74.静かな不安
「AX-000」のデータは守り抜いた。
解析も無事成功したが、「AX-000」に小型のエターナルサイクラ―を搭載することになった。
ただ通常のコアボックスではエターナルサイクラ―の熱に耐えきれない。
そのためコアボックスを守るために、「スタンフィールインゴット」というレアメタルを使うことになった。
スタンフィールインゴットは中国の鉱山で採掘されるが、ここ数カ月は市場に出回っていない。
そのため中国の鉱山に直接取りに行くことになったが、同時にA国の通信センターがベクターから襲撃を受け、チームを二つに分けることになった。
タイニーオービット社に移転した「シーカー」本部から、僕たちはA国に向かう。
「行け! パンドラ!」
「トリトーン!」
「リュウビ!」
ライディングソーサーで上からの有利を取りつつ、射撃による中距離攻撃を仕掛ける。
圧してきてはいるが、今一歩踏み切れない。
上空からの攻撃で処理しきれなかった分をジャバウォックがヒットアンドアウェイで倒して行く。
《協力に感謝する!》
プロト・Iを操作していたジェラート中尉から通信が入る。
「いいえ、祖国の為ならいつでも!」
「操られたLBXと戦っていても切りがない。
ベクターを探そう!」
「そうね!」
皆で手分けして、敵LBXを倒しながら司令塔であるベクターを探す。
見える範囲にいないということは上か。
ライディングソーサーから降りたジャンヌDがいち早く通信センターの建物の上に走っていく。
「みんな、見つけたわ!
私とジェラート中尉でベクターの注意を逸らすわ!
カズはルミナスシューターでベクターを狙って!
他のみんなは下のLBXたちをお願い!」
ジェシカが素早く指示を飛ばす。
その指示通り、僕たちはジャンヌDやアキレス・ディードに攻撃が当たらないように注意しながら、LBXXを倒して行く。
「必殺ファンクション!」
《アタックファンクション サイドワインダー8》
ジャンヌDの必殺ファンクションでベクターの体勢が崩れ、弾幕が張られる。
もうもうと立ちこめる煙の中、プロト・Iによる射撃でベクターの注意がアキレス・ディードから完全に逸れたのが見えた。
「今よ! カズ!」
「喰らえ!」
ルミナスシューターの攻撃が吸い込まれるようにベクターに直撃する。
爆発と共にベクターは砕け散り、その瞬間ゴーストジャックされていたLBXが次々と倒れていく。
ベクターは一体だけだったのか、それ以上動き出す様子はなかった。
「すごい、ベクターを一撃で…!」
ジェラート中尉が驚愕の声を上げる。
対オーディーンでルミナスシューターを使ったとはいえ、やはりもう一度見てもその威力は桁違いだ。
ファイアースウィーツ隊が内部を確認し、通信センターに致命的なダメージがないことを確かめる。
「NICS」の方でも通信回線に問題がないことが分かったようで、カイオス長官から感謝の言葉と少しばかり困ったような顔で帰る前に「NICS」本部に寄るように言われた。
ファイアースウィーツ隊の一部の隊を通信センターに残して、僕たちは「NICS」本部に向かうことになった。
「アミた〜ん! ジェシカた〜ん!」
「NICS」に着いた途端、僕たちを出迎えてくれたのはオタクロスだった。
猛然と突っ込んできたオタクロスはアミとジェシカに抱きつくように両手を広げたが、アミはヨルの後ろに隠れ、ジェシカはひらりとオタクロスを避けることでそれを回避した。
ヨルの横で止まったオタクロスは彼女を見上げると、明らかに落胆する。
彼はあまりヨルが得意ではないようで、アミもそれを見越してヨルの背中に隠れたのだろう。
「なんだかちょっと久しぶりね、オタクロス。
私たち、パパに呼ばれて来たんだけど……」
「カイオス長官なら今はA国中の政府施設のセキュリティチェックで手一杯デヨ。
それにお前らを呼んだのは他でもない、わしデヨ!」
オタクロスは勢いよく杖を回すと、胸を張ってそう言った。
「オタクロスさんが…何か重要なことが分かったんですか?」
「残念ながら違うデヨ」
ユウヤの問い掛けにオタクロスは首を横に振る。
そのことに僕たちは皆首を傾げた。
そうではないなら、何故僕たちをここに呼んだ。
「わしを日本の『シーカー』本部に連れて行って欲しいデヨ!
