58.親子

会わないうちに随分と逞しくなったカズがヨルの頭を撫でまわしている。

ヨルの身長が縮むんじゃないか?

そんな有り得ないことを考えるぐらいには俺は混乱していたし、撫でる手つきがとにかく荒い。
カズが無事なのは良かった。
ヨルが単独行動をしたと訊いた時はどうなるかと思ったけど、ヨルもアスカも無事で良かった。
ランたちは安心するだろうし、多分一番静かに動揺していたジンも安心するだろうけど、状況がよく整理出来ない。

目の前の光景に俺とヒロが驚いていると、後ろから複数の足音が聞こえてくる。

「バン君! ヨル!」

ジンを先頭にその後ろにはランたちがいた。
ジンたちもこの光景に驚いたようで、ピタッと面白いように動きを止める。

その中で一番先に動いたのはアミだった。

「いつまでやってるのよ」

アミはそう言うとつかつかと近寄って、ぺしっとカズの手を払った。
さっとヨルを乱暴にカズから引き離す。

「久しぶりね、ヨル。ちゃんとLBXの練習してたみたいね」「はい、師匠」と引き離す際に短い会話をしているのが聞こえた。
ヨルは少し緊張しているようだった。

その様子は完全に上官に報告する部下だ。

「……で、どういう状況なの、これ?」

「説明しなさい」というアミの言外の要求にヨルが答える。

「カズ君がスレイブプレイヤーにされたアスカを助けてくれました。
……カズ君は『ディテクター』に操られてなかったんだよ」

「しかし、それならば、『ディテクター』とは一体……」

ヨルの言葉にジンが呟く。

そうだ。カズが俺たちを助けたことで「ディテクター」の世界征服という目論見との辻褄が合わなくなる。

一体何がどうなってるんだ。

俺たちが考え込み始めたところで、通路の奥から足音が響く。

「まだ誰かいるの?」

ランが言うと同時にCCMを構えた。
ごくりと唾を飲み込むと、そいつが姿を現す。

「『ディテクター』!」

黒いフードに仮面を付けた男。
俺たちの敵。

「………私だ。バン」

けれども、「ディテクター」から発せられた声はひどく懐かしいもので、胸の内がざわざわと騒ぎ始めた。

「その声は……」

「ディテクター」がその仮面を外す。
そこから見えたのは、俺たちを優しく見守って、強い意志を持った、あの瞳。

「と、父さん……どうして……」

そこにいたのは俺の父さんだった。

「『ディテクター』の正体はお前の親父さん、山野淳一郎博士だったってことだ。
俺は一度スレイブプレイヤーにされたがアクシデントでチョーカーが外れて、スレイブ状態が解けた。
その時、博士がやろうとしていることを知ったんだ」

カチッと首のチョーカーを外してカズが言った。
視界の端ではやっと立てるようになったらしいアスカがヨルに捕まって、立ち上がろうとしていたところだった。

「ディテクター」は、父さんは苦しそうに言葉を続ける。

「アミやカズ、それに他のスレイブ化したプレイヤーたちも本当のことを話せば、協力者になってくれたのかもしれない。
しかし、それでは彼らをテロの共犯者にしてしまう。
もちろん、人をスレイブ化するなど決して許されることではない。
それはよく分かっている……すまなかった」

「……父さん、一体何をしようとしているの?」

「ある組織が企てている世界征服計画の阻止だ。
阻止出来なければ、世界は全面戦争に突入してしまうだろう」

「博士、その組織というのは、まさか……」

八神さんの言いたいことは俺にも分かった。
『ディテクター』が父さんで、父さんはLBXの研究者だ。
その父さんがLBXを使って何かしようとするならば、それは相手を不利な立場に同時に追い込もうとしたに違いない。

つまり……

「そうだ。LBX管理機構『オメガダイン』。
これは真実だ。
何としても阻止しなければならない」

「でも世界征服って…そんなこと、どうやって…」

「『パラダイス』を使うつもりだ」

「『パラダイス』って、確かこれまでブレインジャックを起こした司令コンピュータと関係のある通信衛星…!」

「そうだ。そのことを君たちに知らせるため、『パラダイス』に関係あるコンピュータをブレインジャックに使い、LBXの暴走を起こしてきた」

「しかし博士、『パラダイス』は通信衛星です。
世界征服などには……」

「『パラダイス』はただの通信衛星ではない。宇宙軍事基地だ。
近々キャンベルン郊外にある宇宙基地から『パラダイス』に向けて、新型通信ユニットが打ち上げられることになっている。
だが、それは通信ユニットなどではない。
超メガトン級ミサイル『セト50』という兵器だ。
だから私はこのキャンベルンでブレインジャックを起こした。
街を混乱させることによって、搬入ルート上の交差点を封鎖し、『セト50』を『パラダイス』に運ばせないようにするために」

