63.防衛前線


前を歩くジェシカ君からピリピリとした緊迫感を感じながら渓谷を歩いていると、後ろからアスカ君の間延びした声が聞こえてくる。

「渓谷を飛ぶのは楽しかったけど、やっぱり多少なりGがかかるから、身体が変な感じするなあ」

「まあ、確かに。
それに悪路っていうのもあるから、ね」

少し大きめの石を避けながら、ヨル君が言う。

敵に見つからないルートを行くためとはいえ、僕たちが進んでいる道は確かに悪路だ。
ダックシャトルで飛んで来た渓谷もなかなかだったけれど、やはり国防基地ともなると警備が尋常ではない。
恐らくLBXでの警備もあるだろうし、そもそもこの警告自体が天然の要塞の役割も果たしている。

僕たちは今国防基地にあるメインダクトに向かって、分かれて行動しているところだ。
国防基地を正面突破することは到底不可能なので、メインダクトを通って国防基地に潜入する作戦を取ったのだ。
それぞれを三チームに分けて、僕たちは僕の他にジェシカ君、ヨル君、アスカ君、それから拓也さんと行動を共にしている。

二人のいつも通りの様子にほっとしつつも、ジェシカ君の緊張は取れない。
お父さんであるカイオス長官が人質に取られているから仕方がないのだけれど、バトルをする上で重要な役割を持つ時もあるそれが今は酷く重い。

「あそこを超えればメインダクトか……」

拓也さんが視線を岸壁の狭間にある細い道に視線をやる。
並んで歩くには少しだけ窮屈そうなその道の先に、メインダクトがあるはずだ。

「あのさ、ちょっと休憩しようぜ」

アスカ君が額に汗を浮かべながら、そう提案する。
メインダクトはこの先なのだけれど、そこから先、国防基地に入ってからの宇宙管理センターまでの安全なルートがまだ確定していなかった。
オタクロスからの報告を待つという意味も兼ねて、拓也さんは休憩を承諾する。

アスカ君は手近な岩に座ると、リュックの中からいつものトマトジュースとスナックを取り出す。
トマトジュースを「やる」とヨル君に差し出していたが、彼女はそれを丁重にお断りしていた。

「俺のが飲めないってか」

「パワハラで訴えるよ」

飲み会でいるようなちょっと困った上司とドライな部下のような様子に、僕は「あはは…」と渇いた笑みを浮かべるしかない。
休憩しつつ周囲を警戒していた拓也さんは二人の様子を見て、何故か大きく頷いていた。
もしかしたら、何か思うことがあるのかもしれない。

大人って大変なんだなあ…と僕は心の中でなんだか妙に納得してしまった。
場に似合わない空気を纏いながらも、二人を見ていると適度に緊張が解れていく。
二人もここが敵地だと言うことは分かっているのだろう。
ふざけながらも、周囲への警戒は怠っていないのが視線を時折鋭く四方にやっていることで分かる。
少し間の抜けた会話の際にはジェシカ君の方をちらりと見ていたから、実際のところはこの会話は少し演技が入っているのかなと思う。
アスカ君が
どこまで本気なのかはいまいち分からないけれど。

ただ当のジェシカ君はCCMを睨むように見ていて、二人の気遣いは完全に空回りしていた。

ヨル君はジェシカ君のその様子をスナック菓子をもそもそと食べながら見つめる。

よく使い込んで、研ぎ続けたナイフのような鋭い瞳で。
その目にぞくっと言い知れない悪寒がしたけれど、よく見るとその奥には柔らかい何かが見える気がした。

しばらく休憩してからまた歩き出すと、ジェシカ君のCCMが鳴る。
《オタクロスからだ》とCCMの奥からバン君の声がした。

《メインダクトから宇宙管理センターまでの侵入経路が割り出せたデヨ。
これからCCMに転送するデヨ》

その言葉通り、ジェシカ君のCCMに侵入経路が映し出される。
直後にメインダクトと思われる部分が赤く点滅しだす。

《メインダクトから侵入するとすぐにヘリポートがあるデヨ。
そこの区画を奥に進めば、集合排気管が見えてくる。
その中に入り込んで伝っていけば、格納庫に出られるデヨ。
格納庫からは点検中の飛行機と一緒にプラットホームに乗る。
そうすれば自動的に基地の中枢まで運んでくれるデヨ。
後は壁面上にある非常階段を上って行けば、宇宙管理センターに到着デヨ》

