51.鳴神


キリトさんが姿を現すと同時にジェシカが私の動きをさり気なく手で制して、一歩後ろに下がらせる。

「………?」

疑問には思ったけれど、目の前の相手に油断は出来ない。
何か意図があるのだろうと思って、そのままジェシカの動きに合わせる。

「キリト、司令コンピュータを止めに来てくれたのか?」

「司令コンピュータ?
ふん、俺は君たちとバトルするために来ただけさ」

ジェシカはその言葉を聞くと、ぴくりと眉を動かして、険しい顔つきになる。
それからキリトさんには聴こえない程度の小声で私に言った。

「多分、風摩キリトとバトルすることになるわ。
私たちが時間稼ぎをするから、ヨル、貴女は司令コンピュータを止めて」

「でも、どうやって……」

私の当然の疑問にジェシカはユウヤと視線を交わす。
ヒロは私と同じでどうするというのは分からないみたいだけど、「それでいきましょう」と頷いた。

それを受けてから、ジェシカは鋭くキリトさんを睨む。

「邪魔しないで!
正午までに司令コンピュータを止めないと、またLBXが暴走を始めてしまうわ!」

「だったら、俺を倒して行くんだね。
俺はなるべく強い奴と戦う必要があるんでね。
さあ、始めよう」

キリトさんの手にはDエッグが握られ、そのスイッチが押された。
緑色のエネルギーフィールドが展開される直前、軽い動きだけれど、体幹部分を押され、後ろに放り出される。

Dエッグのエネルギーフィールドから弾き出されるような形なって、私は尻餅をついてしまった。

「そういうことか」

加減を間違えば階段から落ちていたけれど、そこはジェシカだ。
尻餅をついたのはギリギリの場所だけれど、おそらくはジェシカの力でDエッグのエネルギーフィールド外に出せるのが私だったということなのだろう。

「よし」

立ち上がると、エネルギーフィールドと柵の隙間を通り抜ける。

ジオラマの横には無骨なチョーカーが外れた森上ケイタ君が倒れ込んでいた。
軽く脈を計って、取り敢えず命に別状がないことだけは確認する。

「ごめんね」

彼に一言そう告げてから、階段を上がる。
CCMを開いて、上の方に翳すとレーダーの反応が顕著になる。

やっぱりこの上に司令コンピュータがあるのだ。

ジャバウォックを先行させる。
敵LBXがいなければ良いけれど……そういう訳にはいかないらしい。

「……アキレス・ディード」

司令コンピュータを見下げるようにして、アキレス・ディードが空中にいた。
アキレス・ディードがこちらを向き、ジャバウォックと私を視認する。

なるべくなら、バトルしたくはなかったけれど……。

ジャバウォックに武器を構えさせる。
高低差のある場所でのバトルは出来るならば避けたかった。
でも、我儘を言っている場合じゃない。

鉄柵や梁を上手く使わなければ。

そう考えていたところで、予期せぬ場所から違う影が見えた。
床を大きく揺らして、その物体が落ちてくる。

「これは…!」

現れたのは、通常のLBXよりも遥かに大きな体躯をした機械の竜。
バランスを支えるためか、ふらふらと体を小刻みに揺らした、まるで生きているようなLBXに多少狼狽える。

「ディテクター」の新しいLBXかと身構えると、それは徐にアキレス・ディードを視界に入れるとアキレス・ディードを攻撃し始めた。
重火器の形をした両腕から弾丸を放つと、アキレス・ディードを空中から落とそうとする。
その銃口はジャバウォックの方にも向けられ、過剰とも言える火力で床の鉄材ごとジャバウォックを削りに来た。

「……っ!」

お構いなしの攻撃だ。

司令コンピュータを壊されれば、どうなるか分かったものじゃない。

相手の攻撃にアキレス・ディードが応戦する。
エネルギー弾を撃つけれど、相手に比べれば貧弱だ。
アキレス・ディード目掛けて助走を付けて飛翔する敵LBXが翼のようなブレードでアキレス・ディードを叩き落とす。

