48.これより電車が発車します


ピンポーンと玄関のチャイムが鳴る。
ミネラルウォーターのペットボトルを傾けていたジン君を手で制して、僕が玄関の扉を開けた。

そこにはヨル君とアスカ君がいた。

「おはよう、ユウヤ」

「はよー」

僕を見上げて、ヨル君とアスカ君が朝の挨拶をする。
小さい子二人がするとなんだか微笑ましいなと思いながら、「おはよう、二人とも」と返す。
ヨル君は僕の背後を見ると、「ジンもおはよう」と言った。
その声にジン君が多分普段よりも優しい声音で「おはよう」と言う。

「今、大丈夫?」

「うん。朝早くにどうしたんだい?」

デジタル時計を見れば、時刻はまだ七時。
朝食の時間は七時半だったはずで、それでもまだ三十分の余裕がある。

「ジェシカから伝言。
支度して、朝食を食べたら、ビーチに集合。
午前中は思い切りビーチで遊ぶんだって。
カイオス長官から許可は取ってあるから、問題なし! ってジェシカから」

「ビーチで遊ぶって、水着は? 僕たちは持ってないけど…」

「それも問題なしだってさ。
ドレスの時みたいにホテルのを借りるらしいぜ」

ふわあっと大きく欠伸をしながら、アスカ君が言う。

ジェシカ君が考えそうだなと思いながら、良い息抜きになるだろうと賛成する。
ずっと戦い詰めだったから、たまには良いと思う。

僕の後ろで聞いていたジン君も「良いんじゃないか。息抜きも必要だ」と頷いていた。
それから彼はアスカ君が二度目の大きな欠伸をしたのを見て、不思議そうに首を傾げた。

「寝不足か?」

「あー…違う違う。すっごく早起きしただけ。
それで五時半ぐらいからずーっと今までヨルとバトルしてたんだ!」

「ジェシカたちが来たから、終わりにしたけどね」

それはさすがに……。

少し呆れていると、ジン君が僕の隣から二人に尋ねる。

「勝敗はどうだったんだ?」

「20戦15勝3敗2引き分け」

「15勝」をアスカ君が自分自身を指差して、「3敗」でヨル君を指差した。

「最後の5戦は引き分けとヨルの勝ちだったんだよなー。
オレ、全勝出来るって思ってたんだけど、なんかやればやるほどやりにくくなるから、面倒だった」

不満そうにアスカ君が言う。
その様子をヨル君は特に文句を言うこともなく、こくりと緩慢に頷いただけだった。

もしかしたら、彼女も眠いんじゃないかな?

「ユウヤもジンも準備が済んでるなら、一緒にレストラン行こう。
ビーチサイドカフェだから、風が気持ち良いらしいよ」

「メニューも結構あったぜ。
みんなで食べれば、全部食べられるから、ユウヤとジンはオレらと被らないようにしろよな」

「お前も食べろよ」とヨル君のお腹をふにふにと触りながら、アスカ君が僕たちに向かって言った。
僕も全種類見てみたかったので了承する。

ジン君は既に僕のCCMとリュウビ、それからルームキーを持ってきてくれたので、そのまま部屋を出る。
気に入ったのか、アスカ君はヨル君のお腹を突っつきながら廊下を進む。
後ろから見ると上着の中に手が入っていて、ちょっと犯罪っぽいなあと思ってしまう。

目の前の光景を隣にいたジン君は柔らかい表情で見ている。

それを見て、昨日の夜もこんな表情をしていたことを思い出す。
何かが満たされた優しい目をしていた。

そのことを思い出して、僕はふふっと笑ってしまう。
それにジン君は小さく目を丸くすると、僕に尋ねてきた。

「どうかしたのか? ユウヤ」

「ううん、ちょっとね。
ジン君の顔、にやけてるなあと思っただけだよ」

僕がそう答えるとジン君は複雑な表情をして、でも優しい目をさせたまま、「そうか」と小さく呟いた。


■■■


「はあー遊んだ遊んだー!!」

そう言ってぐぐっと伸びをするラン君の隣でトマトジュースは喉に張り付くからとスポーツドリンクを飲みながら、アスカ君がげっそりとした顔で呟く。

「いや、テンション高すぎだから。
さすがのオレも付いていけないぜ……」

アスカ君のその呟きに僕も「ははっ…」と何とも言えない笑いを漏らす。
ビーチバレー対決は面白かったし、海で泳いだことなんてほとんどないから楽しかったけど、さすがに疲れてしまった。

