69.Phantasmagoria

山野博士や大空博士が言うのには、先程起こったブレインジャックの司令塔になっていたLBXはコアボックスに何も入っていなかったらしい。
本来LBXはコアボックスにコアパーツを入れなければ、動くことは出来ない。
コアパーツが入っていなければ、それはただの動かない玩具だ。

でも、そのコアボックスが空の状態で敵のLBXは動いていた。

その黒いLBXはベクターと言う。
バン君たちから聞いた話だけど、ミゼルという少年がこのLBXはベクターだとご丁寧に言った……ということらしい。
CCMも使っていなかったことから、相当特殊な技術を持った人物ということになる。
そんな人がいたならば、「NICS」で調べられないのはどう考えてもおかしい。

……キリトさんのようにLBXとは違う分野の人物と言うのも考えられなくはないけれど、だからって「NICS」がそういった人物の情報を掴んでいないととも思えなかった。

「我々は敵がLBXのコントロールを奪う現象を『ゴーストジャック』と呼ぶことにしました」

通信越しにA国大統領に対して、カイオス長官はそう説明する。

《ブレインジャックとは違うのですか?》

「ブレインジャックはMチップを利用したものでしたが、ゴーストジャックはそれを必要としません。
敵のLBX・ベクターが物理的に接触することによって行われます」

《物理的な接触?》

「見てください」

財前総理が疑問を呈すると同時に、画面にミネルバがベクターに接触された時の映像が出る。
ベクターがミネルバに触れた途端、コントロールを奪われたその映像をランは苦々しげに見つめた。

「ベクターに触れられただけでコントロールを奪うことが出来るのです」

《そんなことが……!》

「そして、このゴーストジャックはコンピュータによってコントロールされる全ての物に対して有効なようです。
おそらく『エクリプス』もゴーストジャックによってコントロールを奪われたと思われます」

ゴーストジャックがどういう仕組みで行っているかはともかくとして、それは現代社会ではとてつもない脅威だ。
世の中の重要な部分をコンピュータが担うようになって久しい。
そのコントロールを奪ってしまえば、社会を混乱させるのは難しくない。
「エクリプス」のコントロールを奪われてどこかに姿を消してしまったことを考えると、ある意味ブレインジャック以上の脅威だろう。

《これは世界各国に呼びかけて、対策を練らねばなりませんね》

《同感です。我が国でも至急対策チームを立ち上げましょう。では》

「大統領! LBXの反乱を止めに行かせてください!」

「あたしたちも力になりたいんです!」

「やらせてください! 大統領!」

バン君たちが大統領にそう直訴する。

事態は深刻だ。
日本から「エクリプス」は奪われ、ブレインジャックの時のように世界各地でゴーストジャックが起こっている。
このままにしておけば、ブレインジャック以上の被害が出る可能性がある。

それに世界各地でゴーストジャックが起こっているのなら、このまま何もしないでいたら、いつかロシアにも被害が及ぶ。
今はまだ被害がないけど、ゴーストジャックが起こってからでは遅い。

《ありがとう。皆さんの力をお借りしたいと思います。
私たちは現在Nシティの奪回作戦を展開中です。
ここは我が国の重要な機能が集中している都市です。
いつまでも奪われている訳にはいきません。
皆さんにはこの作戦に参加してもらいます》


■■■


「よく来てくれたな。
増援とはお前たちのことだったのか。こいつは頼もしい」

「貴方は……」

「ジャック・ジェラート中尉!」

ダックシャトルで急いでNシティに駆け付けた私たちを出迎えてくれたのは、国防基地で敵対したジャック・ジェラート中尉だった。
彼は「国防基地では世話になったな」と言いながら、私たちに近づいてくると司令部として使っているテントに案内してくれる。
軍人さんがいる中に子供である私がいるのは変な気分だなと思いながら、テントの中に入った。

「早速だが、これを見てくれ」

ジェラート中尉がそう言うと、Nシティを囲むようにして少し歪な五角形が映し出される。
Nシティの中央と頂点の部分が赤く光っているのは、そこに敵が密集しているという意味だろうと推測する。
画面に目を向けていたジンはふむと一つ頷くのが見えた。

