53.特権
突然の休みというのはなんとなく居心地が悪いなと思う。
行儀が悪いと知ってはいたけれど、ストローの端を噛みながら、手の中の紙袋を揺らす。
クラフト紙製のそれには鳥や花の模様が描かれていて、これだけでも可愛い。
「付けないの?」
「うーん……」
ランが紙袋を指差して言った。
どうしたものかと首を捻ろうとすると、「動かないで」と背後にいたジェシカに首を固定された。
痛い。
「意外と髪型が自由にならないわね。
もっと、編み込んだりしたいんだけどなー」
「いや、そこまでしてくれなくても…。
今のままが一番動きやすいから」
「何言ってるの!
女の子なんだから、もっとおしゃれをするべきよ。
せっかくの休みなんだから、こういう時ぐらいいいじゃない。
ランは逃げるし」
「この前のパーティーで懲りたよ…」
あの時は満更でもなかったのだろうけれど、ランはどこか遠くを見るようにしてそう言った。
それからさっき買った品物をがさごそと探り出す。
触らぬ神に祟りなしという訳じゃないんだろうけど、分が悪いので話には参加しないことにしたらしい。
本来ならこの時間は「NICS」で訓練しているはずで。
でも、私たちは家族とか友達とか恋人とか…そういう人たちの声が響く公園のベンチに座っていて、無理矢理髪を弄られている。
これはどういうことかというと、それを説明するためには時間をほんの少しばかり戻す必要がある。
■■■
私たちの最優先事項は戦力の強化ということで落ち着いた。
先日私たちが戦ったキラードロイドという名前のあの化け物は「ディテクター」のものではないことが判明した。
詳しい調査は拓也さんやコブラさんたちがやってくれるという。
私たちに貸せる知識も技術もないのでそこは任せるしかないとして、長官からは直々に戦力の強化を行うようにとの命令が下った。
具体的にはΣオービスの操縦を完璧にすること。
それから各々の能力向上を目指す。
それぞれのLBXは山野博士の手で改良済みだ。
あとはプレイヤーの実力差がそのままバトルに出る。
私やジン、それにジェシカ、ユウヤは元の機体とそれほど変わらないから、機体に慣れさせて、能力向上を目指すのはそれほど問題じゃない。
問題はΣオービスだ。
「あそこでトリトーンを倒していれば、こちらが有利になったはずです!」
「そうかもしれない。
でもヒロが無理しなければ、いずれΣオービスのパワーで押し切れたんだ!」
「攻撃は最大の防御です!
攻められる時はいくべきです!」
「ヒロ!!」
「二人とも!」
言い争うバン君とヒロをランが止めに入る。
今まで仲の良い先輩後輩といった関係の二人が言い争う理由は、さっきバトルにある。
Σオービスはさっきのジンたちとのバトルで負けたのだ。
負けた理由は単純で、それでいて私たちには分かりにくい理由。
Σオービスはエルシオン、ペルセウス、ミネルバの三体が合体したLBXだ。
バン君は機体制御、ヒロが攻撃、ランが防御。
それぞれが操作する分野が異なるその機体は息が合わないと途端に動きがぎこちなくなる。
さっきはそこでリュウビの必殺ファンクションを当てられて、ブレイクオーバーしたのだ。
ランが間に入ったものの、二人の睨み合いが続く。
長引く前に適当なところで止めなければ…と思って、ジンたちに目配せしようとした時だった。
「はいはい。そこまでだ」
「コブラさん…」
更に言い争いが続くかと思われたその時、コブラさんの声が聞こえてきた。
「声が外まで聞こえてるぞ。
お前ら熱くなり過ぎだ。少し頭を冷やす必要があるな。
よし! 午後は休みだ」
「えー! 休み!」
ジェシカが声を上げる。
嬉々としたその声にびくっと少し私の肩が跳ねてしまう。
しばらく休みなんて取ってなかったから、嬉しくて仕方がないのだろう。
「でも、このままじゃ……」
「いいの!? 休んでも!」
「上手くいかない時はリフレッシュが必要なのさ。
長官や宇崎の旦那には俺から話をしといてやる。
午後からは休め、いいな」
それはほぼ命令で、私はこくんと頷く。
それから休みって何をすればいいんだろうか、と首を傾げてしまう。
「休みですかー」
「まだΣオービスをものに出来ていないのに…」
バン君が悔しそうに呟く。
その呟きをジンが拾い上げた。
すいっとバン君に視線をやり、一瞬だけ厳しい目つきをしてから、小さく息を吐く。
視線をバン君から外す直前、ジンと目が合った。
「いいんじゃないか、休んでも」
「ジン……」
「あたし賛成ー!」
「私も賛成!」
「私も、良いと思う」
小さく手を挙げて、私も賛成する。
バン君は少し驚いたように私を見た。
