50.時計塔へ


車の中からブリントンの街並みが流れていくのを見る。

あそこを入れば格安のバーがあるとか、学校までの近道だとか、家までの道のりだとかそんなことを考える。
ぼんやり見ていると、時々同級生ともすれ違うけれど、特に何の感慨もなかった。
あるとすれば、成績危ないなあというぐらいで……。

「いや、大問題だよね」

「何が?」

「勉強」

「教えてあげるわよ?」

「よろしくお願いします……」

隣に座っていたジェシカに思わず頭を下げる。
ジェシカの通っているスクールはそれなりに名の知れた学校だから、教科書は違うだろうけれど、私の学校でも十分に通用すると思う。

「あ、見て! ブリタニア時計台!
あんなに大きいんだあ」

「ランさん、知ってました?
あのブリタニア時計台って通信衛星『パラダイス』との交信で時刻が合うようになっているんですよ」

「へえ、そうなんだー」

後ろの席からの会話に耳を傾けると、ヒロがランにそう説明していた。
私はその中で「パラダイス」という言葉を拾い上げる。

あれがそうなのか。

ジェシカから聞いた通信衛星「パラダイス」の話を思い出し、一つ頷いた。

しばらく道を進むと、ビルニッジ天文台が姿を現す。
マングースさんの話では、あそこに山野博士がいるのだと言う。
客員教授として招かれていて、身を隠すにも丁度いいのだとコブラさんが説明した。

「外見は見たことあったけど、中はこうなってたんだ…」

廊下を進みながら出た吹き抜けのロビー。

採光用なのか、天井に取り付けられている赤と青の淡いステンドグラスを見上げながら呟く。
私の青白い肌に映った淡い光にほうと溜め息が零れた。

「ヨル」

「あ、うん」

ぼうっとしているとジンに名前を呼ばれる。
少しばかりみんなと距離が空いてしまったので、それを小走りで埋めて、ジンの後ろ…ジェシカの隣まで追いついた。

「ねえ、山野博士ってどんな人なんだろう?」

「きっとセンシマンに出て来るドクトル無法みたいなオーラを纏った正義の科学者ですよ!」

「あはは…」

そんなランとヒロの会話が聞こえる。

私から見ると、山野博士は大人の見本みたいな人だ。

優しくて、正しいことが出来て、たくさんのことを教えてくれる。
それからバン君をすごく信頼している。

優しい色の眼はバン君そっくりで良いなあと思ったことを思い出し、結局のところ無いもの強請りだということに行きつく。

「……………」

表情に感情が出ないように、瞬きを一つ、深呼吸を一つして、気持ちを切り替えた。

コブラさんが大きな扉を開ける。
扉の先、大きな本棚を背にした机に山野博士が座っていた。

「父さん!」

山野博士が目に入ると同時にバン君が駆け出す。
嬉しそうだな、とぼんやりと思う。
それはどこまでも他人事な光景だった。

「久しぶりだな、バン」

「うん!」

「みんな遠い所をよく来てくれた」

「普通のおじさんだね」「そうですね…」というランとヒロの会話が聞こえる。
ヒロは自分の予想が外れたからか、少し困ったような顔をしていた。

「ジン君にヨル君も元気そうで何よりだ」

「御無沙汰しています」

「お久しぶりです、山野博士」

山野博士の言葉にジンに続いて、頭を下げる。

この人は変わらないなと思った。
バン君は別格の扱いなのは当たり前として、平等な人というのが最初の印象だった。
それが今でも変わらないのは単純にすごいと思う。

博士は私たちをぐるりと見渡すと順々に言う。

「ラン君とヒロ君、ユウヤ君にジェシカ君だね。
みんなには感謝している。
『ディテクター』を封じ込めることが出来ているのも、君たちのおかげだ。
ありがとう」

「博士! 世界の平和は僕たちが必ず護ってみせます!」

「頼もしいな…」

山野博士は満足そうに頷いた。
その横顔を見ながらも、バン君が本来の要件を促す。

「父さん」

「ああ、分かっている。
本題に入ろう。
この天文台では宇宙観測のために様々な技術が開発されている。
私は今その中の一つである変異結合型電磁石の技術を応用して、新しいLBXの開発を行っている。
これまでにない全く新しい思想に基づくLBXで、完成すればスーパーLBXと呼ぶべき存在になるだろう」

「スーパーLBX…」

バン君が山野博士の言葉を反芻する。
それが出来れば「ディテクター」に対抗するには申し分ない。

「じゃあ、あたしたちのLBXを強化してくれるって言うのは……!」

「そうだ。だが、この技術は私が設計したLBXにしか応用出来ない。
つまり…ペルセウス、エルシオン、ミネルバ。
安心したまえ。ジン君たちのLBXも最大限のパフォーマンスを発揮出来るように調整をさせてもらう」