「敵は拠点を作って、それを護るように展開している」

「そうだ。どうやら奴らの狙いは破壊活動ではなく、街の占拠のようだ」

「占拠?」

「ブレインジャックの時とは目的が違うってことね」

ジェシカの言葉に私はなるほど、と頷いた。
ブレインジャックの時は破壊活動による政府に対する脅迫が主だったけれど、今回は街の占拠。
脅迫とはいえ具体的な解決策があったブレインジャックと違って、ゴーストジャックは暴走しているLBXを倒すしか手段がない。
敵の目的が見えず、なんだか妙に不気味だった。

「今は敵の戦力が密集しているため、抵抗が激しくどの戦線も完全に膠着状態に陥っている。
お前たちにはいくつかのグループに分かれてそれぞれの戦線で突破口を開いてもらいたい」

「分かりました。じゃあ、チーム分けをしよう」

バン君が率先して二人ずつにチームを組んでいく。
バン君とヒロ、ユウヤとジン、アミちゃんとカズ君、ジェシカとラン、それからアスカと私とキリトさんというふうに分かれる。
テントの壁際で腕組みしていたキリトさんと目が合う。
よろしくという意味を込めて頭を下げると、思い切り顔を顰められた。
私はキリトさんのこと、それほど嫌いではないのだけれど、こればっかりは仕方がない。
一年前のジンと現在進行形で仙道さんで体験済みだ。

「大丈夫か?」

テントを出る際にバン君がこそっと耳打ちしてくる。
私は少し考えるふりをしてから、私よりも幾分か高い位置にあるバン君の肩を軽く叩いた。

「大丈夫。私、キリトさんのこと嫌いじゃないから」

寧ろ好きの部類である。

「そっか。任せたぞ」

私の言葉にバン君は安心したようで、自分の受け持つ戦線に向かっていく。
「早く行くぞー!」とアスカに声を掛けられ、私も自分の受け持つ戦線に向かった。

フェンリルフレアとバンパイアキャットが先行してくれるので、私は後方支援に徹する。
敵の司令塔であるベクターがいたらと考えたけれど、今のところは操られた通常のLBXしかいない。
だからLBXのコントロールを奪われることを心配せずに、敵のLBXを倒すことが出来る。
轟音を立てて爆発していくLBXを横目にベクターを探すけれど、そう簡単には見つかってくれなかった。

「これで最後か?」

CCMのレーダーにLBXの反応がないことを確認しながら、アスカが言う。

「ベクターはバン君たちの方で見つけたみたい。
今追ってるって連絡が……」

「敵一掃したんだから、オレたちもそっちに向かうか?」

「ジェシカとランの方が少し手こずってるみたい。
私たちは三人だし、敵がこっちに来ることも考えて、キリトさんをこの場に残して私とアスカで合流しよう。
それでいいですか、キリトさん」

私がキリトさんにそう訊くと、彼は鼻を鳴らす。

「構わない。俺は一人でやる」

「よし! 行くぞ、ヨル」

キリトさんの言葉を聞いて、アスカが頷く。
ライディングソーサーならランとジェシカの元にすぐに行ける。
バンパイアキャットとジャバウォックを先に行かせようとしていると、突然何かの影が落ちてくる。

見上げると、そこには懐かしい黒い戦闘機。

「……『エクリプス』」

「エクリプス」は空中で凄まじい音を立てながら、変形する。
黒に緑のラインが入った「エクリプス」の変形態は「NICS」で見たベクターに似ていた。

「なんだ、あれ!? デカ過ぎだろ!」

アスカの叫びは尤もだ。
あんなに大きな物体が暴れれば、相当な被害が出る。

変形した「エクリプス」は緑に輝く翼を広げると、そこから何かを放出する。
翼と同色の無数のそれらは隊を組むと、Nシティの外へと向かって飛んで行った。

「あれは……ベクターか!?」

キリトさんが驚愕の声を上げる。
ジャバウォックのカメラの倍率を上げれば、ベクターの姿が見えた。

《総員迎撃態勢!》

CCMからジェラート中尉の声が走る。
ライディングソーサーに自分たちのLBXを乗せての空中戦だ。

武器を銃系に切り替えて攻撃する。
私とアスカはベクターたちを引き付けつつランとジェシカとの合流を計る。
キリトさんは敵が密集し始めているアミちゃんとカズ君の元へと向かってもらう。

