66.同類


闘技場の形をしたジオラマにジャバウォックとティンカー・ベルを放つ。
ティンカー・ベルの武器はとりあえずはドライバーで固定する。

風摩キリトさんの機体はデクー、ハカイオー、ジョーカーを自分用にカスタマイズした三体。
機動力のあるハカイオーとジョーカーに、パワー重視にカスタマイズされたデクー。

三対二と数字だけで見れば、たったの一つだ。
でも、そこには大きな隔たりがある。

どうしようもない機体の性能差があるとしても、数の有利は絶対だ。
余程のことがない限り、数の少ない方が負ける。

つまりは私の方が絶対的に不利なのだ。

勝算があるとは言ったけど、針の穴に糸を通すようなものだ。
大見得を切ってしまった、と今更後悔した。

比較的機動力の高いハカイオーとジョーカーが前に出る。
デクーは一歩後ろへ。

デクーを後衛に回した割には遠距離用の武器を持っていない。
その手に握られている斧を投げて攻撃することも可能だろうけれど、命中率はそれほど良くないはず。
三体でかかってくればその方が楽なはずなのに、それをしてこないのは何か意図があるのか。
それとも重要なのはデクーだけなのか。

ハカイオーとジョーカーが左右から迫ってくるのを、ジャバウォックは後ろに引かせて、二体をティンカー・ベルに任せる。

機動力はティンカー・ベルの方が上だ。
二体を倒せなくても、一体でも行動を鈍らせることが出来ればそれでいい。

石を砕きながらカタピラを回転させるハカイオーの攻撃を受け流しつつ、背後からのジョーカーの横なぎの一撃に体勢を低くして避ける。
お互いの攻撃でダメージでも喰らってくれれば良かったのだけれど、それはさすがに希望的観測過ぎる。
武器をドライバーからナイフに切り替え、ハカイオーに切り込んだ。

火花が少し散る程度で大した傷は付かない。

「…………やっぱりパワー不足か」

口の中でもごもごと呟く。

まあ、良い。
隙が出ればそれだけで良いので、ハカイオーがよろけた瞬間に二体の間を抜け出す。

味方同士の相打ちでも狙えれば良かったけれど、風摩キリトさんのLBX操作能力はかなりのものだ。
三体同時に操っているのに、動きに無駄がなく、操作ミスがない。
ある程度AIか何かで補っているのだろうかと予想は立てられるけど、それは今この場でどうにか出来るものではないので、目の前のバトルに集中する。

ナイフから更にライフルに武器を変更する。
トトッと後方へと下がり、引き気味に戦うことに専念する。

三体で連携されれば勝ち目はないけれど、バラして戦えばまだどうにかなる。

倒せなくても良いから、とにかく連携をさせない。

かなり危険な賭けだけれど、目標をデクーのブレイクオーバーだけに絞ろう。

ジャバウォックの槍を振り下ろし、デクーを攻撃する。
ジオラマを壊す位の勢いで床ごとデクーに狙いを定めた。

槍を振り下ろすたびに土煙が舞う。
デクーはそのパワーでジャバウォックの槍を壊すように斧を振り回してくる。
無茶苦茶なようで狙いは鋭い。
ガキンっと装甲が鈍い音を立て、青白い閃光が弾けた。

圧されている。

私がそう自覚すると同時に、風摩キリトさんが自分のCCMを見て笑みを浮かべた。

槍を叩きつけるようにデクーを攻撃する。
ジャバウォックの武器は重いから、強化ダンボールを加工した石の床は凸凹になっていく。

「はっ。この程度の実力で俺に挑んだのか。
とんだ見込み違いだったな」

「それは……ご期待に添えず、申し訳ありません。
私としては、ただ自分と同じような人と戦ってみたかっただけだったので」

「同じだと?」

「親戚に政府関係の方がいまして、事情はある程度知っていますよ。
まあ、噂話程度ですが」

私が挑発的にそう言うと、風摩キリトさんの顔色が変わる。
私の言葉をどこまで理解しているかは分からないけれど、何か思うところはあったらしい。

横からの一撃を槍で防ぐ。
金属と金属が擦れて火花が飛んだ。

ハカイオーとジョーカーの相手をしているティンカー・ベルとの距離がじわじわと詰められていく。
ガガガっと弾丸で足場を削る。
詰められすぎればこちらが圧倒的に不利だ。

風摩キリトさんが動揺したのは一瞬で、私を鋭く睨んでからCCMを穴が空くほど見つめる。

同じような人と戦ってみたかったというのは本当で、私と彼に与えられた環境はとても近かったと思う。
ブリニッジ天文台でリリアさんから聞いた時は驚いたけれど、同じような人がいたところで別に不思議なことではない。

事故に遭って人が死ぬことは別に珍しいことじゃない。
世界のどこかで、多分この瞬間もどこかで起こっている、当たり前のこと。

不思議なのは、その後に辿った過程が似ていることだ。

《風摩キリトは恋人を生き返らせようとしていたらしい》

電話の向こうから聞こえたリリアさんの言葉を頭の中で反芻する。

それが本当なら、この人はどうしてそう思ったのか、私は訊いてみたかった。

根底にあるものや取り戻したい存在のこと、そう言ったことを目の前の人から、何もかも訊いてしまいたいような気がするし、したくないような気もする。

明確に言葉に出来ないことが腹の中で渦巻いている。

デクーの一撃がジャバウォックに入った。
関節部分に上手く入られたその攻撃はガキっと音を立てて、腕を破壊しにかかる。
それを振り払って、デクーから距離を取った。

ジャバウォックの尾の部分も利用して、大きく上に跳ねる。

「必殺ファンクション!」

《アタックファンクション エレクトルフレア》

跳躍したジャバウォックの背後には丁度ティンカー・ベルを隠していた。
引き気味に戦っていたのが功を奏した。
ハカイオーとジョーカーとは距離があるから、デクー本体を狙える。

