90.全ての人の未来のために

「冗談じゃねえ! 奴の言いなりになって堪るか!」

誰よりも先にそう言ったのは郷田さんだ。
彼はさっき瓦礫と砂埃に塗れたトキオシティからタイニーオービット社に戻ってきたばかりだというのに、今にも飛び出していきそうだった。
私の隣にいるアスカやランも含めて、何人かは本当にそうしてしまいそうな雰囲気がある。


ミゼルトラウザーの一撃は都市を一瞬にして瓦礫に変えた。
幸いにして全員砂埃を被ったぐらいで済んだものの、次もその程度で済むという保証はない。
落ち着けという意味を込めて、アスカの服の袖を引く。
アスカはちらりと私を見ると、少しだけ不満そうに振り上げていた拳を下ろしてくれた。

「でも、ミゼルトラウザーにはセト50が…。
迂闊に手出しは出来ないわ」

大空博士の言葉にその場は冷水を浴びせられたように静かになる。

彼女の言うことは尤もで、セト50がある以上私たちは迂闊にミゼルトラウザーに手が出せない。
セト50を無力化出来ない限りはその絶対的な優位は変わらないし、それはミゼル自身も理解していることだと思う。
だからこそのあの降伏宣言。圧倒的優位に立っているからこその余裕と威圧を見せつけたのだ。
強力な兵器はそこにあるという事実だけで脅威になるという証明でもある。

諦めろというミゼルの足音が静かに、でも確実に私たちの背後に近づいてきているような気がした。

それでも…冷たいミゼルの手に掴まれたとしても、ここで引くわけにはいかないのだ。

「……山野博士。もしかしたら、あれが使えるかもしれません」

手詰まりの状況に一石を投じたのは、霧島さんだった。

山野博士に断りを入れて席を外した霧島さんはコンソールを操作すると、青いドーム状の映像を出す。
ぱっと見はDエッグの展開した状態の色を変えたような感じだった。

「これは?」

「『グランドスフィア』。
強化ダンボールの技術を発展させたエネルギーフィールドの発生システムです」

「エネルギーフィールド?」

「このOPG端末を対象物の周りに配置することで、このように巨大な密閉空間を造ることが可能になるのです」

霧島さんが白衣のポケットから、そのOPG端末を取り出して見せてくれた。
思ったよりも小さい端末だった。
これで霧島さんの言うような巨大密閉空間を作るには少し無理があるような気がした。

「それって…巨大Dエッグってことか」

「その通り。
グランドスフィアは物理的衝撃を百パーセント吸収します」

霧島さんはバン君の言葉に鷹揚に頷きながら説明してくれた。

「ではこのシステムを使えば……!」

「ミゼルトラウザーを閉じ込めることが出来る」

「セト50が爆発しても被害が外に及ぶことはない訳か!」

「すげえじゃん! これがあればミゼルだって……!」

「ですが、問題があります」

勝ち目が見えてきたこの場を静めるように霧島さんは声を発した。
その声は作戦を提案したにしては深刻だった。
緊張感が増して、肩に力が入るのが分かる。

「ミゼルトラウザーを完全に包囲するために必要なエネルギーフィールドは直径二キロメートル、LBXがOPG端末を持って展開すると仮定し、必要な機体は約一千体。
ベクターに対する護衛を含めれば、一万体以上のLBXが必要になるかと……」

「一万体!?」

「そんな数のLBXどうやって…!」

この場にいたほぼ全員が目を丸くする。
私は一万体という途方もない数字を声にならない声で反芻した。

「それしか方法がないなら、集めるしかありません!」

ヒロが誰よりも早くその言葉を口にする。
無理な数字だということはここにいる誰もが分かっていて、それでも霧島さんの案はミゼルに勝つほぼ唯一の方法だ。
これを使わないという選択肢はない。
ヒロの言うように何をしてでも集めるしかない。

