71.過去に会う旅路


ミゼルがオーストラリアにあった「セト‐50」を強奪した。

「セト‐50」は超メガトン級のミサイルであり、「パラダイス」に乗せられる予定だったものだが、それがミゼルの手によって盗まれたのだ。
工場の稼働は止めたけれど、そう易々と廃棄できるはずもなく、ミゼルはそれを奪って行った。

ドイツの製鉄所もミゼルに占拠され、コブラさんが言うように本当に「やりたい放題」だ。

「カイオス長官! ミゼルの居場所を突き止める手段は何かないんですか!?
敵がどこにいるか分からないんじゃ、どうにもなりませんよ」

「でも居場所が分かったとしても、向こうにはミゼルトラウザーと大量のベクターがいる。
今の私たちに勝ち目はない」

「ミゼルに対抗出来る方法が一つだけある。
私がイノベーター研究所にいる時に設計した究極のプロトタイプLBX『AX-000』だ。
当時の技術では実用化が難しく、設計段階で断念せざるを得なかった。
しかしそれが完成すれば、現存するどのLBXをも遙かに凌ぐ性能を持つことになる。
バン、私がお前に託した『AX-00』は『AX-000』の設計思想を実用化出来るレベルに落とし込み、つくったものだ」

徐にやって来た山野博士はそう言った。
私はなるほど、と心の中で頷く。
「AX-00」の性能は当時のLBX技術としてはまず間違いなく最高クラスで、あれで「実用化レベルまで」落とし込んだものなら、「AX-000」の性能はどんなものなのだろう。
現存するLBXを遥かに凌ぐと言われても、上手く想像が出来ない。

「あのー…全然分かんないんだけど」

「あの、僕らも……」

「AX-000」について考えていると、不意に隣のアスカが手を挙げ、疑問を口にした。
ヒロも同じようにおずおずとバン君に詳細を求めようとする。
分かりやすく、頭に「?」を浮かべているアスカを見て、私はそうだったと思い出す。

アスカもヒロも「イノベーター」については詳しく知らなかったんだった。

ジェシカは多少なり知っているかもしれないけれど、「イノベーター」については秘匿事項が多いため、私やバン君たちもあまり多くを語ろうとしてこなかった。

「丁度良い機会だ、『イノベーター』のことを話しておこう。
君たちにもLBXに関わるものとして、知っておいてもらいたい。
『イノベーター』とは政治家・海道義満が世界を支配するために創った秘密組織だ」

「あれ、海道って……」

海道義満さんの名前が出ると、アスカがすっとジンに対して視線を送る。
ジン君は他の人の視線も自分に集まっているのを確認すると、微かに溜め息を零してから言った。

「………僕のお祖父様だ」

「ええっ! ってことは、お前もその仲間!?」

「…あの、僕も元は『イノベーター』のLBXプレイヤーだったんだけど……」

「ユウヤも?
じゃあ、なんでここに……あーー!! もう訳わかんねえ!!」

この後のことを知っている私たちと違って、アスカはジンやユウヤがどうやって私たちの仲間になったのかを知らない。
混乱し、若干興奮しているアスカを馬を諌めるように「どうどう」と落ち着かせにかかる。

これで私がバン君たちと何度も敵対して、檜山さんの仲間…というよりも体の良い召使みたいな感じだったけれど、その仲間だと教えたら更に混乱することだろう。
……とはいえ、今はまだ教える気はないので、そうなんだよというような訳知り顔をしておく。

混乱しているアスカはさて置き、山野博士は「イノベーター」に拉致され、イノベーター研究所に連れて行かれた後のことを話し始める。

明言しなかったとはいえ、バン君や彼のお母さんに被害が及ぶ可能性があったこと。
檜山さんが復讐を決意したこと。
「エターナルサイクラ―」には無限の可能性が秘められていると共に、その存在の悪用を何よりも恐れたこと、そして海道義満さんの計画を知った。

それでも山野博士は「エターナルサイクラ―」を破棄することは人類から可能性を奪うことだと考え、悩んだ末バン君に「AX-00」とプラチナカプセルを託したのだ。

「それでは博士、『AX-000』は……」

「言った通り、当時の技術で『AX-000』をつくることは不可能だった。
だが、だからと言って『イノベーター』に設計図の存在を知られてはならない。
私は『AX-00』を石森君に託した後、『AX-000』の設計図を消去した」

山野博士の言葉は予想だにしないものだった。
山野博士は人類のためとはいえ、自分が開発したLBXの設計図を、ミゼルに対抗出来るかもしれない手段を自らの手で破棄してしまったのだ。