上に逃げたジャバウォックに狙いを定めていたデクーに向かって、ティンカー・ベルの武器を投げた。

バチバチと雷撃の音が空気を切り裂く。

ライフルからドライバーへと変形させた武器は青い光を纏って飛んで行ったけど、それは途中で阻まれる。
デクーを庇うようにジョーカーが出て来たからだ。

ジョーカーの胸に綺麗に突き刺さったドライバーはジョーカー全体を包むようにして電撃を放ち、相手をブレイクオーバーさせる。

狙いは外れたけど、一体は倒した。

投擲した状態で止まっていたティンカー・ベルに攻撃しようとするハカイオーに狙いを定めて、落下しながらジャバウォックの槍を振り下ろす。

脳天に入ったその攻撃はハカイオーの装甲を破り、中を真っ二つに引き裂いた。

「数の有利はなくなりました。
降参するなら、そうして頂けると助かるのですが……」

大きな音を立ててジャバウォックが着地すると同時に私がそう言うと、風摩キリトさんはふっと笑みを浮かべる。

「?」

「降参? する訳ないだろう…勝負はこれからだよ!」

彼は何故かそう叫んだ。
その言葉の意味を計りかねていると、彼の持っていたCCMの画面が光り出す。
たった一体だけになったデクーも同じように全身を輝かせ始めた。

この光には憶えがある。

エルシオンやペルセウスの特殊モード。
それに類似した何かなら、この距離は拙い。

咄嗟にデクーから距離を取る。

「遂に…遂に『パーフェクト・ブレイン』に……!!」

「『パーフェクト・ブレイン』…?」

訳の分からない言葉に思わず反芻してしまう。

「待っててくれ、エイミー……。
こいつを片付けたら、すぐに君を……」

ぶつぶつと不穏な言葉を呟いた風摩キリトさんに気を取られていると、デクーが攻撃体勢に入る。

この攻撃はマズイ。

ガンガンと本能が警鐘を鳴らす。
ジャバウォックにも攻撃体勢を取らせた。

「必殺ファンクション!!」

《アタックファンクション Xブレイド》

「必殺ファンクション!」

《アタックファンクション 鳴神》

地面全体を電撃が這う。
デクーから放たれた必殺ファンクションの威力を相殺させるための必殺ファンクションはお互いぶつかり合って、大きな衝撃波になる。

目が眩むような光と同時に放たれた衝撃波はDエッグのエネルギーフィールドに穴を開ける。

「素晴らしい…!
これが『サイロップスAI』の完成形、『パーフェクト・ブレイン』の力!
これでエイミーは蘇る! 俺のところに戻ってくる!」

「………っ!」

風摩キリトさんの言葉に頭を殴られるような衝撃を受ける。

『パーフェクト・ブレイン』の威力に戦いた訳じゃない。
Dエッグのエネルギーフィールドを破壊するのはすごい。
すごいけれど、彼はこれでバン君たちを攻撃しようとしているんじゃない。

ここで足止め出来た時点で、『パーフェクト・ブレイン』が完成したという事実は私たちにとってそれほどのデメリットではない。

ガンガンと頭を殴るような感覚に顔をしかめそうになっていると、不意にエネルギーフィールドの穴から何かが侵入してくる。

侵入してきたのは、白いLBX。
ジャバウォックやティンカー・ベルよりも大型の機体に警戒するが、その白いLBXはジャバウォックたちの方には向かってこなかった。

デクーの背後に回ると、その腰部を貫いたのだ。

ポーンと呆気ない音をさせて、デクーがブレイクオーバーする。

倒れたデクーの胸部に手を入れると、白いLBXは何かチップのようなものを取り出す。
あれが『サイロップスAI』か。

《ははははははっ!
礼を言うぞ、風摩キリト君。
ここまでよく『サイロップスAI』を育ててくれた》

「ガーダイン!
何をする!? それはエイミーのための……!」

《愚かな奴め。
『サイロップスAI』はLBX専用。例え『パーフェクト・ブレイン』になってもアンドロイドには使えないのだ。
君は利用されていただけなんだよ》

「そんな……そんな……」

ガーダインの言葉のその言葉は凶器だ。
希望に満ちていた内臓を呆気なく切り刻んでいく。

風摩キリトさんが膝から崩れ落ちた。

その絶望は、掌の中から全部零れ落ちる感覚は、良く分かる。

だから、でも、私は冷静に…憐れむように彼を見ることしか出来なかった。

《『パーフェクト・ブレイン』は我が理想のために使わせてもらう》

そう言うと、白いLBXは飛び去っていこうとする。

「待っ……!」

ジャバウォックとティンカー・ベルで止めようとするけれど、飛行能力がある相手のLBXをは止める暇なく飛び去って行ってしまう。

それと同時にDエッグのエネルギーフィールドが消える。
Dエッグがコロコロと私の足元まで転がって来た。

それを目で追うと、ここの床が透明であることにやっと気づけた。

「……………」

透明なその向こうには青い地球があって、残酷なぐらい綺麗だ。




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