75.泳ぎ方を忘れたみたい

「殺風景な場所だなあ」

オレは思わず呟いた。

「墓地の近くってこんなもんじゃない?」

「オレの所は街中にあったぞ」

「へえ」

大して感動した訳でもなさそうに返事して、ヨルはさっさと歩いて行く。
バスに乗って来た墓地は近くには建設しかけの橋があり、その脇に道路が走っていて、ちょっと離れた場所に家が二、三軒あるだけだった。

遠くに見えるビル群とは一線を画した場所で、とにかく静かだ。

「花は良かったのか?」

「枯れても片付けられないし、線香だけで良いかなって。
アスカは線香上げる?」

「いや、止めとく。
ここはかなり外れてるし、ベクター来ないと思うけど見張っといてやるよ」

ヨルの家族とはいえ、見知らぬ他人の墓参りというのは気が引けた。
オレはヨルが家族の墓に向かっていくのを見守りながら、上空やら道路やらを警戒する。

ヨルの用事とは家族の墓参りだった。

あいつの家族はもう随分前に亡くなったそうで、その墓参りに行きたいと言った。
別に隠すことでもないのになあ、と思いながら、オレはヨルの墓参りが終わるまで待つことにする。

ヨルは線香の束とライターと共同の水桶を持って、ぽてぽてと奥の方に入っていく。

小さい墓の前で立ち止まったヨルはささっと掃除を済ませて行く。

最後の手を合わせるのだけはすごく時間を掛けて、水桶をカラカラと揺らしてヨルが帰って来た。

「お母さんは納骨堂だから、そっち行ったら帰ろう」

「おおー…」

納骨堂…と聞き慣れない言葉にオレは頭に「?」が浮かぶ。
「こっち」とヨルに促されて、納骨堂という所に向かう。

寺の縮小版みたいな納骨堂の中は白い円筒形の入れ物が並べられていた。
あれは…骨壺だったか?

ヨルは特に迷うことなく納骨堂を進むと、一番下の段にあった骨壺の一つに手を合わせた。
ちょっと長いかなというぐらい時間を掛けていた。

「墓に入れないんだな」

「お父さんと一緒の墓には入れられないし、新しく立てても管理しきれないよ。
私、今の家はイギリスにあるし。
それに日本にお母さんの代々の墓はないから、こうしたの。
……アスカ、ちょっと外の方見張ってて。
私は中を確認する」

ヨルはジャバウォックを出すと、カメラで納骨堂の中に何かいないか確認を始める。
何をするんだ、と思いつつも、オレも外を見張る。

上空からあの変な板みたいなので来ると踏んで、空を警戒する。

「確か、ここ……」

ヨルはさっき手を合わせてた骨壺とは別の場所に立ってた。
背伸びして、他のよりも一回り小さい入れ物を取ると、ぱかっとそれを開けてしまった。

「それは拙いんじゃ…!?」

オレは信心深いというわけじゃないが、親戚の墓参りぐらいはしたことがある。
普通あれは開いちゃいけないもので、墓の下に入れておくべきものだった気がする。

「大丈夫、うちのだから」

「いや、それでもダメだろ」

「じゃあ、私のだから、問題ない」

「それは冗談きつすぎると思うなあ」

オレはバンパイアキャットを納骨堂の前に置いてから、ヨルに近づく。

骨壺の中には予想に反して骨と灰がなかった。

中にあったのは、スカスカになった髪の毛の束と赤黒い跡が付いた布切れ。
後は人差し指より少し大きいサイズの細長いアルミホイルの物体が二つ。

なんだ、これ?

ヨルはその中に躊躇なく手を突っ込むと、アルミホイルの物体を掴んだ。
かさりとヨルがちょっとだけ中身を見る。

鍵みたいだけど、長い部分には四箇所にギザギザが付いている。
普通の鍵よりゴテゴテした鍵だった。
二つとも全く同じ。

「よし」

それを手早く上着の内ポケットとスカートのポケットに仕舞うと、「これのことは秘密ね」とヨルが言った。
骨壺の蓋を閉じると、何事もなかったかのように元の位置に戻す。
位置を微調整して、オレたちは納骨堂を出た。

