23.妖精の踊り (24/76)
「ティンカー・ベル!」
先に動いたのはイオの方だった。
ティンカー・ベルがエンペラーM2へと走り出す。
ただその武器には明確な攻撃の意志がない。
具体的には、そのナイフには刃の部分がまだ出ていない。
「っ…、なめているのか?」
「まさか。
なめてかかって勝てるほど、君は弱くはないでしょう」
刃の部分がないとはいえ、フレームの特性をよく活かしている。
スピード重視な分、すぐに距離を詰められてしまう。
そして刃のないナイフが振り下ろされるが、これなら防ぎきれる。
しかし…振り下ろすと同時にバチンと音を立てて、その得物が姿を現す。
「下ががら空きよ!」
手首の駆動系を利用して、武器を下から突き出される。
避け切れない!
「くっ…!」
胸部に一撃。
その攻撃を僕はエンペラーM2を後退させることで、致命傷は防ぐことが出来たが…あれは…。
「ドライバー?」
「あら。てっきりナイフが出てくると思った?」
出てきたのはドライバー。槍系の武器か。
避ける隙もなく、ティンカー・ベルによる連続攻撃。
駆動系を狙ってくる攻撃は的確であり、確実にダメージを与えられるが…
『おおっと! ティンカー・ベルの猛攻にエンペラーM2が押されています!
このままブレイクオーバーか!?』
しかし、フレームで防護された駆動系を狙うには、小さな隙間を突くしかない。
それには相当な訓練と相応の実力がいる。
「確かに…これは手強いな…」
なめてかかっていたのは僕の方かもしれない。
そんなつもりはなかったが、もしかしたら…そうなのかもしれない。
深呼吸し、心を落ち着かせる。
彼女への考えを全て切り替え、全力で迎え撃つ。
「エンペラーM2!」
ハンマーをドライバーを防ぐためではなく、そのまま振り上げる。
先端が触れるよりも先にドライバーを巻き込み、そして振り下ろした。
「うわっ! 無茶苦茶…」
武器は地面へとめり込む。
引き抜かれ、攻撃されるより先に僕はハンマーを突きだした。
軽量型のストライダーフレームでは、この一撃だけでも大ダメージだ。
そして『必殺ファンクション』を放つ。
それで決着だ。
「必殺ファンクション!」
「!」
『アタックファンクション エレクトルフレア』
ティンカー・ベルの武器から青白い閃光が垂直に走る。
閃光がハンマーへと走り、その衝撃で軌道がずれ、致命傷となるはずの一撃が避けられてしまう。
そして地面から再び姿を現した武器によって、ハンマーが絡め取られ投げ出される前に僕は意識的に手を離した。
その代わり、すばやく重い蹴りを叩きこむ。
「くっ!」
軽いティンカー・ベルが宙へと投げ出される。
すぐさまハンマーを握り直すと、CCMを操作しミサイルを全弾発射する。
いくら素早いあのLBXでも空中での攻撃には対処しきれないはずだ。
ミサイルが着弾し、爆炎が舞う。
LBXの姿を完全に覆い、状態は定かではないだろうが、これでこちらの勝ちだ。
『おおっと! 途中まで優勢だったティンカー・ベルですが、空中での攻撃に成すすべなしか!?』
「いいえ」
きっぱりと。
否定の声が響く。
爆炎の狭間から、怜悧に光る青い瞳が見えた。
その瞳から、彼女のLBXがまだブレイクオーバーになっていないことを悟る。
爆炎が晴れ、そこにはフレームが所々煤けてもなお、その武器をこちらに向ける妖精の姿。
そして、ドライバーの代わりにその姿を覗かせているのは、ライフルの銃身。
「まあ、さすがに無傷とはいかなかったけど」
『まさかの生還です! どのような方法かはわかりませんが、ティンカー・ベル!エンペラーM2の攻撃を防ぎ切りました!』
実況は悠長なことを言う。
ライフルが火を噴き、精密な弾丸がエンペラーM2の駆動系を狙う。
遮蔽物のないフィールドが仇になる。
これではいい的だ。
それでもホバーを有していない以上、滞空時間はそうは長くない。
そこを一気に狙うために、僕はあえて距離を詰めていく。
彼女もそれはわかっているのだろう。
お互いの距離の開きがなくなると銃撃が止み、ライフルと入れ替わり今度こそ鋭利なナイフが姿を現す。
落下の加速も利用する気だ。
「「必殺ファンクション!」」
叫んだのはほぼ同時。
『アタックファンクション インパクトカイザー』
『アタックファンクション エレクトルフレア』
互いの必殺ファンクションが炸裂し、爆発を生む。
青白い閃光が見えたが、それが果たして確実にエンペラーM2に当たったのかは分からない。
CCMに映し出されたケージは減り、ギリギリのところで止まったが…。
「…あーあ」
立っていたのはエンペラーM2、ただ一体だった。
ティンカー・ベルは傍らで力なく倒れている。
「負けちゃった」
静まり返った会場に、小さくそう呟く声だけが聴こえた。
それほど悔しそうでもなさそう声だったが、CCMを握る手は深く食い込んでいる。
『ティンカー・ベル、ブレイクオーバー! 海道ジン選手、ファイナルに駒を進めました!』
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