56.手懐けた真実
ヨルからのメールを見て、僕は目を細めた。
遅かったと言うべきか、早かったと言うべきか判断しかねるが、それほど悪いことにはならないだろうと判断する。
異様に盛り上がっているステージに観客が手中しているのを良いことに、僕は静かに会場を後にする。
メールにはヨルがイオであったことをジェシカが見抜いたことが簡潔に書かれていた。
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ヨルとジェシカを探して視線を彷徨わせていると、緩く手を振っているジェシカの姿が目に入る。
ジェシカの視線を追って、振り返るヨルの姿も見えた。
「ジンも逃げ出してきたの?」
「ああ、応援はバン君とランに任せてきた。
ヒロに引っ張られて無理してるんじゃないかと思ったが、大丈夫そうだったからな」
「ヒロとユウヤでチームが別になったから?」
ヨルはそう言うと、大型ビジョンに映し出された中継映像を指差した。
「それもある」と僕は答える。
どうにもヒロとユウヤには熱量に差があるように感じていたが、チームが別になったことで上手くその熱が釣り合う相手と組めたのではと、ヒロたちのバトルを見て思ったのだ。
「あの二人、バトル見てる限り、急造にしては良いチームみたいじゃない。
上手い具合にお互いフォローしあってるし、ユウヤには良い刺激になったんじゃないの?」
「……相性が良いんだろうねえ」
大型ビジョンで繰り広げられるバトルの様子を見つつ、ヨルが言った。
「ヨルとアスカみたいなものでしょう」
ジェシカの的を射た言葉に「ああ」とヨルが大きく頷いた。
違う点があるとすれば、チームのバランスの取り方の違いか。
「アルテミス」の時は、アスカがヨルを引っ張って行き、ヨルがそれに付いて行くことで上手くバランスを取っていた。
ユウヤたちはお互いに感化されて、動きを良くしていっている。
良いチームだと思う。
大型ビジョンには決勝戦の前のチーム紹介が流れている。
そこでリュウビのコスプレをしたユウヤの姿が映し出され、思わず苦笑してしまったが、あれが彼の好きなものなのだろう。
ユウヤの眼も爛々と輝いている。
ならば、それで良い。
バトルが始まる前に僕の分とケーキをもう一つ食べたいというヨルの注文を済ませる。
「何を話していたんだ?」
僕が訊くと、ヨルは何か言おうと口を開けかけたものの、すぐに閉じた。
僕が彼女の反応に訝しんでいると、ジェシカが助け船を出す。
「恋バナよ。恋愛についてあれこれ」
「、だそうです」
ジェシカの答えも何か疑問があるのか首を傾げつつ、ヨルは頷いた。
「……恋バナ」
その響きの似合わなさに思わず反芻してしまう。
「何よ。年頃の女子が揃えば、恋愛の一つや二つ話すわよ」
批判があるなら言ってみろというようなジェシカに対して、僕は首を横に振る。
ジェシカがその手を話を好みそうなのは分かるが、ヨルは似合わないどころの話ではない。
……そもそも理解出来たのだろうか。
「海での話、聞いたわよ〜」
「………」
ジェシカのその言葉に閉口する。
ヨルの方に視線を向けると、「ごめん」と手を合わせていた。
それに否定の意味で首を振り、彼女の頭を撫でる。
僕のその動作にジェシカが居心地の悪くなるような笑みを浮かべた。
「あまり詮索しないでくれ」
「はいはい」
僕の苦言にジェシカは御座なりな返事をする。
「えっと、ジンに『好きだよ』って言ったことしか教えてないよ」
「………そうか」
それが一番教えてはいけないことのような気がしてならない。
字面だけ見れば、明らかに別の意味で受け取られかねない。
……ただヨルはそれ以外のことは状況説明も何もする気がないのだろう。
ジェシカは「他のことは知らないわよ」と言った。
「…………」
このことでヨルを責めるのは間違っている気がしたので、代わりにジェシカを軽く睨んだ。
「睨まないでよ」
「正当な権利だ」
落ち着くためにカップを傾け、まだ熱い紅茶を喉に流し込む。
大型ビジョンを見れば、バトルはもう始まっていて、ユウヤたちのチームが優勢になっていた。
優勢の状態を保ちつつ、最後はリュウビの必殺ファンクションが決まる。
「ユウヤの勝ちね」
「攻撃が安定してる」
満足そうに頷きながら二人は言った。
僕もそれに促されるように、知らず詰めていた息を吐く。
「ケーキ食べて、バンたちと合流しましょう」
「うん」
ヨルが二つ目だというケーキにフォークを入れる。
「今度はゆっくり食べられるよ」
「悪かったわね」
何とはなしというようなヨルの言葉にジェシカが捻くれたような声を出す。
なるほど、思っていたよりも平気そうだ。
僕もチョコレートケーキを切り分け、口に入れる。
もぐもぐと口を動かすヨルを横目に見ながら食べていると、こちらを見て、ジェシカが「うーん…」と唸りながら自分のケーキを食べていた。
なんだというんだ。
「また恋バナしましょうか、ヨル」
「……いや、遠慮します。
恋とかよく分からないし、怖いから」
ジェシカの言葉に、甘いはずのケーキを苦そうに食べながらヨルは呟いた。
呟いたヨルにジェシカがにじり寄る。
ジェシカに迫られた彼女はその胸部をしばし見つめた後、椅子を僕の方へとずらした。
適当なところで助けようと、僕はその動向を見守る。
「話しましょうよ、ランも入れて! ついでにアスカも!」
「あー…うー…アスカは最近連絡ないから、どうだろう」
「そうなの?」
「うん。メールしても返信ないから、少し心配」
微妙に地面につかない足をぶらぶらと揺らし、ヨルがぼやく。
「あんまり心配なら追跡プログラムでも使えばいいんじゃないかしら。
オタクロスあたりなら個人でどうにかなりそうじゃない?」
それに対して、ジェシカがそう冗談めかして言う。
彼女の言葉にヨルは最初目を丸くしたが、「なるほど」と大きく頷いた。
「頼んでみる」
言うが早いか、ヨルはCCMを取り出す。
呼び出したアドレスはオタクロスではなく、オタクロスを師と慕うオタレッドことユジン氏のものだった。
大会が終わり、興奮状態に陥っているオタクロスよりも横から攻めた方が良いと判断したのだろう。
「もしもし、はい、お久しぶりです、雨宮です。
折り入って相談が……」
声が瞬時に切り替わる。
ごく自然に出される、落ち着いたアルト。
礼儀正しく聞こえるように計算された声に少しだけ目を瞠った。
ヨルの声の変化にジェシカが目を丸くする。
「お見事…って、ところかしら。
声一つで印象が変わるものね。目を閉じたら、大人なヨルがいる気がするわ」
「そうだな」
身長のせいで宙に浮く足を見る限りは、大人のヨルを想像出来そうもないが。
二年もの間多くの人を欺くことが出来たのだから、その自然さは当然のように思うが、いつ聞いても慣れない。
「最初ヨルがイオだって気づいた時に、周りにすぐにバレるでしょって思ったけど、納得したわ。
どうやっているのかしら」
そう言うとジェシカはヨルの頭に手を伸ばして、髪を掻き分け「……こっちが地毛ね」と呟いた。
ジェシカののんびりとした一連の動作に僕は苦笑しそうになる。
「失礼だよ、ジェシカ」
CCMの通話口を手で押さえながら、声を元に戻してヨルが言う。
そして即座に声を切り替えて、CCMに耳を付ける。
通りから聞こえてくる雑踏の中でも、しっかりと存在感を示すアルトが静かに響いた。
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