08.地下の客人 (9/76)


空のタンブラーを檜山さんに預けてから、私はバン君たちを地下へと案内する。


「こんな所でやるなんて、如何にも闇の大会って感じね」

「でも、なんで『Blue Cats』の地下で?」

「うーん…。それは私の口からは言えないかな。
本人に言ってもらわなきゃ」

「本人?」

「うん。本人。まあ、そのうちわかると思うよ。あの人もあんまり隠す気はなさそうだ
もん」

私はそう言うと、ちょうど長い階段の終わりが見える。
野太い叫び声が聞こえる。
今日もこちらは繁盛しているみたいだ。

「ここだよ。『アングラビシダス』の会場」

私は両手を広げて彼らを歓迎する。
こうでもしないと、この会場の殺伐とした雰囲気が良くならない。やっても大して変わ
らないけど。

「うわっ…」

3人がほぼ同時に声を上げる。
会場の視線が一瞬だけ彼らに向いては、興味なさそうに反らされた。
会場全体は異様な熱気に包まれ、相変わらずちょっと居づらい。

「ここは『アングラビシダス』がない時はスパークリングバトルのために開放してるん
だ。
…とっても入りづらいと思うけど」

「お前、普段こんなところで手伝いしてるのかよ?」

「会場自体にはあんまり来ないかな。
出場者登録をしたり、強化ダンボールの修理とか…雑用ばっかりだよ」

「あ、もしかして寝不足って『アングラビシダス』の準備のせいなのか?」

バン君が的を射たという感じで聞いてくる。
私は「うん」と頷いた。
それから、「好きでやってるんだけどね」と付け加えた。
事実他人のサポートは私の性に合っているから、大して負担じゃない。
…せっかく修理した物が壊される瞬間以外は。

「あ、あれって海道ジン!? LBXは興味なさそうにしてたのに…」

突然アミちゃんが大きな声を上げた。
アミちゃんの視線を追うと、そこには海道ジン君がいた。
強化ダンボールの中には見たことのないLBX。
ナイトフレームのあのLBXがおそらく彼のLBXなのだろう。

「見たことのないLBX。オリジナル?」

「3対1って、そんなのありかよ!」

「ルール的には問題はないけど…うん。でもあんな不利な戦い、普通はしないよ」

ルール的には問題ない…問題ないけど、あの状況は圧倒的不利。
それでも彼はその表情を崩さない。
一度しか見たことのないその表情は、廊下ですれ違った時と変わらない。
いや…ちょっとだけ余裕そうに見える。

「………」

その表情とは裏腹に彼のLBXはどんどんと追いつめられていく。
でも、その動きはどこか自分からそうしているような印象を受ける。
相手の3人は自分たちが誘導されている、という認識はないのだろう。
そう認識させないその動きで、彼がどれだけの実力者なのかがわかる。

「あいつ、なかなかやるな」

「ああ…」

「でも、防戦一方。3対1じゃ勝てっこないよ」

「………」

みるみるうちに彼のLBXは大きな岩を背に追い詰められてしまう。

さり気なく海道ジン君の方を盗み見る。
状況に反して、プレイヤーの彼に焦った様子はない。
これはやっぱり…!

「逃げられないわ!」

「ううん。逃げられないんじゃない…。あれは…!」

相手が止めを刺そうと、3体同時に武器を振り下ろした。
その攻撃をあのLBXは武器を地面に突き刺し、それを踏み台にして跳び上がることで防い
だ。

そして、今度は彼のLBXがその武器を振り下ろす。

「…っ!」

3体のLBXの首が同時に飛ぶ。
一目瞭然のブレイクオーバー。呆気ないバトル終了。

「あいつ、初めから3体同時に倒す気だったんだ…」

バン君の言葉に私は頷く。
彼のLBXが彼の肩に乗るのを見ながら、私は言葉を続けた。

「うん。あの動きは全部計算づくだったんだよ…」

「海道ジン…。まさか、これ程のプレイヤーだったなんて…」

海道ジン君がその場を後にする中、相手のプレイヤーたちが彼が次の『アングラビシダ
ス』に出場することを告げる。

「まさか、海道ジンが『アングラビシダス』に?」

「調べてみる」

私はすぐに鞄の中からCCMを取り出し、檜山さんから渡された出場者リストに目を通す。
海道…海道……あった!

「本当だ。出場登録されてる…」

つまりは、彼が…圧倒的実力を持つ彼が、バン君たちの敵になるんだ…。

「…うわぁ」

それしか声を上げることが出来なかった。

聞きようによっては無関係にしか聞こえないような声であり、そして私の状況は大して
それと変わりなかったのだからどうしようもない。


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