21.願わくば… (22/76)


『アルテミス』は開幕した。

ジン君はAブロック、バン君たちはCブロック。
つまり彼らがバトルするのなら、決勝ということになる。

Aブロックは問題なくっていうのも変だけど、とにかく予定通りにジン君が勝ち上がっていく。
檜山さんと郷田先輩も負けてしまった…とは言っても、多分檜山さんはわざと負けたんだと思う。
郷田先輩は全力だったと思うけど、檜山さんなら最後のジ・エンペラーの攻撃をどうにか出来たはずだから。

『さあ! 海道ジン選手に続き、Aブロック決勝へと駒を進めたのはイオ選手!
両者初出場、ルーキー同士の注目の一戦だーっ!』

耳がキーンとなるぐらいの声による熱烈な実況の後、『選手機体メンテナンスのため、30分間の休憩となります』とアナウンスが入る。

私は立ち上がると、隣のミカちゃんがジト目でこちらを見上げる。
うわあ、これは怒ってる…。

「…ユイ、どこに行くの?」

「え、えーと…ちょっとトイレに行ってくるね」

「そう」

ミカちゃんは素っ気なくそう言うと、ポチポチとCCMを操作する。
きっと郷田先輩の写真を整理しているんだろうなあ。
それに彼が負けてしまって、かなりがっかりしてるんだろう。

「じゃあ、ちょっと行ってきまーす」

ここにいるとなんか標的にされそうだなと思って、そそくさと逃げる。
うう…怒ってる時のミカちゃんは普段の倍は怖い。

ミカちゃん怖い、帽子がないからバランス悪い…と呟きながら、私は迷わないといいなあと楽観的に考えていた。


■■■


「うきゃっ!」

「…っ!」

曲がり角で男の子とぶつかるって、すごい甘くて素敵な場面だと思う。
相手が相性の悪い子で、敵同士で、自分が迷子じゃなければの話だけど。

「鳥海ユイ!」

「は、はい! すいません。迷いました!」

名前を呼ばれて、ほぼ条件反射で答えてしまう。
尻餅をついた私を険しい目つきで見つめているのは、海道ジン君だった。
相変わらず私と彼はあまり相性がよくないらしい。

「君はまだ懲りてないのか…」

「うっ…。本当に申し訳ない」

前回も迷子の果てに会った私としては、ものすごく気まずい。
とりあえず自力で立ち上がる。

「ここは選手以外入ることは出来ないはずだ。
どうやって入った?」

「どうやってって、迷ったとしか…。
あ、悪意はないの! 悪意は!」

「はあ…」

「ジン君、本当に私といると溜め息多いみたいだね…」

「…そうでもない」

それ絶対嘘だよ、と思わず言いそうになったが抑える。
誰だって、受け付けない相手というのはいるから、仲良くしようと強制することは出来ないし、敵同士だけどここは遠慮を持たなくちゃ。

「あの…それで観客席にはどう戻れば…」

「君が来た道を戻ればいい」

「うう…本当にどうして迷うんだろう」

「僕に聞かないでくれ」

ご尤も…というよりも、ものすごく冷たいのだけれど、私本当に何かしたかな?

私は素直に来た道を戻ろうと思ったけれど、足を動かさなかった。
これは、これだけは彼に言っておかないと。

「ねえ、ジン君」

「なんだ?」

「次の対戦相手…手強いと思うから気を付けてね」

「君に心配される程、僕は弱くない」

「うん。知ってるけど、でも…えーと、心配は私の専売特許? みたいなものだから。
それだけ! バイバイ、ジン君」

ジン君に教えられた通り、来た道を戻る。
こんな入り組んでもない道でどうやって迷うんだろうなと心の中でため息を吐きながら、私はどうかどうか…と祈り続ける。

私は彼に会って確信を持った。
私に違和感を持っている彼なら…大丈夫。
気づいてくれる、彼は聡明だろうから。
物事はきっと、ちょっとねじ曲がったとしても、いい方向に動いてくれる。





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