑みを浮かべた。
悪い笑みってこういうことを言うんだろうな…。
俺がそう思っていると、ジンがイオに近づいて行くのが見えた。
耳打ちするような動作をしてから、すぐにジンは離れた。
イオは「ふふっ」と笑った気がした。
ジンはその反応に顔をしかめたけれど、彼女は気にしていないようだった。
「それじゃあ。ジン、山野バン。いいバトルを」
そう言うと、灰原ユウヤを抱えたまま、
「よっと!」
飛び降りた。
そのまま、しっかりと着地したと思われる少し重たい音が響く。
「女じゃないぞ。あいつ」
「本当にどういう鍛え方をしたら、あんなふうになるのかしら」
二人して、神妙な顔つきでそんなことを言い出したアミとカズ。
ジンはおそらく見えているであろう彼女の後姿を目で追っているようだった。
「そういえば、さっきの声で気になることがあるんだけど」
アミが少し遠慮がちに俺たちに言った。
「さっきって…あの大声のことか?」
「そう。イオを呼んだ、あの声…。
あの声…ユイに似てなかったかしら?」
「ユイに?」
「言われてみれば…そうかもしれねえけど、でも、あんな大声出るか?」
「そう、なのよね。うーん…、やっぱり私の思い違いかも」
「後でユイに聞いてみればいいよ。あいつが嘘を吐くとは思えないし…」
俺がそう提案すると、アミも納得したように「そうね」と返した。
それから少し間を置いて、会場の照明が復旧する。
しばらく暗闇にいたからか、目が慣れずにチカチカした。
「眩しい…」
思わず、天井を見上げる。
それから、観客席を見ると、ミカに何か叱られているユイが見えた。
必死に平謝りしているその姿を見ると…ユイだなあと思ってしまう。
どういうイメージだと思わなくもないけど。
よく失敗にカズを巻き込んで、謝っている姿が頭に浮かび、少しだけ笑ってしまった。
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