89.最後の戦い
ジャバウォックはその必殺ファンクションの性質上、電撃に対しての対抗策は他のLBXよりも厳重に施してある。
とはいえ、海水に機体を浸しながら放った必殺ファンクションと直前のベクターの攻撃で、関節部分や胴体部分の摩耗が思ったよりも激しかった。
CCMでジェシカたちに連絡をすれば、メンテナンスの準備は整えておくから、心配はいらないということだ。
ほっと胸を撫でおろす。
ジャバウォックは……もう手放せない、大切なLBXだ。
代わりはいない、と思う。
だから、修復が効くと聞いて安心した。
コピーした情報の入ったメモリを持ったリリアさんとはダックシャトルに乗る直前で別れる。
鉄の燃えるような嫌な臭いが漂い始めた森の入り口で別れる時、彼女は私たちに労いの言葉をかけると同時に私の頭を乱雑に撫でたのだった。
「頑張りなさい」
突き放したような一言は、でも声音は優しかった。
研究所からは距離が離れているにもかかわらず、焦げついた臭いが鼻を衝く。
外部にいた制圧部隊が地下室を確認したが、コンピュータは内部データも含めて全て回路が焼けていて、もう到底使い物にはならないそうだ。
もちろん、そうする気でやったのであるから、後悔などは微塵もしていない。
ダックシャトルから見えるミニチュアのような街を後にする。
掌の中には焦げ付きの目立つジャバウォックがいる。
■■■
ジェシカと二人でタイニーオービットの廊下を歩く。
掌の上にはジャバウォックがいる。
関節部分は問題なく動く。胴体部分も問題なさそうだった。
修理されたジャバウォックの動作確認に付き合ってくれたジェシカは「大丈夫そうね」と太鼓判を押してくれた。
彼女が言うなら本当に大丈夫なのだろう。
「ちょっと良いオイルでも貰ったみたい」
私が素直にそう言うと、ジェシカは「実際良い部品を使ってるわよ」と言ってくれた。
最初にジャバウォックを組んだ時も予算はそこそこの値段で組んでいたとはいえ、度重なる戦いで中のパーツやコア部分はそれよりもずっとお金が掛かっているような気がする。
改めて考えると非常事態とはいえ、少し気後れする。
「頑張ったんだから、博士たちからのご褒美でしょ。
それぐらいのことはしてくれたし、もうすぐミゼルとも必ずまた戦わなくちゃだもの!
私のジャンヌDやアスカのヴァンパイアキャットだって、ミゼルとの戦いのために強化されてる。
それはみんなそう。
私たちにはアキレスD9もオーディーンMk-2もあるけど、オーレギオンだけじゃなくて、戦うのはベクターたちともだもの。
私たちと私たちのLBXには冗談でもなんでもなく、人類の未来が掛かってるんだから、お金なんて細かいこと今は気にしないの」
ジェシカが私の肩を軽く小突く。
「まあ、全部どうにかなったら、パパとか大統領にそれがぜーんぶ乗っかかるんでしょうけどね」
「ジェシカも大変になるかもしれないのにすごいね」
「こんな時はそうするものよ」
彼女はどこか楽しそうに言った。
目的の部屋に着くと、自動扉が開く。
中には他のみんなが揃っていて、ジオラマを囲むようにしてその中を固唾を飲んで見守っていた。
ジオラマから武器と武器のぶつかる金属音が聞こえてくる。
アスカがいち早く私たち二人に気づいて、「こっちこっち」と手招きしてくれる。
あまり大きな声で呼ばなかったのはアスカなりの配慮か。
いつものトマトジュースも飲んでいない。
それが非常事態ということを如実に表しているようで、少しだけひやりと背筋に冷や汗が伝った。
アスカの隣に並ぶと向かい側にいるジンと目が合う。
「どんな感じ?」
「見ての通りだよ。
攻撃も防御もすごい。最強って感じだな」
「感覚的ねえ…」
アスカの言葉にジェシカは呆れたようだった。
「でもさ、ほら」
アスカがジオラマを指差す。
アキレスD9が武器を振り上げ、オーディーンMk-2に一太刀浴びせようとする。
