女王様のご機嫌いかが(ダン戦)
ジェシカ・カイオスは頭を抱えていた。
頭を抱えている場所はどこか。
日本にある―A国にもあるが―かの有名なネズミとその仲間たちが住んでいる夢の国である。
凄まじく純度の高い楽しいという感情がぐつぐつと大きな鍋の中で煮詰められているその空間で、彼女は頭を抱えていた。
話は数十分前に遡る。
その日ジェシカは暇だった。
どれくらい暇かというと、思わずダックシャトルの天井の染みを数えてしまうぐらいには暇だった。
ちなみに三十までは数えたが、そこから先は馬鹿らしくなって止めた。
染みを数えても良いことはない。無駄なことを学んでしまったと彼女は肩を落とした。
「何か…何かないかしら。
ジャンヌDの整備…はさっきやったし、ダックシャトルを乗り回す…はジェラート中尉に止められたし、タイニーオービットに行ってみる?
みんなお仕事してるわよね……」
声に出してやれそうなことを羅列してみるが、どれもいまいちピンとこない。
じっとしてるのは性に合わない。
何かしなければ、折角日本にいるのだから、とよく分からない脅迫観念に襲われる。
奮発して旅行に来た観光客のそれだ。
存分に楽しまないとどうにかなりそうな気分。
ダックシャトルを飛ばしてくればすぐに来れる場所ではあるが、そもそもダックシャトルはそう乗り回して良いものではない。
そうだ! 観光! 観光よ! とジェシカは閃く。
どうせ暇なのだからどこか…偶にはLBXに関係ない所に行ってみようじゃない!
「そういえば、確か『あそこ』に行ったことなかったわね」
ジェシカはCCMを開くとネットの履歴を遡り、目当てのものを見つけ出す。
それは日本で有名なアミューズメントパークのサイトだ。
有名なネズミとその仲間が住む夢の国である。
A国にもあるが、それとは趣が違う国が隣にあると聞く。
日本に来ることがあれば是非行ってみたいと兼ねてから思っていたことを今思い出した。
どうして忘れていたのだろう。私にはここがあったじゃない!
そうとなれば善は急げだ。
一人で行っても問題ないが、出来れば二人以上で行った方が良いと聞く。
アトラクションで一人だと他の家族と乗せられて、大変微妙な思いをするらしい。
それは避けたい。なんとしても。
急なことなので全員は無理だろうが、何人かは捕まる筈。
そう思って一斉送信でメールを打つ。
ちょっとシビアかもしれないが、最寄り駅での現地集合にした。
園内でのLBXの使用は禁止されているが、ないと不安になるのでLBXとCCMを持ち、寒いので上着を羽織ると、いそいそとホテル代わりにしていたダックシャトルの部屋を後にする。
意外と居心地が良くなってしまった。出る前にささっと毛布の皺を伸ばしておく。うん、完璧。
意気揚々と部屋を出た。
そこから数十分後、まさか自分が頭を抱えることになるとは露知らず。
「確かに…私も全員は無理だろうな〜。無茶言ってるな〜って思ったわよ。
でも…でも…考えてもみて!
ここ初めてなんだし、こう…よく知ってる人がいいなって思うし、ちょっとは馬鹿騒ぎしたいなって思うでしょ!」
地球を下から水で支えているという特徴的な噴水のあるエントランスで、ジェシカは再び頭を抱えた。
白い息がこれでもかと彼女の口から零れる。
「なんでこのメンツ!?」
目の前にいるカズ、ヨル、ヒロを見てジェシカはそう叫んだ。
「いや、俺たちに言われても……」
気持ちは分かる、とカズは思ったが口を挟むような雰囲気でもないので彼は黙った。
正しい判断だったと信じている。
「アミちゃんが偶数の方が良いって言ってたから申し分ないのでは…」
「そうなんですか?」
「アトラクション乗る時に一人で乗らないで済むって言ってたよ」
「お母さんは入れば遊べるって言ってたんですけど、意外と奥が深いんですね!」
それはあまりにも雑過ぎる教え方をしていないだろうか、大空博士。
ジェシカがすうっと冷静な顔になる。ヒロとヨルが背筋を伸ばした。
「不満があるわけじゃないの」
「おう」
「若干の不安が……」
「絶叫系は乗れるよ」
「迷子とか……」
「お母さんから昔行った時のパンフレット貰ってきました!」
「十年前のパンフレットだけど……」
閉まっておきなさいと、最新版のパンフレットを渡す。
早速パンフレットを広げたヒロの横からヨルが覗き込んだ。
「アミちゃんのお勧めはこれだって」
「この横のマークは何ですか?」
「その場では乗れないけど、時間空けて並ばずに乗れるパスを発行してくれるアトラクションのことだな」
「詳しいですね、カズさん!」
そう、別にメンバーに不満がある訳ではない。
自分でもどうかと思うぐらいには意外なメンバーであるけれども、彼らは全く悪くない。
寧ろ先ほどの会話からすれば、十分に楽しめそうである。
ちょっと期待値が高すぎただけだ。それは自分が悪い。
少しばかりそこら辺を歩いている女の子たちみたいに、キャラクターを模したカチューシャや帽子を付けて友達とポップコーン片手に回ってみたいとか思ってるだけである。
……いや、存外どうにかなるのでは?
「ねえ、あの…あれ、ああいうカチューシャとか付けたいんだけど…」
恐る恐る園内をずんずんと進んでいく女の子たちの頭に載ったカチューシャを指差す。
三人はそれに視線を向ける。
最初に言葉を発したのはヨルだ。
「それは恥ずかしいので遠慮します」
「僕としてはあれを被るのは吝かではありませんが、え、ヒーローの物はないんですか!?
そうですか……残念です……。
そうなるとその耳しか……それだと実に中途半端なクオリティーに!
それは僕のプライドに、いえ! 全ヒーローに対する侮辱に等しいのではないでしょうか!
すみません、ジェシカさん! 今回は遠慮させてください!
次こそは、次こそは僕の手で完璧なヒーローになってみせますから!」
「………カズ」
「俺に振るなよ」
分かっていたけれども!
ジェシカは思わず蔑むような視線をカズに投げかけた。
カズはその視線から逃れるように、二人であれがいいこれがいいと盛り上がるヒロとヨルの話の輪の中に入っていく。
ジェシカは溜息を一つ吐いてから拳を握り、エントランスの先、笑い声の集まる園内の中心を指差した。
「よし!
行くわよ! 今日は遊び倒してやるんだから!」
ヨルとヒロの襟首を掴むと彼女は雄々しく歩いていく。
カズは仕方ないなという顔をしながら、笑い声が渦巻くその中心に向かうジェシカの後に付いて行った。
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