54.ドッペルゲンガーは二人いる
「そういえば、さっき行ったショップでアルテミス出場者のカードを何枚か貰ったんですけど」
「バトルしたお礼にって」
ヒロはそう言うと、ポケットからがさごそとカードを取り出そうとする。
カードというよりはどちらかと言うとブロマイドだろう。
思い出せば、前回の「アルテミス」の時、写真の使用に関する書類を書いたような気がする。
今回はサポートメンバーだから書かなかったけど、アスカはサインしたはずだ。
そう思い出しながら、横目でヒロたちを見つつ、ジオラマの中に視線をやる。
そこにはΣオービスが立っている。
帰って来てからすぐのバトルで、ヒロとバン君は午前中の問題を解決してしまった。
攻撃のタイミングをヒロに一任し、バン君は完全にサポートに回る。
そうすることでΣオービスの難しいバランスを保つことに成功したのだ。
「さっき確認したんですけど、調べても誰か分からない方がいて。
レアカードらしいんですけど、この方が誰か分かりますか?」
差し出されたブロマイドをランとジェシカが覗き込む。
私も少し気になったので、持っていたスポーツドリンクを煽りながら横目で見て、
「ごほっ!」
盛大にむせた。
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高めの位置で結ばれた長い黒髪に、真っ青な目。
にんまりと吊り上げられた口元。
斜め上から撮られたらしいその写真…多分ブロマイドってやつに載ってる人物には見覚えがある。
「あー! こいつ憶えてるよ!
確か『アルテミス』で準決勝まで残ってたよね?
名前は……」
「イオね。
今年はいなかったけど、『アルテミス』で準決勝まで残ってた実力のあるLBXプレイヤーだったわ。
『アルテミス』と出場権を得るための大会以外は出場してなかったわね。
小さい大会なら出てるかもしれないけど……」
「あたし結構小さいの出てたけど、見たことないなあ。
っていうか、映像探しても全然ないよね。
『アルテミス』のやつ結構嫌味っぽい攻撃で参考になったんだけど、避けるのに」
「そういえば、確か準決勝はジンが相手だったわね。
ジン、そうよね……って、どうしたのよ?」
ジェシカと一緒に振り返ると、何故かヨルが口を押さえて前屈みになっていた。
その背中をジンがそろりと撫でている。
「ちょっとむせちゃったんだよ」
喋れないヨルの代わりにバンが言った。
それに反応して、こくりとヨルが頷く。
「えっと、イオ? さんとバトルしたんですか? ジンさん」
「ああ。準決勝でな」
ヒロの問い掛けにジンが頷いた。
ヨルの背中は撫でたままで、「飲めるか?」と水を差し出す。
そろっと手を出してヨルは受け取ると、深呼吸を何回かしてからちびちびと水を飲み出した。
「結構善戦してたよね。最初はジン圧してた感じ」
「そうだな。
武器も特殊だったから、反応が追い付かなかった。
それを差し置いても狙いが正確だから、なかなか難しいバトルだったな」
そう言った後に「…楽しかったが」と付け加える。
ヨルの背中を撫でていたジンの手はいつの間にか頭に移動して、ぽんぽんと軽く撫でた。
しばらくそうしていたジンをヨルがジト目で見る。
「そうなんですかー。うう、映像を見れないのが残念です……!」
「公式映像も非公式映像も一気に消えたんだよね」
「………何か重大な違反でもしたのかしら?」
「えっと、そうだとしたら、レアカードってことはもう生産されないからかもしれないね」
あたしたちの話からユウヤがそう言った。
なるほど、それならレアカードって言うのも納得だ。
「『アルテミス』の後どうなったのかって、本当に分かんないの?」
「俺は知らないなあ。
『アキバハラキングダム』の時がちゃんとした大会で会ったのは最後かな」
「僕もバン君と同じだ。
『アキハバラキングダム』以降は大会で顔を見たことはない」
「うーん…一体どこに行ったのやら」
ブロマイドを見ながら、あたしが頭を捻っていると、ジェシカが不意にブロマイドの端を掴んだ。
口元に手を当てて、何か考え込んでいるみたいだ。
「ヒロ、これちょっと借りて良いかしら?」
「いいですよ。はい、どうぞ」
ヒロからブロマイドを受け取ると、近づけたり離したりしてから、自分のCCMで写真を撮った。
しばらく眺めてから、ジェシカはブロマイドをヒロへと返す。
その様子を水を飲み終わって、まだけほけほと喉の調子を整ているヨルが見ていた。
「……治った」
もう一度軽く咳き込んでから、ヨルが呟いた。
