61.空気を喰む


敵のLBXを倒して、私とランとアスカ、それからヨルの四人でブリッジに向かっている時だった。

《レックスだと!?》

CCMから響いて来たジンの声に私たちの歩みが止まる。

レックス…確か世界国家首脳会議でテロを引き起こそうとしたその主犯。
元は世界的なLBXプレイヤー。
それからヨルに金銭的な支援をしていた人物だわ。

さっとヨルの方を確認すると、動揺した様子は見られない。
寧ろ落ち着いている。

《生きていたなんて、有り得ない。
『サターン』と共に自爆したはずだ、レックスは》

「要するに悪者か!」

アスカの叫びにランが反応する。
意気込みを新たにするランを横目にヨルが私のCCMを覗き込んで、首を傾げた。

「そいつがブリッジにいるわけ?」

「ええ」

私が同意する。
CCMを覗き込んでいたヨルは自分のCCMで今までの映像を再生している。

レックスが話すところを何回も再生して、顔をしかめる。

「……これ、誰?」

ヨルが私のCCMを覗き込むながら呟く。
その言葉に私は目を瞠った。

「レックスでしょ?」

「違う。この人は檜山さんじゃない」

きっぱりと何の迷いもなく、ヨルは言った。
その鋭い視線にぞくっとする。
心なしか声もちょっと低くなっているような気がした。

CCMの画面ではレックスに向かって、バンが声を荒げている。

ヨルの言葉はジンたちの方にも聞こえているはずだけど、特にこれと言って反応はない。
ヨルはじいっとCCMの中のレックスを見つめると、やっぱりと言うように首を横に振った。

「レックスじゃねーの?」

「違う」

今度も力強い否定。
アスカも私のCCMを覗き込むけど、「わかんねー」と早々に匙を投げた。

「ああ、もう!
埒開かない! 後で話はちゃんと聞くから、今はこいつはレックス!
そんなことより早く行こう!」

このままだと梃子でもこの場を動かなそうだったヨルをランが引っ張る。

未だに首を傾げるヨルの背中を一押しすると、彼女も走り出す。
変に拗れなくて良かったわと安堵の溜め息を吐いた。

通路を進んで、ブリッジへと続く階段を上る。

途中わらわらと敵LBXが出て来たけど、ランがいち早くそれらを蹴散らしていった。

「囲まれるとマズいよ!
敵の動きに注意して!」

ランのその言葉通り、敵の動きに注意する。
前衛と後衛が自然と分かれて、ミネルバとジャバウォックが前衛、ジャンヌDとバンパイアキャットが後衛を務める。

アスカは前へ前へ行きたがると思ったけど、ジャバウォックの動きが上手くバンパイアキャットの動きを制限する。
言ってしまえば攻撃の邪魔をアスカに気にさせない程度にしているんだけど、それがアスカの機嫌を損ねてない。

本質的にはヨルがアスカのサポートに回っているのね。上手い。

さっきはどうなるかと思ったけど、良かったわ。

「敵のLBX、上に向かってないか?」

「じゃあ、ヒロたちがいるのかも! 急ぐよ!」

「おう!」

ランとアスカが階段を駆け上がっていく。
私とヨルもその後を追った。


■■■


途中で敵LBXに囲まれていたジンたちと合流して、ブリッジに辿り着いた。
着いた途端にキラードロイドのフィールドに捕獲されたけど、全員の連携でどうにかキラードロイドを破壊する。

「レックス! お前の負けだ!」

進み出たバンの言葉にレックスはにやりと笑う。
その笑みにヨルが眉間の皺を深くしたのが見えた。

コツッとブーツの音が鳴る。

このままヨルを前に行かせるのはマズいと私たちが慌て出すと、カズが先に動いた。
右腕をヨルの首に回して、軽くスリーパーホールドを決めつつ、ヨルを後方に引きずっていく。

その様子を見終わる前にレックスは車椅子を操作して、ある位置で止まると下に吸い込まれるように消えていった。

「レックス!」

「バン! 今は『パラダイス』を止める方が先だ!」

「……っ、分かった!」

下唇を小さく噛みながら、バンがエルシオンをコンソールに置いて、強制停止させようとしたところで背後から声が掛かった。

「待って!
フューチャーホープ号のコントロールセンターは外部からの強制を受けると、ロックモードになってしまうの」

「お母さん!」

ヒロのお母さん!?

ブリッジの階段から現れたその女性はヒロと似た癖の強い髪に、ビン底の分厚い眼鏡を掛けている。
言われてみれば、ヒロに似ている。

みんなで目を丸くしていると、その間に「ふむ」と頷いて、ヨルがカズの腕から逃げ出す。
大空博士は山野博士の前に進み出る。

「大空遥と言います。
『オメガダイン』に要請されて、『パラダイス』に搭載された人工知能『アダム』と『イブ』を開発しました」

「貴女が世界的な人工知能の権威、大空博士ですか」

「山野博士、私は先程『アダム』と『イブ』の機能を凍結させました。
後はここから『パラダイス』のコントロールを奪えば、宇宙軍事基地としての機能を完全に停止させることが出来るはずです」

「何故大切な開発成果を…」

自分も科学者だからかしら。
山野博士はそれがどんなに大切かを分かっていて、大空博士に訊いた。

「ヒロに言われて気づいたんです。
私がしてきたことの間違いに。
開発が思う存分できるからとあの男を信用した私が浅はかでした」

「あの男?」

山野博士の疑問に大空博士はしっかりとした声で言った。

「ええ。
A国副大統領アルフェルド・ガーダインです


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