76.スノードームの心臓
お腹回りが気になるわね……。
脱衣所で服を着ながら、お腹を撫でる。
少しぽこっとお腹が出ているのはバンの家で食べたカレーのせいだろう。
ちらりと隣でランに借りたTシャツをだぼっと来ているヨルのお腹を見ると、特に膨らんでいる様子はない。
おかしい、同じ量を食べたはず…。
そう思って、手を伸ばしてヨルのお腹を摘まむと脂肪を掴んだ感じがしない。
「……?」
ものすごく訝しげな視線をヨルが送ってくる。
Tシャツを捲ったままでいてくれるのはちょっとした優しさなのかしら。
「もういい?」
「ええ。もう良いわよ」
そう言って手を離すと、ヨルは捲っていたTシャツをすとんと落とす。
それは見事にすとんと落ちた。
こう、崖を落ちるがごとく。
Tシャツの落ちる様子を眺めていると、ヨルは私の方には視線を向けず、コンセントを一つ使って髪を乾かしているジェシカの方を見やる。
ドライヤーの騒音に負けないぐらいに声を張って、ヨルは彼女に声を掛けた。
「着替え終わったけど、ジェシカどうする?」
「私はあとちょっとだから、先に行ってて!」
「ランとアスカにもそう伝えて!」と明るい声でジェシカが言う。
自分たちだけで外泊するというのが楽しいのか、ジェシカはバンの家でカレーを食べている時もとても楽しそうだった。
温風で髪を巻き上げるジェシカを横目に私とヨルは脱衣所を後にした。
ランとアスカは髪を乾かすのもそこそこに既に布団の中に入っているはず。
下手すれば寝ているかもしれないわね。
私たちが今いるのはランの家で、道場の併設されている、とても広い家だ。
元々はアスカとヨルとジェシカが誘われていたけれど、私も一緒に来ないかということでお言葉に甘えたのである。
食事はバンの家で取って来た。
布団は道場の方に敷いて、今はお風呂に入ったところ。
お風呂もそこそこ大きくて、なかなか凄かったわね…。
道場に続く廊下は縁側が続いているような感じで、外の空気が上がった体温を徐々に下げていく。
夜空には月と星。
とても平和な、ミゼルが世界を征服しつつあるとは思えないほど、平和な夜だ。
「……お墓参り、どうだった?」
前を歩くヨルに向かって、遠慮がちに訊いてみる。
気を遣って遠回しに訊くことも考えたけれど、それは止めた。
下手に気を遣えば、ヨルが嘘を吐く可能性を私が捨てきれなかったからだ。
別に嘘を吐くことが絶対に悪いことだとは思っていないけれど、それでも嘘を吐かれるのはとても寂しいと思う。
「………思ってたよりも落ち着いて出来たかな…って」
私の問い掛けにヨルは私と同じように遠慮がちにそう言った。
「そう、良かったわね」
私は素直にそう言う。
それ以上のことは私は言わない。
ヨルも特に言う気がないのか、そのまま黙っている。
ただこれだけは言っておかなくちゃ…。
「何かあったら言ってね。
何も言わないで抱え込まれると、私が寂しいから」
ヨルも寂しいでしょう、とは言わない。
本当にヨルが寂しいのかというのが分からないというのもあるけれど、「私が」と言った方が効果があるような気がしたのだ。
私の言葉にヨルはピタリと立ち止まる。
少し行けば道場の灯りが見えるけれど、それが届くぎりぎりの位置で彼女は止まった。
ヨルの表情はよく見えない。
「そう……アミちゃんも寂しいんだね」
ぽつりとヨルが呟く。
静かな、とても静かな声だった。
「…………何も言ってもらえないと、私も寂しい」
ヨルは青色の瞳をゆっくりと細めて、本当にそうだと言うように囁いた。
聞こえなくても良いとばかりの囁きはあっと言う間に消えてなくなる。
「………………」
その囁きが本当に私に向かって言ったものなのか、私には分からなかった。
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