「そうだ! 何としても集めよう!」

ヒロの言葉に一番に賛同したのはバン君だ。
次に拓也さんがオペレーターさんに指示を出す。

「よし! 使用可能なメディアから世界中のLBXプレイヤーたちに協力を呼びかけろ!」

「各LBXメーカーにも連絡してバックアップ体制の構築を!」

拓也さんの指示に被せるように言ったのは山野博士だ。

「我々はミゼルトラウザー攻略作戦を立てるぞ!」

「よっしゃ!」

四方からミゼルを倒すための指示が飛ぶ。
他国への支援要請を、という声も上がる。
空間全体が活気に満ちてくるのがよく分かる。

「必ず守りましょう」

「ああ、トキオシティを……世界を!」

ヒロとバン君は決意を新たにするようにそう言う。
私たちもそれに頷いた。

LBXメーカーからのLBXの提供も続々機体提供の知らせが来るが、数は全く足りない。
……一万体だ。途方のない数字である。
機体を用意するだけでも相当な苦労であるが、加えてそれを操作するLBXプレイヤーも必要不可欠だ。
ベクターに対抗するとなれば、機械的な制御よりも人間が操作した方が対応がしやすい。
仙道さんやキリトさんのような人がたくさんいれば話は別だが、彼らのようなLBXを複数操る才能は稀だと思う。
少なくとも私はあまり出来る気がしないし、それを他の人に求めるのも酷だろう。

ギリっと誰かの歯軋りの音が響きかけた時、バン君がオタクロスさんの元に歩み寄った。

「オタクロス」

「なんデヨ?」

「一時的にここから『インフィニティーネット』をジャックできないかな。
呼びかけたいんだ! 世界中の人たちに!」

バン君の予想外の言葉に視界の端でアスカとジェシカが仰け反ったのが見えた。
ジンやユウヤも少なからず驚いているようだった。

「……うむ、任せろデヨ!」

オタクロスさんは頼もしい返事と共にキーボードを目にも止まらぬ速さで叩くと、すぐにバン君にカメラの方を向くように伝える。
バン君は大きく頷くと、すぐに部屋の中央のカメラの方を向く。
パっと室内の画面にバン君の顔が映る。

自分が出るわけではないのに思わず緊張による冷や汗が背中を伝う。
足元がとても高い場所に立ったように覚束ない。

「オッケーデヨ!」

「……うん!」

バン君は厳しい顔つきで、でも背筋をしゃんと伸ばしてカメラを見つめた。

「世界中のLBXプレイヤーのみんな!
俺は山野バンです! これから話すことをよく聞いてください。
今、トキオシティは大変な危機に陥っています。
ミゼルが強大な力で俺たちの街を破壊しつくそうとしているんです。
それも……俺たちの大好きなLBXを使って!
このままじゃLBXは人類にとって破壊をもたらす悪魔になってしまいます!
俺はそんなこと絶対に許せません!」

バン君の語り掛けるカメラにヒロが握り拳を作りながら入り込む。

「世界中の皆さん、大空ヒロと言います。
僕たちはミゼルを倒して、LBXを夢と希望を与えてくれる存在に戻したいんです!
だって! LBXは大切な友達なんですから!」

「トキオシティに来て、俺たちに協力してください! 出来るだけたくさんのLBXが必要なんです!
今ミゼルを止めないと、いずれ世界もトキオシティと同じように壊滅させられてしまうでしょう。
力を貸してください! LBXを愛しているみんなの力を!」

そこまで言うと画面がミゼルトラウザーの姿に切り替わる。

「これが限界デヨ」

オタクロスさんが申し訳なさそうにそう言った。
バン君はオタクロスさんのその言葉に首を横に振る。

「ありがとう、オタクロス」

「……届きましたかね、僕たちの気持ち」

ヒロのその問いかけにバン君は口ごもるばかりだった。
ここから先は信じて待つしかないのだ。

皆、祈るように黙り込む。
私もまた居はしない神様に対して祈るように両の手を柔く重ねた。

陽がまだ傾きもしない中、夜が明け、朝陽が昇るのを待つ。
あの日のように肺に夜明けの気配が満ちるのを待っている。

朝靄の中、世界中の人々がバン君の言葉を信じて集まってくれるのは、これから数時間後の話だ。
タイニーオービット社の前には見知った人もいればそうではない人たちもいて、人で溢れ返っていた。
私のよく知る神谷コウスケさんや「アングラテキサス」で戦ったビリーさんがいる。
A国大統領の話ではまだたくさんの人たちがここに集まってくれるという。