「みんな分かってくれ。
山野博士はたった一人で『オメガダイン』と戦っていたんだ!」

「でも! でも、何故LBXを使ったの!?
『パラダイス』のことを知らせるため、ミサイルの搬入を止めるためなら、LBXを使う必要はないよ……。
なのに、なんでLBXを!!」

自分でも信じられないぐらいの大きな声が出た。

でも、だって……「オメガダイン」のことを知らせたいなら、言ってくれれば良かったんだ。

協力してくれ、バン…って。

LBXを使う必要はなかったんだ。

「『オメガダイン』はあまりに大きく強大だ。それしか方法がなかった。
そのためにLBXが人々から忌み嫌われ、世の中から根絶されることになっても、仕方がないと……。
いや、寧ろその方が良いのかもしれない……」

「………っ」

「そもそも私が生み出したLBXというテクノロジーがなければ、『オメガダイン』も存在することはなかったのだから」

「なんだよ、それ!
なくなった方が良いなんて……そんなことない!!
LBXはたくさんの人に夢を与えてきた!
……っ、LBXはみんなの夢なんだ!!」

「僕もそう思います!
LBXって素晴らしいです!
だって……僕の人生を変えてくれたんですから!!
僕、LBXに出会えて、本当に良かったと思ってます!」

俺の言葉にヒロの言葉が続く。
俺だって、そうだ。
ヒロと同じようにLBXは俺の人生を変えてくれた。

もしかしたら、こんなに楽しいことを一生知らずに終えていたのかもしれない。

だから!

「父さん、俺はLBXをもう一度この世界に取り戻す!
そのためだったら、どんな戦いだってやり抜くよ!!」

「僕もです!」

「……君たちはこんなことになっても、LBXの未来を信じると言うのか……」

違う。そうじゃないよ、父さん。
こんな時だからこそ、俺たちはLBXを信じるんだ。

それがどんなに素晴らしいのか。
バトルすることがどんなに楽しいか。
LBXの素晴らしさを世界中の人たちに知って欲しいんだ。

「あのー……どうでもいいんだけどさあ、なんでオレがスレイブプレイヤーにされなきゃいけなかったわけ?
初めから倒すつもりなら、意味ないじゃん」

緊迫した状況を緩めるようにアスカがヨルの背中からひょっこり顔を出して、父さんに心底おかしいというように訊いてきた。
アスカはあんまり気にしていないみたいだけど、ヨルは苦い顔をしてアスカを見やった。
「お願いだから、もう少し辛抱して…」と小さく呟くのが聴こえる。

「君をスレイブプレイヤーにしたのは私ではない。
『オメガダイン』だ。
この地下にあるミサイル工場を護るために」

「ミサイル工場がこの地下に!?」

「ああ。超メガトン級ミサイル『セト50』はこの地下工場で造られている」


■■■


地下へと続くエレベーターを降りると、父さんが言った通り、そこにはミサイル工場があった。
いくつものミサイルが俺たちの目の前で造られていく。

無人のミサイル工場は真野さんがセキュリティを解除することで、生産ラインを止めることが出来た。

オーストラリア政府が動いたことで、このミサイル工場が動くことはもうない。

それを確認して、ダックシャトルに戻ろうとしたところでアスカが声を上げた。

「オレもお前らと一緒に行く!
手伝うぜ。
『オメガダイン』にスレイブプレイヤーにされたお礼、たっぷりしてやるんだ!」

「やりましょう! アスカさん!」

「おう!」

アスカとヒロがそう意気込む。
アスカはくるっとヨルの方に向き直ると、にかっと笑った。

「オレの意志で仲間になってやるぜ! ヨル!」

その言葉にヨルは目を丸くしたけれど、すぐに肩を竦め、やれやれと言うように溜め息を吐く。
ヨルの態度は面倒という訳ではなくて、喜んでいるんだ。

それが表情から分かる。

視界の端でカズとアミが感動しているのが見えた。

「うん、ようこそ、アスカ。
来てくれて嬉しいよ。
歓迎する」

ヨルが力強く微笑むのを見て、カズとアミが更に感動するのが見える。
気持ちは分かるので、こんな時だけれど、俺も嬉しくなった。

さあ、ここからが正念場だ。




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