「なんで秘密なんだよ、別にいいじゃんか」

「何でもだよ。とにかく秘密」

「何の鍵なのかもかよ」

「うん」

ヨルはオレの質問に頷いた。
バス停でバスを待つ間もしぶとく訊いたのだけれど、結局教えてくれなかった。

気にはなったけど、ヨルが笑顔なんだけどなんか怖い感じで威圧してきたので、鍵のことは秘密にしておいてやる。

やっとビル群が見えて来て、オレの知っているトキオシティだなってところでバスから降りて、ランたちと合流する。

「どう? 用事は済んだ?」

「うん、無事に」

「一体どこに行ってたの?」

ジェシカが興味津々に訊いてきた。
オレは「あー、ちょっと面倒だなあ」と思っていると、ヨルはそれほど面倒でもなさそうに答える。

「ちょっとお墓参りに。
うちのお墓は遠いし、あんまり気分の良いものじゃないから、なんだか言いだし難かったんだ」

「おお」と思わず感心してしまう。

ヨルの言葉は親しげに見えて、踏み込んでくるなよと牽制してる。
上手いもんで、それでランとジェシカの追撃を躱した。

こいつ、こういう時、顔作るの上手いよなあ。

「この後はどうするんだ? もうランの家に行くのか?」

「それがバンとヒロと連絡が付かないから、みんなで捜そうって話になってさ。
これからユウヤたちと合流、道すがらバンたちも捜す」

「何か建物の中にいるのかも。
一通り覗きながら行こうか」

「そうね、アミとカズも近くにいるみたいだから、トキオシアデパートに向かって二人を拾って行く感じで行きましょう」

「全く、世話が焼けるなあ、あの二人は」

「アスカが言うなって」

いや、あの二人の方が絶対に面倒かけまくってると思うんだけどなあ。

四人で街中を歩く。
少し前なら「アルテミス」優勝者ってことで色々声を掛けられたんだろうけど、今はみんなびくびくしてるって感じで、オレたちを見てもただ一瞥くれるだけだ。

ランとジェシカも同じように感じたのか、「そうね」と同意する。

「ベクターに常に怯えている…というよりは、ゴーストジャックされることに怯えている感じね。
ベクターが何体か上を飛んでいくのを見かけたわ」

「嫌になるよね。
見えてるのに倒せないとか! 早くベクターを一発で倒せるようになりたいよ!
そうすれば、みんなで集まってLBX大会とか出来るじゃん!」

「それってすっごく楽しくない!?」とランが言う。

「いいな、それ!
優勝はもちろんこのオレ!」

「あんた『アルテミス』のパーティーですぐに倒されてたじゃん」

「次こそは勝つんだよ!」

「その時は私がまたランやアスカをカスタマイズしてあげる。
今度はアミとカズもね。前回のヨルのカスタマイズは不満点が残るから、今度はもっと気合入れるわよ。
パーティークイーンの称号に恥じぬドレスカスタマイズとバトルをお見せするわ!」

「今度は私もバトルには参加したいなあ。
アミちゃんに私のバトル、ちゃんと見て欲しいし、自分がこの中でどこまで通用するのか試してみたい」

しかし、あの着せ替え地獄は勘弁願いたいもんだ。
オレたちほぼ同時にそう思ったが、「アミちゃんもそういうの比較的好きだった気がする」
というヨルの言葉で味方が一人減ったことを知らされる。

強引な奴ばっかり敵に回るんだよなあ、こういう時。

そのまま大会を開くならどうするかを話し合ってると、アミとカズとはすぐ合流出来た。
「全部終わらせて、LBX大会開こうって話してたんだ!」とランが言うと、「それいいな!」とカズも食付いてきた。

「大会も良いけど、バンとヒロは見つかった?」

「途中の建物の中とか道を注意して見たけど、見つからなかったよ。
こっちにはいないみたい…CCMは?」

「繋がらないわ。
拓也さんが連絡はすぐ着くようにって言ってたのに……」

アミはそうぶつぶつ言うと、ぽちぽちとメールを打ち出した。
そのまま歩いて、トキオシアデパート前でジンとユウヤに合流する。

二人もバンとヒロとは連絡がつかないみたいで、どこに行ったんだろうとみんなで首を傾げる。

「……バン君なら最後には彼の家に行くはずだ。
彼の家で待っているのが得策だろう」

顎に手を当てて考え込んでいたジンが言った。

「まあ、親父さんのこともあるし、母親に無事な姿見せたいって思うよな」

ジンの意見にカズが賛同する。
そうなると、特に思い当たる場所がないオレたちはカズたちの意見に従うのが、まあ無難かなという感じだ。

そうと決まれば、とアミがバンの家に連絡を入れる。

バンのお母さんはあっさりオーケーしてくれて、全員でバンの家に向かうことになったのだった。




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