短編(その他)

  いつか遠くの夏の声(川村アミ)


「『アイスクリーム頭痛』っていうんだよ。
冷たい物を食べた時に口の中の温度が急激に低下することで、体の反射で体温を上げるために血管が急に大きくなって、炎症が起こったり、喉の神経が刺激されて、それを脳が勘違いして頭痛が起こるとか……。
正式名称なんだって、医学用語なのに面白いよね」

そう言って、姉は小さく笑った。

蝉の声が幾重にも重なって聞こえた。


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夏は苦手だ。

みんなよりも色の薄い肌や目は紫外線の影響を受けやすいし、背が低いからアスファルトの熱気をより強く感じる。

暑い、死ぬ……。

ぽたぽたと頬を伝う汗にそんなことを考える。

物心ついた頃から夏は天敵だった。
日本の夏は特に嫌だ。

湿度の高さが不快感を増す。
至るところがアスファルトで塞がれていて、熱も湿気も逃げ道がない。

「死ぬ……」
「死なないから」

頭より高い位置からアミちゃんの声がした。

「はい」とアミちゃんから渡されたのは、アイスだった。

中学生のお小遣いでも余裕で買える、青い背景に坊主頭の男の子が描かれている爽やかなパッケージのやつだ。
ついでにと常温の水も渡される。

一緒に出かけたは良いものの、途中で真っ赤な顔をしだした私を気遣ってくれたのだろう。
アミちゃんも暑いだろうに、呑気にベンチに座っていた自分が情けない。

「冷たい方が…」
「それでこの前、お腹壊したでしょ?」

ご尤も。

暑いからと言って、あまり冷たい物を取るのは良くないそうだ。
アミちゃんの忠言に従い、大人しく水を受け取ってバリっと包装を破る。

想像通りの水色のアイスが出てくる。
アイスの冷気がひやりと肌を撫でた。
いつも通りの、作り物のようなソーダの香りが冷気と一緒に鼻を抜ける。

隣ではアミちゃんが自分のアイスをスプーンで掬って食べ始めていた。
オーソドックスなバニラのアイスだ。

私も自分のアイスに齧りつく。
行儀が悪いけれど、口に咥えたまま、財布から小銭を取り出してアミちゃんに渡した。
彼女は大して確認もせずにそれを受け取ると、自分の財布に入れた。

口の中で氷の粒を噛み砕く。

色通りの味がして、懐かしいなあと思う。
溶けが早いのは知っているけれど、ちびちびと食べていく。

「いったー…」

隣のアミちゃんが声を上げた。
見ると、こめかみを抑えて、何とも言えない顔をしていた。

「キーンってする?」
「そう、それ。久しぶりに」

こめかみを擦りながら、アミちゃんが言う。

「『アイスクリーム頭痛』って言うんだって」

頭痛を耐えているアミちゃんに昔得た知識を言う。
冷やすと良いとか温かいものと一緒に食べると良いとか聞くけれども、残念ながらどれもここにはない。

苦し紛れに彼女の背中を撫でる。

「ふう……もう大丈夫。ありがとうね、ヨル。
『アイスクリーム頭痛』かあ、よく知ってるわね」
「ずっと前に姉が言ってたから、なんとなく」

「博識だったよ」と付け加えると、アミちゃんは一瞬考えるように黙ってから、「そうみたい」と答えてくれた。

じわじわ、みんみんという蝉の鳴き声が聞こえる。
太陽の光はまるで衰える様子がなく、アスファルトとその上を通る人たちを容赦なく焼いていた。

半分以上食べたところで、アイスの棒を確認すると「はずれ」と書いてあった。
「あたり」ならもう一本貰えて、「はずれ」なら貰えない。
運がないなあ、と横からアイスを噛み砕きながら思う。

氷の粒が口の中で溶けて、熱を奪っていった。

人工的な味だけれど、これはこれだから良いのだ。

アイスの最後の一口を食べる。
喉を通るソーダの粒が弾けるのを感じて、なんとも言えないおかしさがそこから湧いてきたような気がした。

ぽたりと汗が一粒アスファルトに吸われていくのを見送った。


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