57.水中遊戯


ぱっと映し出された映像はキャンベルンのものだ。
ダックシャトルの中だと外の様子はコックピットからでないと見えない。

実は襲撃されたのはロシアで、そこに向かってましたなんて言われないかと心のどこかで思っていたのだ。
我ながらなかなかに不謹慎だけど。

「ディテクター」が次にブレインジャックを起こしたのはオーストラリアのキャンベルン。
ダックシャトルがキャンベルン上空に着いた時にはもう都市機能は麻痺していて、今はライディングソーサーでバン君たちが偵察に出ている。

ペルセウスが宣伝用の無人飛行船に衝突しかけた時は不覚にも肩がびくっと震えた。

街は酷い状況であちこちで黒煙が上がり、窓ガラスや瓦礫が散乱している。
ブレインジャックされたLBXに踏まれたガラス片の音が今にも聞こえてくるような気がした。

「酷いわね…」と呟いたのはジェシカだ。

オタクロスさんが司令コンピュータを必死に探してくれているけれど、今回は何かが違うのか、今までのやり方ではなかなか見つからない。

みんなが焦り出し始めた時、ざざっと耳触りの悪い音が聞こえて来て、不意に映像が乱れる。

《地球上全ての人間たちよ。キャンベルンはご覧の通りだ。
『ディテクター』に不可能はない。我々の力を持ってすれば、もはやこの程度のことは遊びに過ぎない。
現在キャンベルンは完全に我々の支配下になった。
更に今より三時間後、LBXの大軍団によりオーストラリア全土への侵攻を開始する。
そしてオーストラリア制圧の後、LBXによる全世界に向けての一斉攻撃をかける。
世界は間もなく『ディテクター』のものとなろう。
地球上の全ての人間たちよ。我々『ディテクター』にひれ伏すがいい》

声明はそこで終わった。

《三時間後…十八時になったら、オーストラリア全土が……!》

《どうしましょう。
オーストラリア全土じゃあ、僕たちだけでは……》

「でも、それだけの数のLBXを動かすには司令コンピュータの一つや二つじゃすまない筈だけど……」

ユウヤの言葉は尤もだ。
オーストらりは広いし、全土制圧となればも使われるLBXの数は幾らあっても足りない。
それを操るなら、司令コンピュータがいくついるのだろう。

《あの自信満々の言い方はもう準備が出来て来るってことかも!》

「おそらくな。はったりで言うはずねえ」

ランが映る画面の横ではバン君が何か考え込んでいる。
そこを突いたのは、ジンだった。

「……バン君。何を考えているんだ?」

《どうして、『ディテクター』は一斉攻撃なんて言い出したんだろう?
これまでは襲った国には必ず要求があったのに》

「確かに。今回はいつもと違うな」

《そうなんだ。何か変だと思う。
司令コンピュータもいつもとは勝手が違うような気がするんだ》

「そうね……とにかく情報が不足しているわ。
今はまずキャンベルンの司令コンピュータを止めないと」

「どうだ、オタクロス。見つかったか?」

「まだデヨ! これだけやっても見つからんとは、やはりいつもと……」

オタクロスも頑張っているけれど、司令コンピュータが見つかる気配はない。

この事態をどう打開すべきか考えているところで、ポケットの中のCCMが震える。
何事かと急いでCCMを開くと、この前オタクロスさんに頼んでいた追跡プログラムからだった。

今、このタイミングで?

誤作動かと思ったけれど、一応プログラムを開く。
チカチカと点滅する赤い光点が目に入った。


■■■


「ええっと、失礼します」

カチっとCCMとコンソールを有線で繋ぐ。

司令コンピュータの位置は特定された。
さっきヒロがぶつかりかけた宣伝用の飛行船四つがそれぞれ司令コンピュータの役割を担っている。

今頃オタクロスの手で着陸させられた飛行船の内部でスレイブプレイヤーと戦っているはずだ。

エクリプスで日本から合流したアミちゃんたちも一緒に。

「LBXを強化ダンボールの中に戻してあげたい」

アミちゃんの言葉を頭の中で反芻する。
子供たちが楽しんでLBXで遊べるように。

アミちゃんの言葉とLBXを望む子供たちの思いにヒロが感動していた。

さっきの光景を思い起こしながら、CCMの操作を続ける。

「これをキャンベルンの地図に取り込んで…」

追跡プログラムをキャンベルンの地図と照らし合わせる。

私は万が一の場合にと、ダックシャトルに残った。
敵に攻められた場合には私が戦うことになる。

ただバン君たちがスレイブプレイヤーに負けるとは思っていない。

だから、ここでこんなことをしているのだけれど。

追跡プログラムはオーストラリアに来るまで微塵も反応しなかったのに、ここに来て、アスカの詳しい位置を教え始めた。
日本にいる筈のアスカの反応がキャンベルンで見つかるのは、どう考えてもおかしい。

