78.正義の証明

世界中からLBXのデータが集まってきている中、私たちも手をこまねいている訳にはいかないわ。

バンやヒロたちは「シーカー」で研究室の護衛に、私たちはパパの依頼を受けファイヤースゥイーツ隊と一緒に「オメガダイン」を奪還するために再びA国に来ていた。
「オメガダイン」には膨大なLBXデータが保管されている。
ここを奪還することが出来れば、新しいLBXをつくるのに役立つはず。

私とヨル、カズにユウヤ、それから「オメガダイン」を知り尽くしていると自称するキリトと共に「オメガダイン」にやって来た私たちは施設の入り口の前で立ち往生していた。

入り口にいたゴーストジャックされたLBXは倒すことが出来たけれど、入り口のシャッターが開かないのだ。
コブラが必死で端末を動かしているけれど、どうにも無理そうで、ジェラート中尉から「シーカー」に通信してもらい、中からシステムを操作してもうらことになった。

どうやら「オメガダイン」はミゼルが襲撃してくる以前からミゼルによる侵入されていたようで、ミゼルにとって何か重要な秘密が隠されている可能性が高いらしい。
さっき「シーカー」でミゼルのサイバー攻撃を受けたのも、「オメガダイン」のメインコンピュータからだという。
シャッターを開けて中に入ることさえ出来れば、ミゼル攻略のための情報が手に入るかもしれない。

とはいえ、「オメガダイン」は「パラダイス」の関係もあり、他のA国関連の施設とはセキュリティのレベルが違う。
まともなやり方では侵入出来ない。

そこでLBXをデータ化して、「オメガダイン」を守っている強固なファイヤーウォールである「デスティニーゲート」からシステムを動かすことにしたのである。
今はバンたちが防御プログラムであるバーチャルLBXと戦闘中だ。

可視化されたシステムの中で激しい戦闘が行われる。

劣勢かと思われたけれど、ミネルバ改が隙を作り、イカロス・フォースとイカロス・ゼロによって相手の武器を無効化、そこに必殺ファンクションを畳みかけた。

《セキュリティシステム、オールダウン!
稼働中の全システム制圧デヨ!》

オタクロスがシステムの掌握に成功すると、こちらの方でも動きがある。

「開いたぞ!」

ガラガラと音を立てて重いシャッターが開かれる。

「これより突入する。
各自警戒態勢を取ってくれ」

ジェラート中尉がそう指示を出し、私たちは「オメガダイン」に突入する。

シャッターの開いた正面玄関は見学者に一番に見せる場所ということを前提としているので、かなり広く作られている。
ミゼルからの襲撃を受けたとはいえ、最初期に侵入されたせいか、比較的爆発や銃弾の跡が少ない。

ジェラート中尉が先頭に立ち、彼がCCMを操作して「オメガダイン」内部の映像を送る。

「キラードロイドをつくってたから、LBXの製造ラインがあるのは確かだけど…」

「さすがに地図には載ってないわよね」

一応見学用の施設とMチップの製造ラインも見て回るけれど、別段変わったところはない。
ただ「オメガダイン」は地図には載っていない施設が多いため、全て見るのは骨が折れる。

「キリト? 何してんだよ」

施設の通路を警戒しながら歩いていると、後ろの方を歩いていたキリトが足を止める。
彼は壁に手を這わせて、なんと隠しボタンを見つけ出した。
キリトが暗証番号らしきものを入力すると壁が開き、別の通路が姿を現す。

「これは…!」

「ウォーゼンを始めとするごく一部の人間しか知らないシークレットエリアへの通路だ。
何かあるとすればきっとこの先だ」

「テストプレイヤーだったとはいえ、どうしてお前がそんなことを……」

「ふっ、好奇心が少し強いだけさ」

キリトはさも当然とそう言った。
態度はデカいけれど、今はその好奇心に感謝しなくちゃ。

「よし、二手に分かれよう。
お前たちはこのまま進め」

「了解」

部隊を二つに分けて、私たちはシークレットエリアへの通路を進んで行く。
しばらくは照明を落とした暗い通路が続くけれど、ふっと開けたかと思うと、左手にいくつかベルトコンベアが見えた。

