18.違和感 (19/76)
背後から不規則な音が響いている。
鳥海ユイの足音だ。
どうしたらそんなに危なっかしい音が出るんだろうか。
「………」
「………」
お互いに無言のまま、お祖父様の元へと急ぐ。
彼女からすれば、バン君たちと合流するために。
敵同士のはずなのに、この異様な空間はなんなのか。
僕のことを彼女は疑わないのだろうか。
このまま警備に突きださないとも限らないのに、呑気なものだと思ってしまう。
それとも本当に「役に立たないと分かりきっている」のだろうか。
「…はあ」
「溜め息を吐くと幸せが逃げるよ」
何度目かの溜め息に彼女はそう言った。
彼女は相変わらずの呑気な顔をしている。
「君は…何故そんな呑気にしているんだ。
僕が君を警備に突きだすかもしれないとは考えないのか?」
「付いて来いって自分で言ったんだよ?
それにさっきから警備の人とは全然会わないし…。突き出すんなら、もう突き出してると思う」
彼女は自分のCCMを取り出すと、それを僕へ突きつける。
そこには海道邸の詳細な地図が映し出されていた。
「ここ! 赤く点滅しているのが私たち。
確実に目的地に近づいてるし…ジン君は嘘は吐いてないよ。
そもそも…ジン君、嘘はそんなに得意じゃないんじゃないかな?」
「…どうしてそう思う?」
「なんとなく。
あ。私、勘は良いんだよ」
「…はあ。そうか」
「だから、なんで溜め息吐くの?」
彼女のその質問には答えず、僕は黙々と歩くことに専念した。
時間はそんなにかからなかった。
目的の扉の前で僕らは立ち止まる。
中からはお祖父様たちの声が聞こえてきて、耳を澄ませた。
隣の鳥海ユイも中に入ることはなく、ただ黙って聞いている。
石森里奈の裏切り、お祖父様が止めているという『オプティマ』の技術…。
お祖父様が、本当に…そんなことをしたのか?
そんな正義からは程遠いことを。
グルグルと頭の中で考えが巡る中、隣の彼女は不安そうにバン君たちを見つめている。
今のこの状況では彼女も、もちろん僕もあの場へ迂闊に出て行くことは出来ない。
彼女はCCMを強く握りしめた。
「山野博士。これで貴方の希望は潰えたわけだ。
貴方にはゆっくりと絶望を味わいながら死んでもらおう」
お祖父様が愉快そうに言葉を紡いだ。
その様子に僕は動揺した。
あれが本当に僕の知っているお祖父様なのかと。
自分がどこに立っているのかも分からなくなる中、不意に服の袖を引っ張られた。
「大丈夫?」
「…ああ。大丈夫だ」
「そう…。
これ、独り言だけど…信じていても疑うことを忘れない方がいいよ。
独り言だけど」
どこか今までとは違う冷たさの滲む『独り言』だった。
けれども、その冷たさの方が彼女の本心が現れている気がした。
錯覚もいいところだろう。
「どういう意味で言っているんだ?」
「気にしなくていいよ。独り言で、ただの勘だから。
さっきと同じだよ」
そう言うと、彼女はこの場に不釣り合いな満面の笑みを浮かべた。
正直気持ち悪いと思った。得体のしれない悪寒が走る。
しかし、それのおかげで漸く山野博士とお祖父様の会話が聞こえてきた。
「解読コードは『アルテミス』の優勝賞品『メタナスGX』の中にある」
「…『アルテミス』」
彼女の呟きが聞こえる。
『アルテミスの優勝賞品』ということは、僕のやるべきことも決まったということだ。
山野博士の言葉にお祖父様が狼狽える。
それも束の間、警備員がジリジリとバン君たちを囲んでいく。
それでも山野博士は狼狽えない。
彼は眼鏡を外し、触り出すが、行動の意味が分からない。
「何をしている!?」
「……こうするのさっ!」
お祖父様の問いに彼はそう答えると、爆発音が鳴り響く。
天井、壁…あらゆるものが崩れ落ち、煌々と輝いていた電気も消え、一気に視界が暗闇になる。
先に動いたのは鳥海ユイだった。
「アミちゃん! カズ君!」
彼らのCCMを手に取ると、それを勢いよく投げる。
CCMは綺麗な放物線を描き、受け取る時に落としそうになるものの彼らの手に収まる。
「ユイ! どこに行ってたのよ!?」
「ごめんなさい! 迷ってた!」
「はあ!?」
僕は残ったバン君のCCMを手に取る。
さすがに3つ同時には投げられなかったらしい。
「ジン…」
CCMをバン君へと投げる。
彼はそれを受け取ると意外そうな顔をしたが、そう余裕はない。
「早く行け」
そう言っても彼はなかなか動かない。
「崩れるぞ!」という誰かの叫び声と共に天井が崩れ落ち、僕と彼は分断される。
そして…隣にはまだ鳥海ユイがいる。
崩れた天井によって粉塵が舞う中、彼女はバン君たちの元に駆け寄ろうとする。
その後ろ姿に、無意識に問いかけていた。
「君は…生きづらくはないのか?」
自分で言っておきながら、おかしな質問だと思った。
自分でも質問の真意を図りかねる。
それでもこの違和感をどうにかしたかった…のだが…
「私は私らしくしているだけだから、難しいことなんて何もないよ?」
返ってきた答えに、理由のない違和感が増すだけだった。
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