床に叩きつけられる直前でアキレス・ディードはどうにか体勢を立て直し、飛行を続ける。

「そっちで勝手にやってくれれば有り難いんだけど…」

両翼のブレードがジャバウォックに振り下ろされる。
寸前のところでどうにか避けたけれど、掠ったのか、左腕に少しだけ火花が跳んだ。

「そういうわけにもいかない、か」

近距離、遠距離攻撃共に威力が桁違いだ。

弾丸に追尾機能が付いていないことが救いか。
この手の相手なら遠距離から狙って、地道に削っていくべきだけれど、残念ながらそのための武器がない。

加えて、そう長くは相手をしていられない。

「威力の調整が難しいけど、仕方ない」

ジャバウォックを走らせる。
銃身ごとその巨体を叩きつけてくるのを槍で防ぐけれど、それでも装甲は削られて、ブレイクオーバーがどんどん近くなっていく。

元から損傷していた左腕が吹き飛んで、でも敵の両足の間を縫って、どうにか背後を取る。
尾のブレードを間一髪で避けたけれど、もうあまり持たない。
相手から距離を取った。
ジャバウォックの上にはアキレス・ディードが低空飛行をしていた。
丁度良い。
ここなら十分に効果範囲内だ。

「必殺ファンクション!」

《アタックファンクション 鳴神》

ジャバウォックの武器が青白い電撃を纏う。
それを勢いよく地面に突き刺すと、咆哮するようにいくつもの電撃が地面を這って、敵LBXと低空飛行していたアキレス・ディードを捕らえた。
そのまま閃光を放ちながら、装甲ごと内部を破壊するけれど、手応えがない。

範囲を広げたせいで威力が落ちたか。
でも、これでしばらく動きは止められたはず。

そう思ったけれど、敵LBXは電撃を振り払って、何故か階下に向かう。

「……ノーダメージはさすがに冗談きつすぎるよ」

呟きながら、鉄柵に縋るようにして階下を見ると、そこにはバン君たちがいた。
新しい敵を見つけたから、相手を代えたのか。

「気を付けて! そいつ強い!」

私が叫ぶとバン君が鋭く敵LBXを睨み付けた。

「ここは俺たちで食い止める! ヨルは司令コンピュータを止めてくれ!」

「……っ、分かった!」

バン君の頼みに司令コンピュータの方を振り返り、ジャバウォックを操作する。
辛うじて動いてくれたジャバウォックを司令コンピュータのコンソールの上に置く。

ジャバウォックの残った右腕を通して、ワクチンプログラムを司令コンピュータにインストールする。

その直後、骨まで響くような鐘の音が響く。
十二時の鐘の音だ。

「間に合った……」

胸を撫で下ろすけど、まだバン君たちが戦ってる。
損傷の激しいジャバウォックを持って、階段を下りるとDエッグとは違うエネルギーフィールドが展開されていた。

「ヨル、こっち!」

エネルギーフィールドの向こう側からジェシカが呼ぶ。
中が気になったけれど、横を通り抜けて、ジェシカたちの元に向かう。

「相手が強すぎるわ。
トリトーンがやられて、エルシオンとミネルバも長くは持たない。
あいつのエネルギーフィールドが解除されたら、みんなでここから脱出するわ」

ジェシカの言葉に私は頷いた。
キリトさんは先に逃げたのか、姿は見えない。

「皆さん、急いで!」

「ここから出るのよ!」

エネルギーフィールドが解除されたと同時にヒロとジェシカが叫ぶ。

バン君たちの背後からはまだあのLBXがゆっくりと追って来ていて、まだこちらを狙っているのが分かったけれど、エレベーターが下がる方が早かった。

「何なの、あれ……」

ぐんぐんと遠くなる姿にジェシカが呟く。
ノイズ混じりの咆哮が聞こえたけれど、追ってくる気配はない。

時計台に横付けされた車に乗り込んで、その場を離れた。

シートに身を預けて、やっと一息つけた。
隣に座ったユウヤが「一人でよくあのLBXを食い止めたね。頑張ったね」と頭を撫でてくれる。

お兄ちゃんってきっとこんな感じなのだろう。

短い時間でのバトルだったけど、疲労感に手足が重くなる。

「エライ目にあったな」

「はい。どうなるかと思いました」

マングースさんの言葉にヒロが疲労困憊というように言う。

「それにしても、あの怪物も『ディテクター』のLBXなのかな?」

「風摩キリトがキラードロイドって言ってたけど……」

「キラードロイド……」

コブラさんが反芻した敵の名前が頭の中に響く。

「あの人、何か知っているんでしょうか?」

「そうだとすると、『オメガダイン』が絡んでいることになる」

ユウヤが深刻そうに言う。
呟きながら頭を撫でてくれるものだから、もう一度息を吐いた。

「ありがとう」「どういたしまして」と空気が弛緩するようなやりとりをする。

そうしていると、勝てはしなかったものの、ジンが特殊モードは確認出来た、十分に戦力になると言った。

「でも、それで相手に勝てるかどうか……」

バン君は不安そうな声が車内に響いた。




prev | next
back

- ナノ -