ヒロ君はもう完全に伸びていて、ぐったりしている。
郷田君と仙道君も同じ調子で、バン君が甲斐甲斐しく世話を焼いていた。

その横ではジェシカ君にジン君とヨル君が帰りの相談をしている。

誰かが相談しなければいけないことだけれど、女の子って意外と体力あるんだなと思う。
ジェシカ君はラン君と一緒に遊んでいたし、ヨル君はヨル君で浮き輪でぷかぷかと浮いたり、泳いだりを繰り返して、最終的にジン君に浅瀬に連れ帰られていたっけ。

思い出していると、ヨル君の背後からアスカ君が飛び付いて、「オレも送ってくれるんだろ?」と言っていた。

「もちろん! 仙道と郷田も送っていくわ」

「おお。ありがとな!」

ヨル君の背中に張り付いたまま、アスカ君がお礼を言う。

「本当に仲良いよね。
ヨルが来てって言ったら、アスカ、あたしたちの仲間になってくれそうなのに」

「そうだね。
でも、本人の意思を尊重するのは大事なことだし、ヨル君も無理強いはしたくないだろうから」

「まあ、そうだよね」

二人の様子を見て、ラン君は言った。

彼女たちは確かに仲が良い。
友達になるのに時間って関係ないんだなと実感する。

「みんな聞いてー!
これからダックシャトルに移動するから、荷物まとめて。
休むのはダックシャトルの中でよ」

ジェシカ君の言葉に僕たちは「はーい」と声を揃えると、各自の部屋に向かい、荷物をまとめることにする。


■■■


「バン、日本の護りは俺にまかしとけ!」

「『俺たちに』だろ。助けが必要なときはいつでも呼ぶといい」

「ありがとう! 郷田、仙道」

「僕たちも頑張ります! これ以上、『ディテクター』の好きにはさせませんから!」

郷田君と仙道君の言葉にバン君とヒロ君が大きく頷く。
その横でヨル君と話していたアスカ君が徐に僕たちに尋ねてきた。

「けどさー、みんな怖くないの?」

「え?」

「テロと戦うなんてさ」

彼女の意見は尤もだった。
怖いと思うけど、でも…やらないという選択肢は僕たちにはない。

アスカ君の隣にいたヨル君が何か言おうと口を開きかけたところで、ヒロ君がずいっと前に出る。
ダックシャトルの中で体力はすっかり回復したようだ。

「アスカさんもやっぱり一緒に行きましょうよ」

「ヴァンパイアキャットはすっごい戦力になると思う」

「そうかなー…」

渋るアスカ君にヒロ君は拳を握って、力説する。

「僕、こう思ってるんです。
バンさんたちと出会って僕の世界はぐーんと広がりました。
いろんな人とも会えたし、世界の見方も変わりました。
僕はLBXを通じて、この世界とコンタクト出来ていると実感しています!」

「急にどうしちゃったのよ」

「歌い上げちゃっってるけど…」

ラン君とアスカ君は呆れ気味だ。
僕はヒロ君の言葉は少し大袈裟だけれど、正しいと思いながら聞いている。
僕の世界もLBXと出会って、確かに変わったのだ。

「僕は僕たちが生きるこの世界を護りぬきたいんです!
そりゃ怖いですけど、でも誰かが護らなければいけない。
そして今、僕にはこの…ペルセウスという大いなる力がある!
だから僕は戦います!」

「分かったような分かんないような…」

アスカ君はヒロ君の言葉に首を傾げる。
視線をヨル君に向けるけれど、彼女は困ったように笑うだけだ。
彼女のその反応に自分と同じ意見と判断したのか、「だよなー」と呟いて溜め息を吐く。

「アスカ、もし気が変わったら、いつでも連絡してくれ。
俺たちは戦い続ける。それだけだ」

「待ってるよ!」

「気が向いたら、な」

照れ隠しのように視線を泳がせながら、アスカ君は言った。
「アスカの意志で来てくれるなら、私も待ってるよ」

そうヨル君が言うと、更に目を泳がせる。

「ま、本当に気が向いたらな!」

顔を少し赤くしながらそう言うものだから、僕たちは笑ってしまった。




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