バン君がその光景を見ながら、誇らしそうな、それでいて少し泣きそうに瞳を潤ませていたのが見えた。


■■■


「では、ミゼルに対する最終攻撃のブリーフィングを始める」

「ミゼル攻略のためには、何よりもまずミゼルトラウザーの動きを封じなければいけない」

エクリプスの元データから作ったミゼルトラウザーの見取り図に、私たちの行動を予測した矢印が浮かぶ。
拓也さんは全員の顔を見渡してから言葉を続けた。

「よってグランドスフィアの形成と共にLBXでミゼルトラウザー内部に侵入。
内側から両手両足の関節部分を破壊する。
ジンとユウヤは左腕を攻撃。
アミとカズは左足。ジェシカ、アスカは右足。キリトとヨルは右腕を攻撃。
郷田と仙道は万が一に備えて待機だ」

「そしてバン、ヒロ、ラン。
貴方たちはミゼルオーレギオン……ミゼルと戦うのよ」

「お前たちは最強のチームだ。
ミゼルトラウザーの動きを封じた後、胴体部にある指令室に突入。
ここにいるミゼルを倒す」

「……わかりました!」

バン君たちが頷く。

この作戦は言うなれば奇襲だ。
グランドスフィアというものの存在を認識していない状態のミゼルに仕掛ける、最初にして最後の奇襲攻撃。
この作戦に次はない。
グランドスフィアを形成すれば、まず間違いなくミゼルはグランドスフィアを解析してくるし、対抗策を立ててくる。
スピード勝負だ。ジリ貧状態になれば物量差で押されるのは目に見えている。
一万という数は途方もない数字だけれども、限りのある数字だ。次に同じ数のLBXやLBXプレイヤーを集められる可能性は低い。

タイニーオービット社の建物はミゼルトラウザーからはCCMの操作圏外にあるので、ダックシャトルに乗り換えてミゼルトラウザーの傍まで近づく手筈になる。
グランドスフィアを形成してくれるLBXプレイヤーの人たちはCCMの操作圏ギリギリの位置で待ち構えてくれている。

ダックシャトルに備え付けられたコントロールポッドのハッチを開ける。
開いたとほぼ同時にドスンと音がして、私が視線をやった時には既にアスカがトマトジュースの缶を片手に乗り込んでいた。速い。
私もアスカに倣うようにしてコントロールポッドに乗り込むと、CCMをコックピットに接続する。

ハッチが閉まると暗闇が広がる。閉所恐怖症には向かない空間だと何となく思った。
LBXのカメラと繋がっていないからまだ外の様子は映らないけれども、操作計部分が淡く光って、室内を照らした。

《攻撃チーム、スタンバイは出来た?》

スピーカーから大空博士の声が聞こえてくる。
モニターが切り替わり、ダックシャトルの射出口の景色が映る。
ジャバウォックの槍が当たり前ではあるけれど、すぐ近くに見えた。

《スタンバイ完了》

《みんな、油断するなよ!》

《もちろん!》

カズ君とアミちゃんの声がみんなを鼓舞するようにコックピット内に響いた。

操縦捍を握る手に力が篭る。

《起動準備整いました!》

《作戦開始! LBXチーム発進せよ!》

拓也さんの作戦開始の合図と共にライディングソーサーを発進させる。

ミゼルトラウザーの一キロ圏内に入ると、再び霧島さんの声がスピーカーから聞こえた。

《グランドスフィア起動!》

眼下でLBXの持つOPG端末が起動し、格子状に青白い光が広がるとドームを形成する。
ミゼルトラウザーを含めて周囲を完全に包み込んだ。
ミゼルトラウザーが手に持った槍をグランドスフィアに投げるけれども、青白い閃光が飛んだだけでグランドスフィア自体に傷は付いていない。

さすがのミゼルもこれを破壊するのは骨が折れると考えたのだろう。
警報が鳴る。
トキオシティ外に残っていたベクターが集まりだしてきた。

地上のあちこちで戦闘が始まる。

《始まったぞ! 僕たちも突入だ!》

《了解!》

私はキリトさんと一緒に右腕の中枢部分を目指す。
装甲部分の間から存外簡単に中に入ることは出来た。

内部は私の知っているエクリプスとはだいぶ変わっているけれども、扉や床はそのままだ。
少しだけ懐かしい気持ちになる。

それと同時にこれを破壊しなければいけないことに、そうしなければならないけれども、寂しいと思った。
……無機質な通路のその奥に、私を掬い上げた言葉がある。

《この辺りか…》

「……はい」

キリトさんの後に付いていく。
拓也さんたちが作ってくれた内部図によれば、もう中枢部分が見えてもおかしくない頃だ。

「見えた…!」

人間でいうところの関節部部分、ミゼルトラウザーの右腕の中枢が見えてきた。
でもその前には何か…LBXのような姿が確認できる。
その姿の正体に気づいたのはキリトさんだった。