そうは思うけど、今は司令コンピュータをどうにかする方が先だ。
確証がない以上はみんなに言うわけにはいかない。

追跡プログラムと照らし合わせたキャンベルンの地図上にアスカの居場所が示される。

「オーシャン……『OCEAN MUSEAM』」

どこかで見た記憶が…と考えたところで、あの飛行船の宣伝だ。

施設情報を詳しく見てみると、海洋博物館のような所らしい。
真珠貝を開いたような独特な形をしている。

場所はここからそんなに遠くない。

丁度バン君とヒロの担当になった飛行船の近くに留まったまま、まだダックシャトルは離陸していない。

「……もしかして」

嫌な考えに辿り着く。

ミュージアムの詳細情報を見ながら考えていると、スレイブプレイヤーの情報がCCM越しに聞こえて来て、私は急いでダックシャトルのハッチまで移動する。
一応CCMから行先を伝えたけど、こっちに回せるほどの余力はないから、意味はないかもしれない。

LBXからの攻撃を避けるには空に逃げるのが手っ取り早い。
飛び立つ前に出なければ。

「確か、ここらへんにあったはず」

前にジェシカに教えてもらったボタンを押すと、ハッチが開く。

「ごめんなさい」

何の意味もないけど、そう呟く。
地面からそう離れていないので、開いた隙間からジャンプして、地面に着地した。

ハッチは一定時間経てば自動で閉まるので、閉じるのを確認する前に走り出す。

道路はひび割れていて、停止したままのLBXが目に入る。
攻撃されたら…と注意を払うけれど、動き出す気配はない。

「OSEAN MUSEAM」へ続く道を渡って、入り口までやって来る。
道の途中にはLBXが大量に停止していたけれど、ミュージアムの中にはLBXの姿は無い。

灯りが煌々と点いているけれど、人の気配が全くないのは不気味だった。

開きっぱなしの自動扉を潜って、中に進む。

意図された暗い照明に青い水中の色。
標本やホログラム、船の模型や地球儀を横目で見つつ、進んで行く。
ミュージアムのどこにいるかまでは追跡プログラムでは分からないので、地道に捜すしかない。

