08.特別な理由はいらない

「すっかり元気になったみたいだな」

ジンが普段よりも柔らかい口調でそう言うと、ユウヤは以前とは見違えるような笑顔で笑った。

「おかげさまでね」

「まさか去年の『アルテミス』のファイナリスト三人が集まるなんて…!
でも……」

ランは感動してたみたいだけど、ぐっと眉を寄せて何故かユウヤを睨み付ける。
そして、彼に顔を寄せる。
その目は明らかにユウヤを疑っていて、ユウヤは困ったように苦笑した。

「本当にあの灰原ユウヤなの?
あたし、あの時のアルテミスをずっと見てたけど、なんかイメージ変わったね」

ランの指摘に俺も思わず頷きそうになる。

確かにユウヤのイメージは変わった。
もちろん、それは良い意味で、なんというか……柔らかくなったような気がする。
あの無理矢理操られていた状態なんかよりもずっと良い。

「今の僕があるのは、ジン君の……おかげなんだ」

ユウヤはそう言って、良く晴れた空を見上げる。
そして、ジンへと視線を移した。

「君のおかげで僕はこうやって、生きる力を取り戻すことが出来た。
お礼がしたい。
ずっとそう思っていたんだ。
聞いたよ。『ディテクター』のこと、新たな敵のことを。
君と一緒に戦わせて欲しい。
君の力になるために、僕はここに来たんだ」

ユウヤの言葉は以前とは違い、自分の意志が籠っていて、変わったんだということが分かる。
本当に「アルテミス」の時とはまるで別人みたいだ。

きっとこっちが本来のユウヤなんじゃないかな。

「ユウヤ……」

「大歓迎よ! 今は優秀なLBXプレイヤーが一人でも多くいて欲しいからね」

「新たな戦士の加入! センシマンの元にファイトマンが駆け付けたあの熱い展開と一緒ですね〜!」

熱く語るヒロにランと二人で少しだけ呆れてしまう。

本当にヒロはセンシマンが好きだなと思う。
トキオシアの時もそうだった。
さすがに最初にセンシマンフィギュアを鞄に入れた時は驚いたけど。

「ますます燃えてきましたよー!!」

ヒロはそう言って、キラキラと目を輝かせる。

それに対して、ユウヤは少しついていけていないようで、やっぱり苦笑いしていた。
俺もまだ付いていけてないから、仕方がないよなと思う。
そうしていると、不意にユウヤが何かを思い出したような顔をした。

「そういえば……ヨル君はどうしているのかな?」

ユウヤは俺とジンにそう訊いてきた。
俺とジンは顔を合わせて、ジンの方が頷いて口を開いた。

「ヨルは元気にしているよ。
少し事情があってここにはいないが……」

ジンはどこか言い難そうにそう言った。

俺にはジンの言ったことが大した問題には思えなかったけれど、何かあるのか?

俺がそう思っていると、ユウヤはジンの言葉に少し残念そうな顔をする。

「そうか。
彼女にも直接お礼が言いたかったんだけど、いないんじゃ仕方ないね。
……それに一度、ヨル君に会ってみたかったんだけど」

「あれ? ユウヤはヨルに会ったことあるんじゃ……」

あまり良い記憶ではないけれど、ユウヤはヨルに会ったことがある。

前回の「アルテミス」の決勝、その暗闇の中でヨルはユウヤを助けて……ユウヤはヨルの首を絞めた。

あの時のことを思い出して、背中にぞわりと嫌な感覚が走る。

照明の落ちた深い暗闇の中で見た、ヨルの白い首とそこに喰い込むユウヤの手を生々しく思い出してしまう。
黒髪の奥に光るヨルの青い目。
苦しそうで、でもぽっかりと穴が開いたようで、今でも怖くなる。

あの光景とあの時の感覚はいつまで経っても慣れない。

ジンもあの時のことを思い出したのか、少しだけ顔を俯かせた。

「会ったっていうことは知ってるんだ。僕を助けてくれたことも。
だけど、あの時のことは実はよく憶えていないんだ。
だから、会って……お礼が言いたかったんだ」

「そうなのか…」

どうにも言葉が見つからなくて、そんな曖昧な返事をしてしまう。
ジンの方を見ると、辛そうな表情をしてユウヤを見ている。

ジンはユウヤにもヨルにも、どっちにも近い場所にいる。
そして、俺よりも複雑な感情を持って二人を見ているから、そんな表情をしているのかもしれない。

「あのー、ちょっと質問があるんだけど…」

自然と俯いていた顔を上げると、ランが片手を上げて俺たちを見ていた。
俺は慌てて、ランに訊く。

「どうしたんだ? ラン」

「いや、その…さっきから三人で話してる『ヨル』って誰なの?
アミやカズはバンのサポートメンバーだから知ってるけど、『ヨル』って聞いたことないよ?」

「あ、僕も気になってました。
バンさんたちの仲間…ですか?」

「ああ。俺たちの仲間だよ。
イノベーター事件も一緒に解決したんだ」

「へえー! じゃあ、凄い人なんですね。会ってみたいです!」

「その『ヨル』って、強いの?」

ヒロは感心していたけれど、ランは俺にぐっと顔を近づけてそう訊いてくる。
その質問に俺は少し考えてしまう。

ヨルの実力というのは……実は俺もよく分からない部分が多い。

ジンと互角に戦っていることから強いのは分かるけれど、ヨルが俺に勝ったことはない。
メタナスGX内部でのことは本人も不正行為と言っていたし、あれは考えなくてもいいだろう。
圧倒される時はあったけれど、でも、最後には自分から負けを選んでいたように思える。
まあ、ユイの時から勝ちに拘りがなかったけれど。

だから、強いのかどうかが俺の中ではいまいち分からないのだ。

俺はヨルと最後にバトルしたときのことを思い出す。

ヨルがイギリスに行く前、キタジマでバトルをした。

あの時は……でも、やっぱりヨルは負けたんだ。
ユイの時みたいな機体を上手く操れないから負けたんじゃない。

オーディーンの攻撃をティンカー・ベルに上手く避けられて、俺は《必殺ファンクション》を使うことで勝つことが出来た。

「うーん……強いよ。戦ってみれば分かるはずさ」

「……微妙に歯切れが悪いけど、そっか。
あたしも早く会ってみたいな。
それで、ミネルバで戦ってみたい!」

ランはぐっと楽しそうに拳を握る。
その様子に少し前の自分を思い出して、なんだか微笑ましくなる。

そして、ヨルのことを思い出して、俺も早く会いたいなと思う。

ヨルはイギリスでどんなLBXバトルをしたんだろう。
ティンカー・ベルを使っているのか、それとも違うLBXを使っているのか。
俺が知っているよりももっと強くなっているだろうか。

分からないけれど、わくわくする。

ヨルとバトルがしたい。
敵とか味方とかじゃなくて、楽しいバトルがしたい。

俺は素直にそう思った。

やっぱりLBXはこうあるべきなんだ。
早く「ディテクター」を倒さなければいけないと、俺は決意を新たにした。





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