19.世界大会 開幕 (20/76)


「うわあ。ひろーい! おおきーい!」

『アルテミス』の会場に着いた途端、ユイがそう声を上げた。
目をキラキラと輝かせて会場を熱っぽく見つめる彼女の頭には、ユイのトレードマークである白い帽子がない。

「そういえば、お前、今日は帽子どうしたんだよ?」

カズがそう聞くと、ユイは横髪をちょいちょいといじりながら恥ずかしそうに答えた。

「寝坊して忘れちゃって…、えへへ」

「お前…自分のトレードマーク忘れるなよ」

「別にいいじゃない。帽子がなくてもいい感じよ、ユイ」

私がそう言うと、ユイは恥ずかしそうにまた「えへへ」と笑った。
短い髪が少しだけ風に靡いていて、いつもとは違うけど可愛いと思う。

「でも久々に見たよ。ユイが帽子被ってないの」

「学校でも被ってるからね。うーん、でも応援はちゃんとするよ。
今日は忙しくないから!」

確かに『アングラビシダス』の時はユイは忙しそうにしていた。
後から聞けば、レックスが色々と仕事を押し付けていたらしい。
いい大人が何子供に仕事させてるのよ、と思ったけれどユイがいいならいいかと文句は言わなかった。

まあ、今回応援できるなら別にいいわよね。


■■■


『アルテミス』には変なのが揃っているなあ。

階段の中頃で欠伸を噛み殺しながら、少女はなんとなくそう思った。
彼女の目には山野バンに加えて、最新鋭の車から出てきた無表情な少年と戦闘機から飛び降りてきた海道ジンが映っている。

「ん?」

その中でも彼女は山野バンでも海道ジンでもなく、無表情な少年に注目する。

「あれは…」

少女は深く青い瞳を細めながら、彼をじっくりと観察する。
それから海道ジンへと視線を移し、自分の中に仕舞われた記憶段々と掘り起こしていく。
彼女の瞳が揺らめくが、動揺したわけではない。

「面倒なことになったね。お互いに」

少女がぽそりと呟くと、少年が不意に彼女を見上げた。
目が合う。数秒間だけ見つめ合い、彼女はにこりと彼に微笑んだ。
再び見つめ合う。
不毛な時間とも無駄な行為とも思うことなく彼女と彼がそうしていると、先に視線を逸らしたのは彼の方だった。
正確に言うならば、彼が後ろの少年たちに呼び掛けられたことで中断されたのだ。
そのまま無表情な少年はどこかへと行ってしまう。

恐らく別のゲートから会場入りするのだろう。

「……参ったなあ。
これは大変そう」

ようやく会えたなあと思いながら、彼女は彼に思いを馳せた。
別に恋愛感情も何もなく、あるとすれば同情か仲間意識か…よく分からない複雑な感情だ。

彼女はため息を一つ吐き、すぐに誰に向けるでもなく微笑んだ。

「まあ、出来る範囲で頑張りましょう」

一言それだけ言うと、彼女も階段を上がり、『アルテミス』の会場へと足を踏み入れた。



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