人間の世界のあれこれなんて関係ないとばかりに、悠々と魚たちが巨大な水槽内を泳いでいる。
巨大水槽を辿っていると、そこを潜るようにしたチューブ状の道を見つけた。

近付いて覗いてみると、水族館によくある下から水槽を見れるという一種の水槽だった。
「海底チューブ」という表示を指でなぞる。

「……行ってみよう」

どっちみち捜すのを諦めると言う選択肢は最初からないのだから、進むしかない。
カツーン、カツーンとさっきよりもブーツの音が大きく響く。

海底チューブを抜けるというところで私の足が止まる。

「………」

空気が重い。

目の前の暗闇を睨み付ける。
暗い通路に、等間隔に並んだ四角く区切られた青い光が見えた。

そこに見知った人物がいる。


「久しぶり、アスカ」


赤い光の点滅するチョーカーを付けさせられた古城アスカがそこに立っていた。

無骨なチョーカーに、急いで置きましたと丸分かりのジオラマ。
その中にはバンパイアキャットがいるのが見える。

虚ろな目でCCMを構えているのを見ると、人間らしくないなと思う。
スレイブプレイヤーとまともに対峙するのは初めてだから、余計に。

目を凝らす。
アスカの後ろ、暗い通路の先は見えない。

彼女がここにいるということは、この先に何かがあるということだ。

「……………」

アスカがスレイブプレイヤーにされている。

郷田さんたちがスレイブプレイヤーにされていたのだから、ありえない話ではないと思ったけど。
この先を調べるためにも、アスカを助けるためにも彼女を倒すしかない。

CCMを構えて、火山のジオラマの中にジャバウォックを放つ。

先に動いたのはバンパイアキャットの方だ。

強く地面を蹴って、一気に距離を詰められる。
振り下ろされた武器をどうにか自分の得物で受け止めるけど、バンパイアキャットの攻撃の方が重い。

続けざまに二撃、三撃と振り下ろされる。

力任せだけど強い。
ほぼほぼ初見のバトルと変わらないじゃないか。

受け止めていた攻撃を槍を斜めにして、下まで落とさせてから最後に離す。
低い位置で槍を横薙ぎに振るうけれど、狙いの足を薙ぎ払う前に後ろに跳ばれる。

なんでこういう時の判断はいつものアスカっぽいんだろう。

そのせいで体勢が崩れたのはこっちの方だ。
猪突猛進、ガンガン攻めてくる。

ジリ貧だ。

記憶の中のアスカとのバトルがその実力差を伝えて来て、じわりじわりと追いつめられているのが分かる。

さあ、どうしよう。

はあ…と細く息を吐く。
考えを巡らせていると、ジオラマにバンパイアキャットとジャバウォック以外のLBXが現れる。

「アキレス・ディード!?」

思わず叫んでしまった。

この状況でもう一体相手にしなければいけないのか。

咄嗟のことに判断が追い付かないでいると、アキレス・ディードはその銃をゆっくりと構えて、バンパイアキャットを撃った。
バチバチと火花が飛ぶ。

目の前の光景を言葉が出ないでいると、コツっと靴音が響いてきた。
音のした方に視線を移す。

「……カズ君」

懐かしい友達の姿がそこにあった。

首にはあのチョーカー。
手にはCCMが握られている。

このアキレス・ディードを操っていたのは彼だったのか。

久しぶりに会えたのは嬉しいけれど、状況が悪い。

アスカはカズ君を一瞥すると私の方に向き直る。
仲間だと認識したのだろう。

私も彼はアスカを助けに来たのだろうと思って、ギリッと奥歯を噛む。

ここで後に引く訳にはいかない。
目標をアスカの救出から時間稼ぎに切り替える。

二対一だ。気を引き締めろ。

自分に言い聞かせていると、アキレス・ディードが動いた。

……バンパイアキャットに向かって。

「……!」

驚いて動けないでいると、アキレス・ディードはそのままバンパイアキャットに畳み掛ける。
攻撃の隙を与えない。
バンパイアキャットの機体がよろけた瞬間を狙って、カズ君が叫んだ。

「必殺ファンクション!」

《アタックファンクション ブラックストーム》

広範囲に広がる黒い竜巻がジオラマの瓦礫と共にバンパイアキャットを巻き上げた。
風で煽られ、バンパイアキャットは最後に地面に叩きつけられて、ブレイクオーバーする。

それと同時にアスカのチョーカーが壊れて、床に落ちる。
アスカが膝を突いて倒れ込んだ。

「アスカ!」

倒れ込んだアスカに駆け寄る。

「あれ……ヨル?」

「うん、久しぶり。アスカ」

意識朦朧とはしているけど、目立った外傷はない。
丈夫じゃないかと頭の中で呑気に考えているけど、意識は常にアスカとカズ君、それからジオラマの中の三つに割く。
どれが動いても、瞬時に動けるように。

とりあえずアスカの意識が多少はっきりしてきたところで私は立ち上がる。

まだ動けないアスカの前に立ちながら、カズ君を睨み付ける。
CCMに指を掛けているけれど、ジオラマの中のアキレス・ディードが動き出す気配はない。

「…………」

「…………」

カズ君もLBXと同様に動き出す気配がない。
どうする気だろう、不用意に攻撃することも出来ずに考えあぐねていると、不意にカズ君が動く。

生身で来られたら、体格差ではどうあっても勝てないのは解り切っている。
せめてアスカが逃げる時間ぐらいは稼がなくては、と身体を強張らせる。

すうっと彼の腕が伸ばされて、そしてポンと頭に置かれた。
数秒の間を置いて、ぐりぐりと荒っぽく頭を撫でまわされる。

「大きくなったなあ!」

「……え?」

「はあ?」


私とアスカからものすごく素っ頓狂な声が出る。
そうしたら、「仲良いな、お前ら」と余計に撫で回された。
髪がぐちゃぐちゃだ。

「何? 生き別れの兄妹か何かなのか?」

「いやいやいやいや……」

「おめでとう?」と疑問形で言ってくるアスカに、あまりの混乱具合に全力で否定する。
確かに「おめでとう」かもしれないけれど。

「えっと……『ディテクター』に操られてない?」

未だ撫で回されるのをどうにも出来ないままそう言うと、カズ君はにいっと笑った。
次の瞬間、私を撫で潰さんばかりに撫でてくる。

痛い。もうなんか痛い。潰れる。

「痛い、痛いです! カズ君」

「久しぶりだからなー。一年ぶりか?」

「うん、それぐらい」

馬鹿正直に頷くと、「だろうなあ」と撫でられる。
アスカは私たちのこの様子を見て、ふむと頷いてから呟いた。

「お前ら、仲良いなあ」

そんなことを言っている場合ではない。
ないけれど、この状況から抜け出せる気もしない。

こう……お兄ちゃん気質というか、年上感というかそういうものに意外と弱いみたいだ。
知りたくなかった。

カズ君と私は同い年である。
目を逸らしたい事実だ。

「ヨル! アスカ!」

そうこうしていると、海底チューブの方からバン君たちの声が響いてくる。
バン君とヒロは私たちを見ると立ち止まって、目を丸くした。

「ええっと、あれ? カズ!?」

かなり混乱しているようでバン君にしては珍しく…あわあわしている。
そうなるよなあ、と思っていると心底困惑したような声でヒロが言った。

「何があったんですか?」

………そんなことは私が訊きたいです。



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