だいぶ時間が掛かったなあと思っていると、横から出て来たヒロが「良かったです!」と元気よく言った。
そんなヒロにヨルはたっぷりと間を開けてから「うん」と短く頷いたのだった。
余談だけど、休憩後のバトルで何故か相当なやる気を見せたヨルにヒロがこてんぱんにされた。
なかなか鬼気迫るものがあったと、あたしとジェシカの間でしばらく話題になったのである。
■■■
ヒロには申し訳ないけれど、楽しさが分からずに首を傾げそうになって、慌てて抑える。
目の前には…所謂コスプレをした人たちがたくさん。
ああ、これがヒロから聞いていたコスプレかーと思うより前に身体が拒否反応を示しかける。
「ぐう…」と呻き声が出そうになるのを手の甲を抓ることで堪える。
「BIG CITY EXTRAS」、通称「BCエクストラス」。
先日ヒロたちがギークストリートで知ったというこの大会はそれなりに大きなLBXの大会で、かなり変わった大会だ。
参加条件は一般的な大会規定に加えて、コスプレをすることという条件がある。
コスプレというのは、アニメとかゲームとか漫画とか…あとは最近は色々あるみたいだけど、そういったもののキャラクターの格好をして、登場人物になりきるというものらしい。
楽しみ方は色々ありますけどねー、と言ったのはヒロだけど、彼はこの「なりきる」というのに重点を置いているようだった。
私には分からない感覚だ。
時間があれば「なりきる」のは難しいことじゃないし、他人になるのが楽しいと言うのは未知を通り越して恐怖を覚える。
ヒロとユウヤには悪いけれど、出来れば帰りたい。
「このステージでバトルするのか…」
会場内に入って、すり鉢状の観客席とステージを見てバン君はそう呟いた。
「……コスプレして、ね。はあ……」
ジェシカはというと、心底呆れたというように溜め息を吐いた。
額に手を当てて、酔ったみたいにふらふらと出口に向かう。
「あれ? ジェシカさん?」
「私、帰る。ここ空気薄いから……」
「まあ、気持ちは分かるけどね」
ランの呟きに「あはは……」とバン君が渇いた笑いを零す。
私も気持ちはとてもよく分かるので、なんとも言えない気分になった。
出来れば、あの後を追いたいけれど……。
「ヨル」
名前を呼ばれて顔を上げると、ジンと視線が合う。
彼は柔らかい光が揺れる紅い瞳を私に向けて、何でもないことのように言った。
「……辛いようなら、帰ってもいい。
あまり無理する必要はない」
「……ごめん。
そうさせてもらう」
その申し出を有り難く受けて、フォローをジンに任せ、私も酔っちゃいそうだから帰るねとみんなに伝えて会場を出る。
バン君とユウヤは事情をある程度察してくれたのか、嫌な顔することなく、私を見送ってくれた。
大きな大会だから街中の大型ビジョンで中継されるようなので、そこから見守ろう。
少し重くなった足を引きずるようにして外に出ると、大きく伸びをするジェシカが見えた。
「ジェシカ」
「あら、ヨルも逃げて来たの?」
「うん。
コスプレの良さ、分からないし」
私がそう言うと、「そうよね」とジェシカは鷹揚に頷いた。
「まあ、丁度良かったわ。
どこかのカフェでお茶でもして、観戦しましょう」
「賛成」
先を行くジェシカの後を追う。
あまりこの辺のことは分からないのでお店の選択はジェシカに任せて、適当にケーキと紅茶を頼んでテラス席に座る。
椅子が少し高いのでぶらぶらと足が地に着かずに揺れた。
「席替える?」
「いいよ。どの席でもこんな感じになるから」
身長が低いとこういうことがよくあるので、然して気にすることもない。
大して身長が変わらないからアスカもこうなるだろうし、それだけで心穏やかになる。
年下であるランやヒロのことは考えてはいけない。
大型ビジョンには「BCエクストラス」の様子が映し出されている。
開会式からしてテンションが高い。
大型ビジョンを見上げながら、ケーキを口に運んでいると、正面から視線を感じた。
私の正面にいるのは一人しかいない。
「何かあった? ジェシカ」
「あー、うーん…あったわね。
気になってたことがあって、それを訊こうと思ってたのよ」
「……ふむ、訊こうか」
声音から深刻な話だということが推測出来た。
後味の悪い話になることも予測して、不味くなる前に手早くケーキをお腹の中に収める。
「推測の域を出ないんだけど…」
「うん」
「ヨル、貴方――」
ジェシカの手には彼女のCCMが握られている。
ぱこっとそれを開くと、CCMの画面を私に突きつけた。
「貴女、『イオ』だったわね?」