《ジョーカー! デクーOZ! ハカイオー!
俺のカスタムLBXたち!》

私たちの姿を認識するとキリトさんのLBXは襲い掛かってくる。

高く跳んだジョーカーの上からの一撃を槍で受け止めると、ライディングソーサーを踏み台にして押し上げた。
ライディングソーサーから降りて着地したところを更に横からハカイオーのドリルが迫る。
ギリギリの位置で槍で防いだ。目の前で火花が散る。

キリトさんのフェンリル・フレアもジョーカーとデクーOZの両方から攻撃を受けている。
上手く避けているけれども、全てを防ぐのはキリトさんでも難しそうだった。

「パラダイス」で戦った機体だけれども動きが全く違う。何回か見ている訳でもないからかなり戦い難い。
パワー重視にバランスを割いたとはいえ、ジャバウォックでハカイオーの攻撃を受け続けるには無理がある。
ガチガチとジャバウォックの槍とハカイオーの腕が不格好な音を出す。

《我ながら手に負えないカスタマイズをしたもんだな…っ!》

「本当にその通りっです!」

キリトさんの苦戦しているのに少し嬉しそうな声に同意する。
本当に手に負えないカスタマイズをよくもしてくれたものだと思う。

良く隙を突けたと「パラダイス」の時の自分を褒めてあげたいような気持ちだった。

ハカイオーの腹に蹴りを入れる。
カタピラが滑り止めになって蹴りの威力が殺された。距離を置きたいけど置ききれない。
苦し紛れにジャバウォックの尾でもハカイオーを牽制する。

「……厄介なカスタマイズを」

《はっ、俺がカスタマイズしたからな》

歯軋りしそうになったその時だ。
上からエネルギー砲が一直線に降り、ハカイオーたちと私たちのLBXの間を穿っていく。

《さすがにしんどいだろ。手を貸すぜ!》

「郷田さん!」

スピーカーから聞こえてきた声は郷田さんのものだ。
モニターにはハカイオー怒愚魔とナイトメアフィアーが見えた。
バン君たちが使う予定だったコントロールポッドを使って来てくれたのだ。

ハカイオー怒愚魔がジャバウォックとハカイオーの間に入る。

《ジンたちがキラードロイドを倒した!
行け、ヨル! 中枢を破壊してこい! ここは俺たちに任せろ!》

《…ふん》

「分かりました、ここをお願いします!」

郷田さんの言葉に背中を押されて、二機の間を抜けて中枢部分に駆け出す。
ナイトメアフィアーはジョーカーの相手をしてくれている。
キリトさんもデクーOZに一対一で相対していた。

《決めるぜ! 必殺ファンクション!》

《アタックファンクション 超我王砲》

《アタックファンクション デスサイズハリケーン》

ハカイオー怒愚魔とナイトメアフィアーの必殺ファンクションが後方で炸裂する。
続くようにしてキリトさんもまたデクーOZに対して必殺ファンクションを叩き込んだ。

《必殺ファンクション!》

《アタックファンクション Xブレイド》

左右から来る爆発に押されるようにして、ジャバウォックで中枢部分に跳び込む。
中枢部分、その更に中央にある球体目掛けて一撃を放つ。
球体に槍を深く刺し、思いっきり引いてやる。着地するとほぼ同時にジャバウォックの体勢を低くした。

「……必殺ファンクション!」

《アタックファンクション 鳴神》

ジャバウォックの必殺ファンクションを撃つ。
槍を突き刺した部分からのた打ち回るように雷が伝い、中枢部分の周囲を焼き焦がす。
そこにフェンリル・フレアやハカイオー怒愚魔、ナイトメアフィアーの攻撃が加わり、完膚なきまでに破壊する。

四肢を攻撃され、爆炎が舞うと同時にミゼルトラウザーの体が傾く。

《やりました!》

《これで完全にミゼルトラウザーは動けない!》

ヒロとランから喜びの声が上がったことで少しだけ肩の力が抜けた。
でもそれも一瞬だった。

床から突き上げるような振動があったかと思うと、バンっと大きな音を立てて、コントロールポッドが深い闇に包まれた。




prev | next
back

- ナノ -