『NICS』ではわしの力を十分に発揮出来ないデヨ!
日本に行って『AX-000』の開発を助けるんデヨ!!」
オタクロスは唾を飛ばしながらそう言うと、「カイオス長官から許可は取ったデヨ!」と言葉を続ける。
「マングースも日本に行ってるし、オタクロスが行く必要なくないか?」
「何を言ってるデヨ! このわしが行かずして『AX-000』が完成することはないデヨ!」
オタクロスはカズに反論する。
その剣幕は凄まじいもので、カズが顔を引きつらせた。
ヨルの背後にさり気なく隠れていたアミは渇いた笑みを零す。
「しかし『AX-000』の開発は勿論急ぐべきだが、『NICS』のセキュリティーの為にもオタクロスはここに残るべきなんじゃないのか。
『シーカー』にはマングースやコブラもいるのだから、オタクロスはA国の防衛に力を貸すべきじゃないのだろうか」
僕の意見に「ギクっ!」とオタクロスが動揺を見せる。
……自分でも多少なりそうは思っているということか。
「カイオス長官は困っていたみたいですから、オタクロスさんは『NICS』には必要だって思ってくれてるんじゃないんですか?」
小首を傾げながらヨルが言う。
こういうことに関しては、ヨルの言葉は説得力があると思う。
素直にそう思っているのが分かる声にオタクロスは「ぐぬぬ…」と下唇を噛んだが、最終的には暴れ出した。
「行くデヨ! 行くデヨ!
ランたんや遥タンに会いたいデヨ〜!!
一緒に帰るデヨ〜!!」
「大人げねえ……」
杖を振り回し大暴れするオタクロスから距離を取り、遠目で見ていたカズの呟きはほぼ全員の総意だろう。
僕たちは深く頷いた。
そのまま十分程暴れ倒したオタクロスに対して、カイオス長官から直接通信が入ったことで僕たちの方が折れた。
A国から日本への道すがら、オタクロスは上機嫌だった。
その上機嫌は「シーカー」に着き、扉を一つ隔てて交わされた会話で更に加速する。
「優秀な人材も来てくれたしね」
「優秀な人材?」
「ムフフフフフ」
大空博士とランのやりとりにオタクロスは不気味な笑い声を上げる。
アミとカズばかりでなく、ユウヤまでも若干引いている。
オタクロスは咳払いを一つすると、杖で扉のスイッチを押し、室内に堂々と入っていく。
「ジャジャーン、わしデヨ!」
「オタクロス!?」
「ランたーん!」
「どうしても一緒に帰りたいって付いて来ちゃったのよ…」
呆れ混じりにジェシカがバン君たちに説明する。
実際かなり大人げないやり取りがあった訳だが、そこまで説明するのは僕たちの方が労力を消費することになってしまう。
「わしが来たからにはもう安心!
