64.手に馴染む
格納庫の戦闘員を僕たちで引き受け、バン君たちを先に宇宙管理センターに向かわせることには成功した。
僕たちは格納庫内の戦闘員たちを撹乱出来たのは良いものの、相手が侵入者に気づいたことで動けなくなっていた。
今は見つかっていないが、それも時間の問題だ。
「おい、見つかったか!?」
「いや、まだだ」
「絶対に見つけ出せ!」
一本向こうの通路から、切羽詰った声でそんな会話が聞こえてくる。
「このままじゃ、そのうち捕まっちまうぞ…」
「っ…」
「……パパ」
ジェシカが押し潰されそうな声でそう呟いた時だった。
CCMから大空博士の声が聞こえてくる。
《諦めるのはまだ早いわ。
そこから二七メートル後方に物資搬入用のベルトコンベアがある。
それを使えば、バン君たちと合流できるはずよ》
「ありがてえ! 助かったぜ!」
「よし、みんな行くぞ!」
CCMに送られてきたルートに従って、後方のベルトコンベアを目指す。
今は緊急事態だからか、ベルトコンベアは物資をいくつか残しつつ停止している。
その向こうには物資搬入用の黒いゴム製の暖簾のような扉が見える。
小さなその扉を潜ると、閉鎖的な空間が長く続いていた。
空間を抜ければ、基地の中枢部分と思われる場所に出る。
そこから更に非常階段を上れば、宇宙管理センターはすぐそこだ。
非常階段の中段に足を掛けると、途端に大きな爆発音が響く。
ビリビリと空気を揺さぶり、非常階段も大きく揺れた。
「なんだ今の爆発は!?」
僕たちは非常階段を一気に駆け上がる。
そこには黒い煙を上げる扉とバン君や大統領の姿があった。
「みんな、大丈夫?!」
アミが叫ぶと、バン君とヒロがその声に反応してくれた。
見たところ、バン君たちにも大統領やカイオス長官にも怪我はなさそうだ。
僕たちがほっとしていると、ジェシカが僕たちの横をすり抜けて、カイオス長官へと駆け寄る。
「パパっ! パパーーっ!!」
「ジェシカっ!!」
長官が無事だった安堵からか、目に少し涙を浮かべながら抱き合っている。
その様子を安堵しながら見つつも、隣の存在に気を配る。
彼女は青い瞳でジェシカの様子を見ていた。
状況が状況なだけに周囲を警戒してはいるようだが、その目はしっかりとジェシカたちを捉えている。
ヨルはぐっと小さく唇を噛んだ。
その姿を見て、亜麻色の髪を目で追い、この場に似つかわしくないと思いつつも、その頭に手を伸ばそうとしたところでヨルが呟く。
微かに零れた吐息が鼓膜を揺らす。
「……良かった」
「………っ」
呟きを聞いた途端、僕は伸ばしかけていた手を止める。
それから、そろりと伸ばしかけた手を元の位置に戻した。
戻した手には妙な違和感が付きまとう。
……いや、そもそも慰めるためとはいえ、同じ年の彼女の頭を無遠慮に撫でる方がおかしいのだ。
違和感を振り払うため、そう自分に言い聞かせる。
「みんな、よく来てくれた!」
「本当にありがとう。
あなたたちが来なければ、私と長官は今頃……」
「ったく、ふざけやがって! ガーダイン!」
「だが、奴らもこれで手詰まりだ。
起動コードなしに『アダム』と『イヴ』を使って、『パラダイス』を動かすことは出来ない」
「後は逃げたガーダインたちを捕まえれば、全て終わる」
山野博士の言葉に僕たちは頷く。
そうすれば、世界の平和は守られる。
隣にいたヨルがぎゅっと自分の胸元を握るのが見えた。
「ですが、気になることが……」
「ガーダインは何故簡単にここを捨てたのか…。
『パラダイス』を動かす方法は他にはもうないはずだが……」
大統領の言葉をカイオス長官が引き継いで言う。
確かにガーダインがここまでして起きながら、「パラダイス」の起動を諦めるとは考えにくい。
その意図を考えているとCCMが鳴る。
《エマージェンシーデヨ!
シャトルの発射台に熱反応をキャッチしたデヨ!》
《発射準備に入っているようなの。
きっとガーダインは『パラダイス』に乗り込むつもりだわ》
大空博士のその言葉に驚愕する。
「『アダム』と『イヴ』を直接起動させるだと!?」
《ええ。『パラダイス』に行けば可能だわ》
『パラダイス』に直接乗り込まれてしまえば、僕たちにはどうすることも出来ない。
その前に阻止しなければ…!
「急ごう! 発射を阻止しなければ!」
《シャトルは自動操縦になっているわ。
LBXを操縦室に送り込んでシステムをハッキングすれば、発射を止められるかもしれない》
「よし! 俺たちは発射台に向かおう!」
シャトルの発射台に向かおうとした時だった。
どこからか敵LBXが集まり出した。
全部を相手していれば、到底発射台までは辿り着けない。
「ここは俺たちが食い止める!」
「みんなは早く行って!」
「カズ! アミ!」
カズとアミが敵LBXの前に出る。
そして二人の後に続いて、ランが前に出た。
「あたしもやるわ! さあ、バン、ヒロ早く!」
ランが叫ぶ。
バン君とヒロは躊躇したが、そんな暇はない。
僕は二人に向かって、先を急ぐように促す。
「バン君、ヒロ、行こう!」
「……よし! シャトルを止めるぞ!」
この場をカズとアミ、ランに任せて、シャトル発射台に向かう。
「コントロールルームは次を右です!」
「発射台はまっすぐだ!」
先頭を行くジェラート中尉に従い、山野博士たちはコントロールルームに向かう。
護衛のためにヨルたちはコントロールルームへ、僕とバン君とヒロは発射台に向かうように別れて向かう。
「あれだ!」
強化ガラスの張られた天井から発射台が見える。
この位置からはシャトルは見えないが、無機質なアナウンスが発射まで時間がないことを告げる。
「みんな、あそこだ!」
ガラス張りの天井が途切れ、発射台に続く扉が目の前に見えた。
しかし扉の前に来たところで何故か天井の灯りが消える。
「っダメだ! 開かない!」
「何が起きたんでしょう?」
バン君が扉に手を掛けて開けようと試みるが、扉はビクともしない。
《全電源がシャットアウトしたデヨ!
これは一体どうなってるデヨ!?》
《これは…トラップよ! そうとしか考えられないわ。
外部の燃料制御プログラムにアクセスしたらこうなるように仕組まれていたのよ》
こちらの行動が完全に読まれていたということになる。
どうにも出来ないでいると、爆発とは違う大きな音が聞こえてくる。
蒸気が噴き出るようなこの音は……!
「この音は……!」
外の見える位置まで下がると、ガラス張りの天井は白い煙で覆われていた。
「あっ!」
白煙を吐きながら、シャトルが発射台から離れていく。
離れていくシャトルの姿を僕たちは茫然と見ていることしか出来なかった。
《シャトルの発射を確認……。
……やられたわ》
《無念デヨ……》
CCMからは大空博士とオタクロスの声が虚しく響く。
どうすることも出来ない焦りが募る中、カイオス長官が声を上げる。
その言葉は僕たちがまだ諦める時ではないことを告げた。
《いや、まだ終わりではない。
総員、ダックシャトルに集合せよ!
これより我々は『NICS』に戻り、ダックシャトルに改造。
宇宙に出る!
目標は宇宙軍事基地『パラダイス』!
なんとしてもガーダインの野望を阻止するのだ!》