双剣はでも機体を掠めることが出来ず、ただその攻撃を途中で止めることも出来ずに、城壁の一部に双剣をめり込ませた。
力の加減が出来ていないのか、武器が煉瓦から抜けない。
「今だ!」
「そうはいきません! 必殺ファンクション!」
《アタックファンクション ソードビット》
オーディーンMk-2に攻撃される前に必殺ファンクションが放たれる。
アキレスD9の背面のバックパックから、格納されていた小型の剣状をした武器であるソードビットが射出される。
ソードビットはホーミング機能が付いた対空ミサイルのようなものだ、と山野博士からは説明を受けている。
ソードビットはオーディーンMk-2を追尾するけれども、スピードならオーディーンMk-2の方が優れている。
狭い見張り台の間を縫い、アキレスD9のソードビットを持ち前の機動力で避けていた筈のオーディーンMk-2は城壁の見張り台に派手に突っ込んで、煉瓦の道に転がり落ちた。
二人にしてはあり得ないミスが重なる。
隣のアスカが「あーあ」と残念そうに声を上げ、私はぱちっとその光景に目を丸くしてしまった。
「ははははははっ!
回避した勢いで壁に突っ込みおったデヨ!
わかったじゃろ。それがオーディーンMk-2のスピードデヨ。
バン、お前がそれに全くついていけておらん。
そして、ヒロ。お前もアキレスD9の持つ強大なパワーに振り回されているだけデヨ!
オーディーンMk-2とアキレスD9、この二体の性能を100%引き出さない限り、ミゼルに勝つことは出来んデヨ!」
オタクロスさんが鋭く二人の改善点を指摘する。
バン君とヒロは神妙な面持ちでそれを聞いていた。
「俺たちの力がLBXの性能に追いついていない…。
訓練を続けるぞ、ヒロ!」
「…はい! 必ず使いこなせるようになりましょう!」
バン君が力強く言うと、ヒロもまたそれに答えた。
急がなければいけないのは確かだけれど、時間が欲しいというヒリヒリとした空気を感じる。
「悠長にこんな訓練やってていいのかよ」
「ミゼルの奴が攻めてきたら、俺たちがなんとかするさ」
「ベクターの力を舐めるな。
俺たちだけじゃ、奴には勝てない」
郷田さんと仙道さんの二人の言い合いは、でもその通りだ。
ここで軍隊と化したベクターに攻められれば、負けはしても勝つことの出来る保証はない。
分の悪すぎる賭けだ。
重い空気が室内をゆっくりと軋ませようとした時、とても元気な少し懐かしい声がその空気を吹き飛ばした。
「なあに湿気た空気してるんだい! あたいたちがいるよ!」
実に懐かしい声であり、その身長の低さに思わず親近感が湧く。
「リコ、ギンジ、テツオ!
来てくれたのか!」
「世界のピンチに黙ってられないよ! 役に立ちたいんだ、あたいたちも!」
「お前ら…!」
「助っ人が三人来たくらいじゃ…」
「まだいますよー!!
我ら、愛と正義のLBXバトラー!」
「「「「「オタレンジャー!!」」」」」
更に元気な声が室内に響き渡る。
オタレッドさんには「アルテミス」以来だ。妙に懐かしい気がする。
他の方々は一年ぶりぐらいになる。より懐かしい。
礼儀だと思ったのと場の空気を振り払えるならと拍手を送ると、「ありがとう、ありがとう」と反応を返してくれる。
打てば響くのはなかなか面白い。
「師匠! 外に出てみてください!」
オタレッドさんがそう私たちを促す。
彼の言葉通り、私たちはトレーニングルームを後にして、タイニーオービット社の正面エントランスに向かう。
そこにはたくさんの人たちが集まっていた。
見たことのある人やそうじゃない人、懐かしい人もいれば、雨宮ヨルとしては一度も顔合わせを出来なかった人もいる。
ここにいるのは、みんな、LBXプレイヤーだ。
「リュウ! ミカ!」
「ケイタ君! レイナさん! コウジ君!」
「ハッカー軍団まで!」
オタレッドさんはマスクで表情は全く見えないけれど、力強く、どこか嬉しそうな声で大袈裟なポーズを取る。
「ここに集まったLBXプレイヤーたちの思いは一つ!