「ありがとうございます!」

私たちのLBXも大本は山野博士の設計思想に基づいているから、当然手を加えられるのだろうけれど、各々が最大限の力を尽くしたものを更に強化するのは並大抵の技量じゃない。

さすが山野博士だ。

素直に感心する。

今すぐにでも強化を始めようとしていた時、突然部屋中に警報染みた音が鳴り響く。

《山野博士! 大変だ!
街中でLBXが暴れ出した!》

マングースさんの声が響いて、すぐにモニターに映像が映しだされる。
ブリントンの街を破壊するLBXの姿。

見慣れた風景が破壊されていくのを見て、思わず手で口元を押さえた。

「『ディテクター』!」

「ブリントンの街が……!」

ヒロとバン君の叫びの直後、モニターいっぱいに「ディテクター」の姿が映し出される。

《イギリス、ブリントンの諸君。我々は世界を支配する者『ディテクター』である。
この街のLBXはブレインジャックした。
ブリントンの命運はもはや我々の手の中にある。
イギリス政府に要求する。シティにおける金融取引を全て停止せよ。
期限は本日の正午まで。要求が拒否された場合、ブリントンは壊滅するだろう。
イギリス政府の懸命な判断を望む》

「ディテクター」の姿はそこで途切れた。

ブリントンの金融取引が止まれば、世界経済の混乱は免れない。

「やはり『ディテクター』の目的はそれか」

ジンが呟く。
「ディテクター」の目的が明確化したとも言える声明に私も頷いた。

とにかくこの事態をどうにかするしかない。

オタクロスさんに連絡して司令コンピュータの位置を特定してもらい、政府には期限ギリギリまで回答を待ってもらう。

司令コンピュータの場所が分からない限り、私たちは動きようがない。
じりじりとした時間が始まった。


■■■


回答期限まであと一時間というところだった。

《司令コンピュータの位置が分かったデヨ。
ブリタニア時計台の最上階にあるデヨ!》

「ここからなら地下鉄3番線か5番線を使えば早い!」

オタクロスさんの報告にすぐさま山野博士が時計台までのルートを割り出してくれる。

「どっちが先に着けるか分からない。
二手に分かれて行こう!」

「はい!」

バン君の言葉通り、ビルニッジ天文台を出て、すぐに地下鉄の駅に向かう。
階段を駆け下りて、二手に分かれ、別々の路線へ。

バン君とランとジンが3番線。
ヒロとユウヤ、ジェシカ、それから私が5番線。

電車に飛び乗るとすぐに発車する。
おそらくは「NICS」が働きかけてくれたのだろう。
電車の中には誰もおらず、LBXがブレインジャックされてから乗客は急いで避難したみたいだ。

電車がウォーターイースト駅を超えたところで、ジェシカのCCMが鳴る。

「どうしたの? バン」

《こっちの地下鉄が止まってしまったんだ!
LBXの反乱によるトラブルだと思う。
そっちは大丈夫?》

「ええ、もうすぐ着くわ」

《そうか…。俺たちが着くまで頼む!》

そこでジェシカがCCMから視線を外す。
こっちにはヒロがいて、特殊モードを習得してはいるけれど、戦力的には心許ない。

ジェシカもそれを考えてか、深刻な面持ちで言う。

「……私たちだけでやるしかないかもね」

その言葉に私たちは頷いた。
電車が目的の駅で止まって階段を上がると、時計台がすぐ目の前に見える。

時計の針は十一時二十五分を指している。

あの上に司令コンピュータがあるはず。

「上まではエレベーターで行けるよ!」

「分かったわ! みんな、急ぎましょう!」

時計台に駆け込んで、エレベーターに乗る。
ヒロのCCMには電波探知用の画面が映し出されていて、上へと上がるごとに電波は強くなっていく。

エレベーターで一番上へ。

ヒロがCCMを掲げると、時計台の機関部と思われるような場所が一番強い反応を示す。

「この上です!」


そこに続く階段を上って、その踊り場に誰かがいた。

「スレイブプレイヤー!?」

「森上ケイタじゃないか!」

特徴的なチョーカーを付けたその人物は森上ケイタ君。
去年の「アルテミス」でバン君たちとバトルしていたのを思い出す。

「知ってるんですか?」

「去年の『アルテミス』に出てたアジアエリアチャンピオンよ」

その強さは明らかで、でも彼は一体誰と戦っているのだろうか。
ジオラマの中ではもうバトルが始まっている。

私たちではない誰かが、彼と戦っている。

考えている間に勝敗は決した。

火花を上げて、ウォーリアーがブレイクオーバーされる。

「他愛もない」

唐突に声が聞こえてくる。

視線をそちらに向けると、風摩キリトがそこにいた。




prev | next
back

- ナノ -