77.希望の道筋
二四時間の休息が終わろうとした時、タイニーオービット社が再び襲撃を受けた。
今度はゴーストジャックでLBXを操るという生温いものではなく、盗まれた「エクリプス」からベクターを大量に送り込むという力の入れようだ。
それほどまでに山野博士のつくる新しいLBXは脅威であり、ミゼルにとって絶対に手に入れたいものだということが伺えた。
とはいえ、それをどうにか退けて、僕らの目の前には新たなLBXオーレギオンがある。
「すごいんだぜ! ベクターたちをさっと躱して、《スティンガーミサイル》でバババーって!」
「《スティンガーミサイル》!?
ハンターの必殺ファンクションが使えるのか?」
「ええ。
しかも破壊力は格段にアップしてる」
オーレギオンの説明に感嘆する。
山野博士のLBX技術にタイニーオービット社の持つLBX技術、更に世界最高峰の技術者たちの技術の粋を集めてつくられたそれは飛行用の推進器と二つの羽を備え、胸部にはエネルギーの放出のための機構があり、あらゆるLBXの必殺ファンクションが使いこなせるというのは伊達ではないことを僕たちに示している。
しかしそのオーレギオンが突然動き出し、空高く跳躍したかと思うと、そのまま僕たちと相対するように停止した。
「おかしい! コントロールが効かない!」
「何っ!?」
異常事態だ。
そう思った直後、オーレギオンはその手の槍を天高く掲げるとエネルギーを纏わせ、《グングニル》で研究室の壁を突き破った。
壁の配線をやられたのか、一瞬にして研究室内が暗くなり、突き破った壁の向こうから見える光がより強く輝いて見えた。
「! ミゼル!」
少しばかり目が眩んでいると、その光の中からミゼルがゆっくりと姿を現した。
「オーレギオンの力、しっかり見せてもらったよ」
彼が手を出すと、オーレギオンはミゼルの手に収まってしまう。
「何!?」
「まさか…この研究室のシステムはミゼルが送り込んだウイルスに感染していたのか」
「えっ!」
「そんなバカなデヨ!
この研究室は他から切り離して、外から侵入出来ないようにした筈デヨ!」
オタクロスがそう叫ぶ。
ミゼルはその様子を鼻で笑い、話し始めた。
「あの程度のセキュリティ、僕にとってはないのと同じだ。
…欲しかったんだよねえ、山野淳一郎製のLBX。
博士、つくってくれてありがとう」
彼はそう言うと、靴音を高く鳴らしながら後ろに下がると、そこから飛び降りた。
「待て!」
バン君とヒロがいち早くミゼルを追いかけるが、次の瞬間大きな風が唸りを上げて巻き起こる。
「エクリプス」が飛び立つ際に起こった風だ。
「エクリプス」はそのまま飛び立つと、ステルスを発動させて空と同化する。
ああなっては「シーカー」でも「エクリプス」の位置を補足出来ない。
「くそおおおっ!!」
バン君の叫びが虚しく響いただけだった。
完成したばかりのオーレギオンはミゼルによって奪われてしまった。
「ミゼルにオーレギオンを奪われるとは……」
「まんまとしてやられたぜ」
「感心してる場合かよ!
スタンフィールインゴットだってあんなに苦労して手に入れたんだぞ!」
八神さんとコブラに対してアスカはそう叫んだ。
ジェシカは顔を青くして静かに呟いた。
「ミゼルにオーレギオンを使われたら、この世界は大変なことに……」
「対抗出来るLBXなんてあるの?」
ランの言葉に山野博士は緩く首を横に振る。
それはつまり否定だ。
「オーレギオンに対抗出来るLBXはオーレギオンしかない」
「じゃあ、すぐに新しいオーレギオンをつくらないと!!」
「それは無理だわ。
もうスタンフィールインゴットは残ってないのよ」
里奈さんは静かな声で言った。
オーレギオンをオーレギオン足らしめているのはスタンフィールインゴットと高水準のLBX技術だ。
後者はどうにかなるとしても、前者がなければオーレギオンをつくることは出来ない。
「じゃあ、またあの中国の鉱山に行こう!」
「坑道を壊しちゃったから、今行っても……」
「そっか…」
そうだ、バン君たちの話ではベクターに対処するため、スタンフィールインゴットが採掘出来る鉱山の坑道は破壊したと聞いた。
破壊した坑道を直すことは可能だろうが、だからといってすぐにスタンフィールインゴットが必要数手に入る保証はない。
「パパに頼んでみたらどうかしら」
「カイオス長官に?」
「ええ。まだどこかにスタンフィールインゴットが残っているかもしれない。
『NICS』の力を使って探してもらうのよ!」
ジェシカの提案に拓也さんが頷く。
「分かった。すぐに長官に連絡しよう」
「私たちも別ルートで入手出来ないか当たってみよう」
「宇崎君、八神君、頼む。
私たちは代替金属として他に使えるものはないか、あらゆるレアメタルを洗い直してみる」
