52.空よ、さよなら


ビルニッジ天文台に戻ってきて、それぞれのLBXを修理と改造に出す。
修理はまだ私たちでも出来るけど、内部からの改造となればここからは科学者の仕事だ。
私たちでは口出し出来ないので、天文台内のちょっとしたスペースで休憩する。

さっきまでの山野博士との話を思い出す。
私たちの戦ったキラードロイドはLBXではないらしい。
確かに性能は桁違いで、LBXというよりはただの兵器に近かった。

山野博士のいうスーパーLBXがあれば或いは…といった感じか。

「NICS」に送るということなので、戦闘映像を提出した。
役に立つと良いのだけれど……。

「ねえ、バンはLBXの開発を手伝っていたの?」

ジェシカがバン君にそう訊いた。
そういえば、そんな話は聞いたことはなかった。

そもそも以前のバン君は両親の話は避ける傾向が少しあったけれど。
あの頃はまだ山野博士は亡くなってしまったと思っていたし。

「それはないけど、小さい頃は父さんがLBXの試作を作っているところをずっと見てたよ」

「バンさん。LBXの開発者がお父さんってどんな感じなんですか?」

「そりゃ嬉しいよ。でも、うちでは普通のお父さんだよ。
一緒にいた頃は寝坊したり、ちらかして母さんに怒られたりしてたし」

「へえー」

「早く戻れるといいわね。そんな暮らしに」

「うん」

「僕もお母さんに会いたくなりました。
また後で電話してみようかな……」

どこか気まずそうにヒロが呟く。

私もおじさんに連絡を入れてみようと思っていると、CCMが鳴る。
相手を確認するとリリアさんで、みんなに断りを入れて、廊下の方に出てから通話ボタンを押す。

「もしもし」

《元気にしているか?》

「はい。とりあえずは。
リリアさんの方は昼に掛けたら圏外で……」

《ああ、その不在着信に気づいて電話したんだ。
昼間は悪かった。今ロシアにいるんだが、少し立て込んでいるんだ。
またしばらく電波が届かない場所に籠ることになるから、圏外の日が続く》

「分かりました。気を付けておきます」

《ああ。そちらはどうだ?
今ブリントンにいるんだろう。何か変わったことはないか?》

ニュースを見ていないのか、見れないほどに忙しいのか。
どちらかは分からないが、ブリントンでのことは耳に入っていないらしい。

私はブリントンでブレインジャックにあったことからさっきまでのことを手短に、でも詳細に報告する。

《大変だったな》

リリアさんからの労いの言葉はそれだけだった。

別段いつものことなので「はい」と返す。
まだ自国に被害がないので、慌てるべき時ではないと考えているのかもしれない。
それならそれで別に良い。

私としてもロシアが攻撃されていないことは有り難い。

《まあ、ブリントンでのことは私とは別の奴が『NICS』にでも確認を取っているだろう。
それよりも風摩キリトのことだが、面白い情報が手に入った》

「はい?」

それは今聞かなければいけないことなのだろうか。
首を傾げていると、リリアさんが勝手に話し出す。

《『オメガダイン』からの資料が不十分でな、こちらで独自に調べていたんだが、その際テストプレイヤーになる前の風摩キリトの情報が手に入ったんだ。
彼に関わった人物が極端に少ないために噂の域を出ないが、興味深いぞ》

そう言って、リリアさんはキリトさんのことを教えてくれる。
「NICS」がどこまで知っているのか分からないなあと思いながら、その話を適当に相槌を打ちながら聞く。

全部聞き終えて、これはここだけの話にしておこうと心の内に仕舞い込む。

取り敢えずお礼を言ってから、みんなの所に戻る。
妙に騒がしいのは何故だろうか。


■■■


ビルニッジ天文台でブレインジャックされたLBXたちとキラードロイドをどうにか撃退して、他のLBXの改良を待っていたら朝になっていた。

正確にはブレインジャックされたLBXを倒したのがキラードロイド、そのキラードロイドを倒したのがエルシオン、ペルセウス、ミネルバが合体したΣオービスであるけれど。
あれだけ苦戦したキラードロイドに一歩も引かず、Σオービスは勝利した。

改良の終わったジャバウォックを見やる。
見た目にはあまり変化はないけれど、キラードロイドの足止めすら出来なかった必殺ファンクションの威力調節が簡易になっていることがCCMの画面から分かる。
他にも装甲の強度が上がっているし、その割には軽い。

おお…と声には出さずに感嘆する。

「私はここでお別れだ」

ジャバウォックを閉まっていると、山野博士はそう言った。
バン君が山野博士の言葉に目を丸くする。

「え!? 父さん、俺たちと一緒に『NICS』に行かないの?」

「すまない、バン。
私にはやらなければならないことがあるんだ」

山野博士は本当に申し訳なさそうに言う。
バン君はしばらく何か考えていたようだけど、最後には大きく頷いてみせた。

「分かったよ、父さん」

「頼んだぞ、バン。
そして、みんなも」

信頼と慈しみが籠った視線を受けて、私たちも頷いた。


かなり無理のある日程だけれど、キラードロイドの戦闘があったその日に私たちは「NICS」に戻ることになった。
また空の旅だからと、お母さんに連絡しているヒロの隣で軽くストレッチをする。
しばらくイギリスの空気は吸えそうにないので、肺をイギリスの空気で満たす。
……無駄な努力なのだけれど。

「お母さん、また出ない……」

CCMを耳に当てながら、ヒロが寂しそうに呟いた。
私はそれにざらっとした感触を憶えながら、「また掛けてみればいいよ」と当たり障りのない言葉を掛ける。

「ヒロー、ヨルー、行くよー!」

「あ、はーい!」

「今行くー」

タラップの上からランが私たちを呼んだ。
ヒロと私もタラップの方に急ぐ。

後ろでは大きなスーツケースをごろごろと引きずるコブラさんもいた。

あの中には回収したキラードロイドの部品が入っている。

「…………」

それから視線を外して、私はタラップを一気に駆け上がった。




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