「っ、分かったわ!」

《さっすがオタクロス!》

ラン君が褒めるとオタクロスが得意げになるが、すぐに声が上ずり出す。

《ああっ、それから警備員がうろうろいるから、くれぐれも気を付けるデヨ!》

オタクロスはその言葉を最後に通信を切った。

「よーし! そうとなれば、オレたちが一番乗りだ!」

アスカ君はそう言うと我先にと進んで行こうとして、その腕をヨル君が引いて、アスカ君が。
その行動に疑問を呈する前にヨル君が崖の上を指差した。

「げっ…!」

「LBXっ!?」

ヨル君が指差した場所には警備用のLBXが僕たちに武器を向けていた。

CCMの向こうから聞こえる音からすると、ジン君たちの方も警備中のLBXに見つかったようだ。
敵のLBXに見つかっていないのは、バン君たちだけということになる。

「もう少しのところで……!」

敵のLBXを切り抜けなければ、メインダクトへは行けない。
適当に蹴散らしてメインダクトへ向かうのも有りだけれど、そうなると唯一敵LBXに発見されていないバン君たちが発見される可能性がある。

なら、やることは一つだ。

僕たちは視線を少しだけ合わせて頷き合うと、それぞれLBXを取り出した。

「ジャンヌD!」

「リュウビ!」

「バンパイアキャット!」

「ジャバウォック!」

四体のLBXが場に出ると同時に敵LBXが一気に動き出す。
岸壁から次々と下りてくるLBXからの攻撃を防ぎつつ、ジェシカ君が叫んだ。

「敵を倒しつつ、先へ進むわ!
バンたちが侵入するための時間稼ぎと、出来ればジンたちとも合流するわよ!」

「分かった!」

「了解」

LBXの性能自体は高いけれど、幸いにして自動制御の機体はある程度のパターンが出来上がっている。
それを見極めながらジェシカ君の作戦通り、メインダクトへと近づいて行く。
前衛としてバンパイアキャットとジャバウォックが敵を蹴散らし、後衛であるジャンヌDとリュウビで前衛が倒し切れなかったLBXを倒しながら進む。

「見えた! メインダクト!」

前を行くアスカ君が叫ぶ。
その先には確かにファンが止められたメインダクトが見えた。
少し離れた場所からは弾丸を弾くような金属音が聞こえてくる。

ジン君たちも近くまで来ているんだ。

「…っ、数が多すぎて、敵を倒し切れない!」

ジン君たちと合流出来るのはいいが、敵LBXの数が多すぎて、対処しきれない。
メインダクトから侵入しても後を追いかけられたら面倒だ。

《ヨル! 必殺ファンクションよ!
タイミングを合わせて!》

考えあぐねていると、CCMからアミ君の声が響く。
ヨル君はその声に一瞬動きを止めたけれど、CCMを見てすぐに岸壁の上を確認すると、ジャバウォックを移動させる。

手薄になった前衛にリュウビが入り、アスカ君と僕でカバーする。
その分後衛であるジャンヌDに負担がかかるけれど、どこからか飛んで来た弾丸がジャンヌDの捌き切れなかった敵を倒していく。
この攻撃はアキレス・ディードか。

《3…2…1!》

カウントダウンが終わると同時に敵を引き剥がして、全員で後方へと下がる。
LBXのカメラから必殺ファンクションのモーションに入る二機の姿が見えた。

「《必殺ファンクション!》」

《アタックファンクション 鳴神》

《アタックファンクション 蒼拳乱撃》

電撃とエネルギー弾による攻撃で土埃を巻き上げながら、岸壁が崩れ落ちる。
がらがらと大きな音を立てて落ちてきた岩は敵のLBXを破壊すると共に、敵LBXの道を塞いだ。

それでも小さな穴から抜けてくるLBXをアキレス・ディードとジャンヌDで牽制しながら、アスカ君とヨル君を先にファンの間から中に通させる。

「敵影なし」

「なーんもいねえ!」

その声を聞いてから、ジン君にアミ君、僕と続く。
ジェシカ君とカズ君に続いて、最後にコブラさんと拓也さんが通る。

拓也さんが通ったのを確認すると、ジン君がスイッチを押してファンを再稼働させた。

「どうにか、切り抜けられたな」

カズ君が多少疲れたような声で呟いた。
出来るなら休憩してきたいところだけれど、そんな暇はない。

「こっちだ」

CCMを確認したジン君が先頭を歩く。
その後に続いて、僕たちは通路を進み始めた。



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