『AX-000』は完成したも同然デヨ!!」
杖を振り回しながら、オタクロスはそう宣言する。
実力は確かなので問題ないが、ここに至るまでの過程に問題があった。
だが、これで「AX-000」の開発に一歩近づいたの確かだ。
ヒロは力強く拳を握る。
「バンさん! これでもう…!」
「ああ。ミゼルに対抗出来る!」
■■■
「君たちのおかげで必要な物は全て揃った。
これより、『AX-000』を元にした新たなるLBXの製作に入る。
製作チームは私と大空博士、コブラ、マングース、オタクロス。
石森君、結城君、そして霧島さんだ」
「拓也さん、完成するまでの間に俺たちに何か出来ることは?」
タイニーオービットを守ることも重要だが、それ以外で出来ることがあれば何でもしたいのだ。
バン君が強い眼差しで拓也さんを見た。
「現在ミゼルは世界各地の重要施設を占拠し続けている。
経済、交通、軍事などに大きく障害が出ているのは君たちも知っている通りだ。
人々の生活にも様々な面で影響が出ている。
それを君たち自身の目で確かめて欲しい。
これより二十四時間、トキオシティの状況調査を行ってもらう」
拓也さんの言葉に僕は思わず頭の中で反芻してしまった。
それはつまり……
「もしかしてそれって、各自自由行動ってこと?」
「そうとも言うな」
コブラがランの問いに肯定する。
ランの表情が途端に明るいものになり、ずいっと拓也さんに一歩近づいた。
「じゃあ、うちに帰っても良いってことだよね?」
「調査方法は各自に任せる。
念のためCCMを携帯し、連絡を取れるようにしておいてくれ」
「調査」と銘打っているが、実質は休暇だ。
拓也さんもそれを暗に了承した。
確かにここ数日ミゼルの襲撃の連続で満足に休んだ記憶がない。
調査というのも本当なのだろうが、ここで息抜きでもして次に備えろという意味もあるのだろう。
「確かにミゼルに占拠された街の様子を詳しく見ておいた方が良いかもしれないな」
今までは占拠されたら、その重要施設を取り返すの繰り返しだった。
ミゼルに占拠された街をちゃんと見る程に余裕がなかった。
士気を高める、という意味でトキオシティを見ることは十分に意味のあることだ。
「ジン君! 僕も付き合うよ!」
隣にいたユウヤが僕に同意してくれる。
その声を皮切りに皆がこの後どうしたいかを話し出し始めた。
「私もトキオシティ見てみたいわ」
「オレも!」
「どうせだからうちに泊まりに来ない?」
ジェシカとアスカはトキオシティ出身ではない。
ランの家は空手道場を営んでいると聞いたことがあるので、そこにみんなで泊まろうというふうに話をしている。
「ジャパニーズドウジョウへ!?」
「オレも行くぜ!」
ジェシカとアスカが目を輝かせる。
アスカの横で話の顛末を見守っていたヨルも小さく手を挙げた。
「あ、私も…ランの家に泊まりに行っていい?」
「うん、いいよ! 人数多い方が楽しいもん!
うち、お風呂も大きいし、布団も人数分あるから心配しないで!」
「おおー!」と歓声が上がる。
ヨルはどうするのだろうかと思っていたが、ランの家に行くと言うのなら心配はない。
友人の家に泊まりに行くことで盛り上がる四人をどこか微笑ましげに見つつ、アミとカズがお互いに今後の予定の確認を始めた。
「私も一度うちに帰るわ」
「俺もそうするか」
「バンさんはどうします?」
「うーん…そうだなあ……」
バン君は考えあぐねていたようだが、とりあえずは街を見て回ることにしたようだ。
ヒロも付いて行くと言う。
「私少しだけ予定があるから、後で合流するのでも良い?」
控えめにヨルがランたちに提案する。
「CCMで連絡出来るなら問題なしだけど、一人だと危なくない?」
「オレと一緒に行動するか?
何したいかわかんねーけど、もし襲われても二人なら凌ぎ切れんだろ」
ランたちは難色を示したが、アスカがヨルの肩を叩いて同行を申し出た。
アスカの提案に困惑したヨルはアスカにひそひそと耳打ちをした。
ふむふむとアスカが頷いているのを見ると、今後の予定でも話しているのかもしれない。
「そういうことか……まあ、オレが見張っててやるから、安心しろって!」
「ということで、オレが付いて行くからな!」とアスカとヨルがハイタッチする。
仲が良くなったものだ、と感慨深く見つめてしまう。
どこに行くのか訊くべきかとも思ったが、止めておいた。
アスカにしか行先を言わないと言うことは、あまり知られたくない場所なのだろう。
危険な場所に行けば、「シーカー」の方で補足して僕たちの方に連絡が行くだろうから、もしもの時は駆けつければ問題ない。
最終的にはみんなでどこかに集合して報告し合おうということになり、揃って「シーカー」を後にしたのだった。