「攻撃が全然効かねえ!」

アスカの言葉通り、本当に同じLBXかと疑ってしまうほどベクターの装甲は硬い。
ズガガっとバンパイアキャットとジャバウォックの間をベクターの弾丸が襲う。

ジャバウォックの横を何体かのベクターがすり抜けていくのが見えた。

追うべきか…でも、ジャバウォック一体でどうにか出来るとは……。

「ヨルっ! あいつらを追え!
こいつら片付けて、すぐ助けに行ってやる!」

バンパイアキャットでベクターを引き付けているアスカの言葉に私は頷いた。
このままベクターを拡散させる方が拙い。
ブレイクオーバーしてでも止める。

「必ず来てよ、アスカ」

横をすり抜けていったベクターを追う。
ファイヤースイーツ隊のLBXを軽々と倒していくベクターにジャバウォックの攻撃は当たらない。

上手く避け続けるベクターを追えば、どの場所にいる仲間たちとも離れた場所へと来てしまう。
傍に仲間はいない。
ジャバウォックを倒すならこれ以上の条件はない、それなのにジャバウォックを倒そうとしない。

「……誘い込まれた?」

何故、誘い込む必要が……。

考えを口にした途端、私の足が止まる。
立ち止まり、肩で息をしながら、目の前のベクターを睨む。

ベクターも漸くこちらに向き直り、武器を構えた。
来ると思った瞬間にジャバウォックの頭部を掴まれる。

物理的接触。それによってベクターは相手のコントロールを奪う。

「ジャバウォック!」

チカチカとジャバウォックの目が点滅するのを見て、即座にジャバウォックから距離を取る。
アスカやアミちゃんたちがいない以上、逃げるしか手段がない。

逃げるルートを考えていると、ジャバウォックはライディングソーサーごと地面に落ちる。
そして、青い光に包まれてブレイクオーバーした。

……ブレイクオーバー?

「なんで……」

状況が理解出来ず、逃げる体制を取りながらもブレイクオーバーしたジャバウォックと武器を構えているベクターを注意深く見る。

ここは少し先が行き止まりの暗い路地。
さっきまで聞こえていた爆発音が今は聞こえず、静かだ。

《人間に告ぐ》

何故こんなところへ…と思っていると、くぐもった声が通りの大型ビジョンから聴こえてきた。
少年の…ミゼルの声だ。

何を言おうとしているのだろう。
訴えるべきことがあるから、攻撃を止めたのか。


「こんにちは」


場違いにしっかりとした挨拶が路地に響いた。

その声が路地に響いた途端、どっと背中から汗が噴き出す。
画面の中から全世界の人々に何かを言っているはずのその人物の声がどうして、背後から聞こえて来たのか。

はあ、とか細く息を吐きながら、ゆっくりと視線だけで振り返る。

《僕の名はミゼル。この地球というシステムを最適化する》

そこにいたのは一体のベクター。

ベクターが攻撃してくる気配はない。
それどころか、その機体は武器を持っていない。

だからと言って、私ではLBXを倒せない。
不利な立場にいるのは私の方だ。

《目標とするのは合理的で無駄のない世界》

浮遊したまま動かないベクターを睨み付けると、赤い単眼が鈍く光る。

「はじめまして」

脳が警鐘を鳴らす。
この相手に次の言葉を喋らせてはいけないと本能が警告する。

心臓の音が早い。
脳は警鐘を鳴らし続けている。

《それが達成された時、世界は『パーフェクトワールド』に生まれ変わるんだよ》



「雨宮ヨル、君に話があるんだ」


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