「僕も! バン君、良いよね?」
ユウヤの問い掛けにバン君は返しに詰まる。
まだΣオービスの動きを練習したいという気持ちは分かるけど、この先どこで休めるか分からないのだし、休みと言われたからには休むべきだと私は思う。
それにまだ練習を始めてから二日ぐらいしか経っていない。
まだ何の成果が出なくても落ち込むべきではないのだ。
私が何か言う前にジンがバン君に最後の一押しというように頷いてみせた。
それが決め手だった。
「分かった。そうしよう」
「やったー!」
ぴょんとランが跳ねると、私にハイタッチを求めて来たので、パチンと手を合わせた。
「ヨルも賛成してくれるとは思わなかったなあ。
さっきバトルしてなかったし、もうちょっとバトルしようって言うかと思った」
「休めっていう命令だし、私だってたまには休むよ」
「最近は調子良いみたいだけど、ヨルは練習し過ぎだから、丁度良かったわね」
ジェシカの言葉に首を傾げながらも、なんとなく頷く。
そうすると、ぐりぐりと左右から頭を撫でられた。
「どこに行く?」「それなら私に任せて!」という言葉が頭上で交わされるのを聞いていると、バン君が部屋から出て行くのが見えた。
「…………」
それを目で追っていると、同じようにしていたジンが視界に入る。
私はジェシカとランから身を屈めることで逃げて、ジンに近づいた。
「ジンはどこか行くの?」
「いや、僕は『NICS』に残る。
せっかくの休みだ。楽しんでくるといい」
ジンはそう言うと、柔らかい眼差しを私に向けて、頭をぽんぽんと軽く撫でられる。
ジンはそれを何回か繰り返すと、私の頭から手を離した。
それからユウヤに一声掛けて、部屋を後にする。
バン君も「NICS」に残るだろうから、ジンは彼と話し合うつもりなのかもしれない。
ならば、バン君のことはジンに任せるのがいいだろう。
私を助けてくれたジンがバン君に何かアドバイス出来ない理由は、きっとない。
「よし! 行くわよ、ヨル」
バン君とジンに遅れて、私たちも部屋を後にする。
地下鉄に乗って私たちはジェシカお気に入りのショップへ、ヒロとユウヤはギークストリートという場所に行くらしい。
ジェシカの説明を聞く限りはA国版アキハバラと言ったところか。
あまり興味のないランが「ふーん…」と呆れていたのが、何とも言えなかった。
■■■
粗方ショップ巡りが終わり、公園のベンチで微睡む時間は平和極まりなかった。
予想通りというべきか、ジェシカの買い物が一番長くて量があった。
ランもそこそこ買っていたけれど、私が買ったものは「買ってあげるから選んで」とジェシカに言われて買った手の中のこれだけだ。
………ジェシカの買い物の中に私用にと買っていた服もあるけれど。
「それ、貸して」
「……ん」
ジェシカに言われて、袋を開けて中の物をジェシカに渡す。
ターコイズブルーのリボンだ。
「選んで」と言われて、なんとなく目に入ったのがこれだった。
ジェシカはそれを受け取ると、それを髪に編み込んでいく。
変わった結び方だなあ。
「似合うじゃん。
ターコイズだっけ? なんでその色にしたの?」
「……勘」
「勘かあ」
ランに訊かれても、そうとしか答えようがなかった。
そうだというのに、何故かジェシカは笑いを堪えるようにぷるぷると震えている。
見上げると、本当に笑いを堪えるような顔をしていて、とりあえず心配になってしまう。
「ジェシカ、大丈夫?」
「大丈夫、大丈夫よ。
はい、完成ー。うん、なかなかの出来ね」
ガッツポーズでジェシカが言う。
「こんな感じ」とランがCCMで撮った画像を見せてもらうと、普段と長さは変わらないけど、リボンが編み込まれた髪がどこから出したのかバレッタで固定されていた。
なるほど、こんなことしてたのか。
「うん。久々に人の髪弄れて、楽しかったわ!
もう良い時間だし、『NICS』に戻りましょう」
「はーい。
あー! いい気分転換になったー!
買い物久しぶりだったし、後はバンとヒロかー」
「それなら大丈夫だよ」
ジェシカの荷物を半分持ちながら、ランの言葉にそう返した。
「おお。はっきり言うなあ」
「ジンがいるし、バン君は頭が悪いわけでも、もちろん実力がないわけでもないからね。
そんなに心配してないよ」
バン君は物事の乗り越え方を知っている。
それは慣れとか流れでとかそんなものではなくて、ぶつかって、乗り越えることを知っているのだ。
「信頼してるのね」
「友達だからね」
色々あって、それが喉に突っかかって、なかなか真正面から言えないけれど、二人とも私の友達だ。
だから、全部大丈夫なのだ。