彼の口ぶりからして、また一から設計図をつくることは簡単なことではないのだろう。
「セト-50」がオーストラリアから奪われた今、そんな猶予はない。

「消しちゃったんですか!?」

「本当に消したの、父さん!?」

「ああ、『イノベーター』に渡すわけにはいかなかったからな。
つまり『AX-000』の設計図は失われた設計図だ……」

「それじゃあ、『AX-000』はつくれないじゃんか!!」

「どうすれば……」

データが失われたとなればどうしようもない。
そう思っていた私たちに救いの手を差し伸べたのは、大空博士だった。

「復元するのよ」

大空博士はさも当然とばかりにそう言うと、眼鏡をくいっと指で上げて、得意げに微笑んだ。

「例えデータが消去されたとしても、サーバーにデータの痕跡が残っていれば、そこからリストアして設計図を復元できるわ。
……私なら」

彼女のその言葉にヒロが安堵と信頼と誇らしさを伴って、「お母さん」と呟いたのが聞こえた。
ヒロの呟きに被さるようにして、明るい声でランが言う。

「それじゃあ、早速取りに行かなきゃ!
そのイノベーター研究所に!」


■■■


インドネシアのジャルタン島から救援要請があったことで、私たちは二手に分かれて行動することになった。

イノベーター研究所に向かうのはバン君にカズ君、アミちゃん、ジンに私。
それから山野博士と八神博士が向かい、他のメンバーがジャルタン島へ向かうことになった。
イノベーター研究所は既にミゼルに目を付けられていたのか、ゴーストジャックされたLBXが包囲している。

イノベーター研究所の中はヒロたちよりも私たちの方が詳しいから、適切な判断だと思う。

イノベーター研究所に着いた頃には既に日が落ちていた。

「皮肉なものだ。
かつて政府を倒そうとしてこのフェンスの向こう側にいた私が、今はこうして政府の鍵を預かっているとはな」

パスワードを入力し、ロックを解除した八神さんはどこか寂しそうにそう呟いた。
ジンはそんな彼を静かに見つめていた。

ジンにも何か思うことがあるはずだ。
ここから先は彼もいた場所なのだから。

イノベーター研究所はカモフラージュ用のホログラムが作動していて、月と暗闇を偽物の湖面に映し出している。
見た目は本当にただの湖だ。

「君たちが侵入した資材搬入口もLBXに押さえられていると考えられるな…となれば」

高台を占拠し、警戒態勢を取っているLBXを確認した八神さんが言う。

「緊急脱出口を使うしかない。
行こう」

八神さんの言葉を引き継ぐようにジンがそう言うと、彼は湖とは逆の方向を向いて、湖をぐるりと囲む森の中に入っていく。
森に入ったところで私は周囲の景色に視線を見やる。

「ここだ」

「ここって……何もないけど…」

ジンが立ち止まった場所は大きな虚がある樹のすぐ傍だった。
さっきまでは獣道のように踏み鳴らされた道だったけれど、この先には道らしい道はない。

「まだ動くはずだ」

ジンはそう言うと、樹の虚へと近づいて行き、その虚に手を突っ込んだ。
その手は多分何か取っ手のような物を掴んで引っ張ると、ガコっと音を立てて、土を分けて扉が開いた。
音がした途端、アミちゃんとカズ君が背後でビクついたのを見やりつつ、私は開いた扉の中を覗き込んだ。

大人が一人やっと通れるくらいの大きさのその通路は明かりがないとちょっと怖い。

「これが……緊急脱出口」

「なんか、古臭い仕掛けだな」

若干呆けたような声を出すカズ君に、ジンは扉を見ながら、懐かしむように笑う。

「敢えてこういう仕組みにしてある。
これなら研究所の管理システムには組み込まれていないから、ミゼルにも気づかれていないはずだ」

「そっか、建物の詳細な設計図は残しておけないから……」

「ああ、組織の性質上こういったものは設計図には書かなかった。
外部からのハッキング対策のためだったんだが、思わぬところで役に立ったよ」

私の言葉にジンは頷きながらそう答えてくれる。
「イノベーター」は秘密組織だ。
その性質上、外部に建物の設計図を知られる訳にはいかないし、海道義満さんが倒れれば「イノベーター」の強力な資金源とリーダーを両方失うことになる。
こういった仕組みはどうしても必要だったのだろう。

バン君が「シーカー」本部に連絡を終えるのを待ってから、私たちは緊急脱出口の古ぼけた梯子を下りて行った。



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