ミゼルから世界を取り戻すこと! 私たちも共に戦います!」
「これだけのLBXプレイヤーがいれば…!」
「なんとかなるかもな」
郷田さんは元からであるが、仙道さんは少し明るい声になった。
考えが明るい方を向くのは良いことだ。
「嬉しいですね、バンさん!」
「……ああ!」
ミゼルと戦ってくれる人たちがいる喜びを噛み締めていると、ビリビリとガラス窓が振動した。
次に爆発音と共に黒煙が上がる。
「あれは…!」
ミゼルの攻撃だ、と瞬時に理解した。
タイニーオービット社内に警報が鳴り響く。
■■■
ルミナスシューターはベクターの堅い装甲を破れる代わりに、反動の強さとチャージタイムの長さが弱点になる。
三十秒は正直かなり長いと思う。
例えばジンやアスカがやれば通常のLBXなら二体は軽いだろうし、私でも多分一体ぐらいは相手に出来るはずだ。
つまりは諸刃の剣なのだ。
だから、前衛がベクターを撹乱する間にルミナスシューターをチャージして狙い撃つ。
これが基本の戦闘スタイルになる。
漸くというべきか、遂にと言うべきか、ミゼルはライフラインを狙って攻撃してきた。
いくつかのチームになってベクターを撃退することになった。
私たちの場合はカズ君が後衛としてルミナスシューターを担当し、アミちゃんとアスカ、それから私で前衛を担当する。
一番懸念すべきはベクターに接触された時の対処法だったけれど、それは結城さんや霧島さんたちがどうにかしてくれた。
私たちのLBXはベクターに触られても、もう操られることはない。
ナノマシンを内包した特殊ポリマーで形成された皮膜によって、CCMの電波を阻害することなく、ベクターの接触通信だけを撹乱することが出来るようになったことで、攻撃の幅が広がった。
無駄に距離を取って、攻撃の威力を下げずに済む。
どんなに強化しても攻撃に効果範囲は必ず存在する。
中心点に近ければ近いほど大ダメージを与えられるし、遠ければ遠いほどダメージは減る。
「必殺ファンクション!」
《アタックファンクション 鳴神》
ライディングソーサーでベクターたちの上に行くと、そこから飛び降りる。
ベクターたちの群れに飛び込む直前で放った必殺ファンクションは円状に広がり、ベクターたちの動きを止める。
ジャバウォックには飛行機能など付いていないので、上手く重心を移動させて、地面に着地する。
少しバランスを崩して土煙を上げてしまったが、問題ない。
ここからはアキレス・ディードたちの出番だ。
「よっしゃあっ!」
ジャバウォックの頭上でベクターが爆発する。
ぱらぱらとジャバウォックの周囲に破片が散らばる。
爆炎が晴れるのを待って周囲を確認するが、ベクターの姿はない。
それと同時に残ったベクターたちが向かったタイニーオービットの方も確認する。
CCMにはベクターの姿はない。
私たちの取りこぼしたベクターたちがタイニーオービットに向かっていたけれど、バン君とヒロが合流したことでどうにかなったようだ。
ほっと安堵のため息を吐く。
それを見られていたアスカとカズ君には「心配するな」と二人して背中を叩かれた。
カズ君は加減してくれたが、アスカは容赦がない。
カズ君は一回で止めてくれたが、アスカは何度も叩くので余計に容赦がなかった。
《レーダーに反応なし!