皆それぞれの方法でスタンフィールインゴットが都合出来ないか模索することになった。
拓也さんや八神さんが研究室を後にする中、アスカの隣にいたヨルが何故かキリトの所に寄っていくのが視界の端に映った。
何を話しているのかは分からないが、キリトは渋々ながら話を聞いている。
僕も近づいてみようかと思ったが、僕よりも先にアミが近寄っていくのを見て、その場に踏み止まった。
■■■
あらゆる手段でスタンフィールインゴットを探したが、元々所有していた施設はミゼルに占拠され、代替金属もスタンフィールインゴット以上の結果を出すことは出来なかった。
皆の苦労が徒労に終わったのだ。
この間にA国や中国などの軍港に壊滅的被害がもたらされ、兵器工場や軍事マテリアル研究所などの地球に害を及ぼす可能性のある施設は破壊されてしまった。
A国国防軍にオーレギオンの破壊命令を出したようだが、傷一つ付けることは叶わなかった。
最強としてつくられたオーレギオンの性能が今この状況では脅威でしかない。
「山野博士、オーレギオンを止める方法は……」
「オーレギオンは最強のLBXだ。
止められるとしたら、やはりオーレギオンしかない。
……だが、つくるためのスタンフィールインゴットはもう世界中のどこにもない。
あのLBXをもう一度つくることは不可能だ」
「つまりオーレギオンを止めることは出来ない、と……」
「そんな……」
オーレギオンがなければ、オーレギオンは止められない。
このままでは……
「つくればいいじゃないか、新しいLBXを」
暗く重い空気を切り裂くようにして、風摩キリトがそう呟いた。
さも当然とばかりに発せられたその言葉に僕たちが一様に驚く中、ヨルだけはキリトの意見に肯定するように頷いている。
「それが出来れば苦労しないって」
「お前、話聞いてなかったのか?
オーレギオンはな……」
「所詮試作段階のプロトタイプだろう。
スペックだけで最強なんて言われてもねえ。
俺は今まで何度も最強レベルのスペックを持つLBXと戦い、倒してきたぜ。
カスタマイズとテクニック、そして経験の積み重ねでね。
戦いを重ね、カスタマイズを繰り返せばオーレギオンだって超えられるはずだ。
スペックで追いつけないなら、数を熟して経験を積む。手持ちで勝負するなら工夫しろ。
最強ってのはスペックで語るもんじゃない、バトルを通して自分の手で掴み取るものだ」
キリトは不敵な笑みを浮かべてそう言った。
彼の言葉はその通りで経験を積めば、まだ勝つための努力をするという素振りを見せないミゼルにいつか勝ち目は出て来る。
気の遠くなるような話だ。
しかし、実現出来ない話ではない。
キリトの話は十分に現実味のある、打開策だ。
「君の言う通りだ。
私は少しスペックに拘りすぎていたようだ。
……だが、オーレギオンを超えるためには設計やバトル、カスタマイズなど膨大なデータが必要となる。
それを蓄積するには、残された時間はあまりにも少ない」
打開策を提示してもなお、そこには壁が立ちはだかる。
再び重い空気が僕らの周りに漂い始めた時、室内に着信音が響いた。
「社長、特別回線に着信です」
特別回線は拓也さんの指示でメインモニターに回される。
メインモニターに映し出されたその人物に僕は覚えがあった。
《始めまして宇崎社長、サイバーランス社開発主任の西原と申します。
トリトーンの調子はどうだね、海道ジン君》
「悪くないよ」
《宇崎社長はこのようなメッセージがネット上を駆け巡っているのをご存知ですか?》
彼はそう言うと、画面にそのメッセージが映る。
それは今の僕たちの現状を正確に伝えた上で、僕たちが懸命に闘っていることやこの状況を打開するために戦闘データが必要なことが書かれていた。
そして最後に「アキハバラハッカー軍団」という署名。
キリトはいつもの調子だが、オタクロスは大袈裟に胸を張っていた。
根回ししたのはおそらく彼らなのだろう。
《宇崎社長、サイバーランス社は皆さんに協力することを決定しました。
これより我が社の持つ全てのLBX設計図並びに戦闘データをお送りします。
どうかこれまでの戦いに役立ててください。
そこに我が社のデータがどう使われるのか、楽しみにしています》
通信はそこで途切れる。
サイバーランス社も粋なことをする。
そう思っていると次々とLBX企業やLBXプレイヤーたちからデータが送られてくる。
「これは希望ですね。
世界中のLBXを愛する人たちの新たなLBXの誕生への」
膨大なデータを前にして大空博士が呟いた。
その言葉通り、僕たちの目の前にはやっと希望が見え始めたのだ。
まだミゼルに勝つための希望は残されている。
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