それを上から見れば、そこには何台ものベクターが製造されていた。

「ベクター!?」

「ここで造ってやがったのか」

《ミゼルは「オメガダイン」にLBXの製造ラインがあるのを知っていた。
ベクターを造り出すためにこの施設を利用したということか…》

拓也さんの推論は多分正しい。
今はベルトコンベアが動いていないけれど、ここでベクターを製造して世界中に送り出していたのね。

「行くぞ、まだ先はある」

キリトの先導で私たちはどんどんと下へ降りていく。
薄暗い通路は敵がいない代わりに不気味極まりない。

階段を下り、通路を進んでいくと、いくつも部屋が連なった場所に出た。

「ここが最深部だ」

キリトはそう言うと、唯一開かれた扉に向かって歩いて行く。
橙色の光が漏れるその部屋に足を踏み入れると、そこに整然と並んでいたのは……

「これって…」

「どう見てもミゼルだぜ…」

そう、私たちが知っているミゼルがそこにいる。
眠るように目を閉じた状態でミゼルは私たちの前に姿を現したのだ。

《なんでミゼルがそこにいるんだよ! それもあんなにたくさん!》

通信の向こう側でアスカが叫ぶ。

現物を目の前にして私たちも困惑する。

横にいたヨルがミゼルの眠る器具に足を掛け、ひょいっとミゼルの視線まで高さを合わせた。
彼女はミゼルの首に手を伸ばすとその後ろに手を回す。

「外部接続用のアダプタがありますね」

「それって…」

「これはアンドロイドだ」

ヨルと同じようにミゼルに触っていたキリトが呟く。

「アンドロイド?」

「ロボットってことだ」

「『オメガダイン』はLBXの管理組織を装って軍事目的の研究開発をしていた。
おそらくその一つだろうが、それがミゼルの姿をしているとは……」

「つまり、ミゼルの正体は……アンドロイド」

その事実に息を呑む。
ミゼルはそもそも人間ですらなかったのだ。

《私は…なんてことをしてしまったの》

大空博士の呟きが通信に乗っかって聞こえた。
彼女は何かを理解しているらしい。

《……やっと気づいたみたいだね、大空博士》

唐突に誰のものでもない声が響く。
その声は良く知っている。

ミゼルだ。

CCMで「シーカー」の画面を見るとそこにはホログラムによって映し出されたミゼルの姿があった。

《そうさ、僕はアンドロイドだ。
でもそれだけじゃ、正解とは言えない。
ね? 大空博士……いや、お母さんかな》

《貴方の正体はアダムとイヴが創ったウィルスプログラム。
「パラダイス」で暴走したアダムとイヴを止めようとした時、彼らの中に死の恐怖と言う感情が生まれた。
アダムとイヴは人工知能、思考し続けることで成長し続けるデータの集合体。
思考を止められるということは存在が否定されるのと等しいわ。
それを恐れた彼らは自らを存続させる手段を探した》

大空博士は移動し、コンピュータの画面上にアダムとイヴの映像を映し出す。

《アダムとイヴの生まれるまでの記録を解析したわ。
一秒にも満たない僅かな時間で彼らはインフィニティネットに残された膨大なログの中から「オメガダイン」のメインサーバーに向けてデータ送信を実行していた。
送られたデータは無意味な数字の羅列、破損したデータを模していたわ。
やがてサーバーに入ったデータの一つ一つが集合して思考体となり、特定の意味を持つウィルスプログラムへと形を変えていった。
そして「オメガダイン」で造られていたアンドロイド素体の一つに侵入したのよ》

大空博士の言葉を証明するように、ぽっかりと一つだけ中身が空の機械が存在する。
ここにミゼルがいたのに間違いないのね。

「ここにアダムとイヴのデータが……」

「ミゼルはここで生まれたのか」

《ミゼル、貴方はアダムとイヴが創ったもの。
つまり私が生み出した》

彼女のその指摘にミゼルは満足そうに笑った。

《コレクト。正解だよ、お母さん。
僕のソースはアダムとイヴ。
彼らの生き残りたいという思考が融合し、「僕」というウィルスプログラムの形で蘇った。
生まれたばかりの頃、僕は地球上で最もちっぽけな存在だった。
でも、今では世界中のコンピュータが僕の物、いや、この世界の全ては僕の物だ》

ミゼルは高慢にもそう言うと、その体を光らせ、全く別の形へと体を変化させる。
より人間を逸脱した姿、プログラムと称するに相応しいとも思える姿に。

《さあ、地球の最適化を加速するよ。
僕はこの世界を動かす規則……この世界を動かすプログラムを守りたい。
このまま人間に任せていたらいずれ地球というシステムは崩壊してしまう。
人間はそれぐらい愚かな存在なんだ》

《勝手なことを言うな!》

バンが叫んだ。

そう、ミゼルは勝手なことを言っている。
本来環境やシステムというのは一人でつくるものじゃない。
みんなでより良い方へと考えてつくるものだ。

それをミゼルは全て一つでしようとしている。

《じゃあ、訊くけど何故君たちは争うことを止められないのかな?
傷つけ合い、憎しみ合うことを何故止めないんだい?
人間にだって分かっている筈だよ。
争い、戦うことによって、どうなるのか。
それなのに何故止められないのかな。
結局人間には無駄が多すぎるということさ。
無駄に生まれ、無駄に数を増やし、無駄に争い、そして死んでいく。
それは君たちの歴史が証明しているじゃないか。
こんなことをしてきた生物が愚かでない訳がない。
そしてその愚かな生物が争うことによって進歩してきた科学が、この世界を滅ぼす力を持ってしまった。
……でも、安心して》

ミゼルはそこでふっと微笑んだ。

《僕が管理すれば、地球は最適化され、最高のパフォーマンスを発揮出来るようになる。
人間も僕のシステムで生きる方が幸せなのさ。
最適化すれば、人間も地球のシステムとしてちゃんと機能させてあげるよ。
それに必要であれば、僕が人間をつくれば良いんだ。
数も生き方も将来も、僕がデザインして、より良いシステムにするよ》

ミゼルの発言はとてつもない恐怖だ。

彼が人間をつくるというのなら、それはきっと通常の方法じゃない。
母親のお腹から生まれるんじゃなく、もっと機械的に人間をつくろうとしていることがその発言から分かる。

《そんなこと出来るはずが…!》

《出来るよ。
ねえ、そうだよね……》

ミゼルはそう言うとCCMでその様子を見ていた私たちに顔を向ける。
そして彼は薄い笑みを浮かべて言った。


《雨宮ヨル》



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