トキオシティエリアのベクター、全機破壊を確認しました!》
「やったぜ!」
アスカが喜びで飛び跳ねる。
またバシバシと背中を叩かれるけど、今度はなんとなく加減を覚えたらしく、まだ痛くはなかった。
これで一安心だと思った時だった。
《そんなに僕を邪魔したいんだね。君たち、人間は》
空気を震わせる平坦な声。
内臓を重くさせるような威圧感が襲い掛かる。
頭上の物体を睨みつけながら、アミちゃんが苦々しげに言った。
「……ミゼルトラウザー!」
《君たちはパーフェクトワールドに発生したバグだ。
バグは取り除かなければならない。……今すぐに》
ミゼルオーレギオンから鋭く冷たい声がする。
ミゼルオーレギオンは右手の青白い稲妻を纏った槍を振りかぶると、勢いをつけてそれを地上に向かって投げた。
最初に巻き起こったのは風だ。
私たちよりもずっと高い位置で起こった風はビル群の頭上を撫で、次に大きな火柱と爆発。
今度は強烈な炎と光が地上を舐めていく。
咄嗟に腕で顔を庇い、隣にいたアスカの一歩前に出た。
光が、眼を焼く。
「うわああああああ!!」
「……………っ!」
強烈な熱と爆発は、でも一瞬のものだった。
瞼を開けるが、光に焼かれた目が物の輪郭を上手く捉えられない。
闇雲に手を伸ばすと、私と同じぐらいの大きさの手が私を掴んだ。
アスカだ、と見えなくても分かった。
「アミ! 大丈夫か?」
「……ええ」
カズ君とアミちゃんの声が聞こえた。
じゃり、という砂を踏む音が嫌によく聞こえる。
何度か頭を振って、やっと輪郭を捉えられた瞳で見えたのは、瓦礫の山と巨大なクレーターだった。
《全人類に告ぐ》
目を擦りながら、アスカが開いたCCMの画面を見る。
「シーカー」本部からの映像には更に映像が映っていて、そこにはオーレギオンがいた。
そこから、ミゼルの声がする。
《僕に降伏せよ。二十四時間…二十四時間だけ待ってあげる。
それが君たちにあげる、最後の猶予だ。
ただし、時間内に降伏しなかった場合、地球を強制的にリセットする。
人間も一緒にね》
くすり、と。
顔は見えないけれど、ミゼルが嘲るように笑ったような気がした。
まだ輪郭が霞む私の手を握るアスカの手に僅かに力が籠った…ような気がした。
《言っておくけど、ミゼルトラウザーに攻撃を仕掛けられないのは分かっているよね。
この中にはセト50が搭載されている。
妙なことをすれば、全てが一瞬で壊滅する》
声はやはりオーレギオンから聞こえてくる。
どうして、そこからミゼルの声が…と思った時、その答えに山野博士と大空博士が先に辿り着いた。
《まさか…!》
《オーレギオンにミゼルが……!》
《そう。このLBXは僕自身。ミゼルオーレギオンさ》
オーレギオンの…ミゼルオーレギオンの目が不気味に光る。
あれはミゼルだ、とまざまざと見せつけてくるそれに、指先が冷たくなっていくのを感じた。
ミゼルはデータの集合体だ。
それは分かっているけれども、目の前にいるLBXはミゼルで、オーレギオンになってしゃべる彼はLBXがまるで生きているように錯覚させる。
あれを私たちは倒さなければいけないのだ。
ミゼルは更に嘲り笑い、しかしどこか片隅に慈悲を残しているような気がした。
《人類の賢明な判断に期待しているよ》
ミゼルからの通信はそこで途切れる。
CCMは「シーカー」内部の音声をまだ拾っていて、拓也さんが愕然と呟く声が聞こえた。
《全人類への…降伏勧告》
輪郭を漸くはっきり捉え始めた目で前を見る。
爆発の気配が色濃く残るそこには瓦礫で出来た荒野が広がっていた。
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