04.降り積もる言葉


《あ、えっと、ジン?
……うん。私は大丈夫。
今はリリアさんと一緒に行動してる。
「ディテクター」の詳しい情報もリリアさんから聞いてる。
アミちゃんとカズ君のことも……。
なるべくならジンたちに合流したいけど、通り魔事件のこともあるから、今はリリアさんに協力しようと思うんだ。
……うん、LBXからMチップは抜いてあるよ。
リリアさんもいるし、それに私はアミちゃんやカズ君みたいに強くないから、「ディテクター」に攫われなんてしないよ。
私のことは気にしなくて、大丈夫だよ。
何かあったら、私からも連絡する。
それじゃあ、またね。ジン》


■■■


ヨルの言葉が重く、僕の心の内に溜まっていくような気がした。

「助けてくれて、ありがとう」

ヨルのその言葉はきっと心からの言葉だった。

柔らかに微笑み、澄んだ声で告げられた言葉。
僕はその声に、言葉に、後悔せずにはいられなかった。

僕はヨルを助けてなんていない。

少なくとも僕はそう思っている。

彼女が望むものは何も変わってなんかいない。
孤独なままで、その奥底に真っ黒な絶望が息づいている。
そしてヨルは未だに仄暗い視界の中で、当たり前のように笑っているのだ。

それなのに「ありがとう」と言われたことが堪えられなかった。

しかし、そう言われたことに安堵もしたのだ。

ヨルにとって正しいことを出来たんだ、と。
もしかしたら、ほんの少しでも僕はヨルを助けられたんじゃないか、と。

我ながら矛盾している。

そのことに苦い気持ちになりながら、僕は右手に握っていたCCMを見やる。

僕はバン君たちと一緒に「ディテクター」と戦うために、マングースに連れられ彼らと合流した。
ヨルはイギリスの誠士郎さんの元を離れ、今はリリアさんと行動を共にしているという。

リリアさんの詳しい職業を僕は知らないが、彼女は政府関連の仕事をしていると言っていた。
「ディテクター」について調査しているとすれば、それなりの対策はしているはずだ。
ならば、ただイギリスに居るよりは安全だろう。

僕がそう考えていると、廊下の先からバン君が僕に声を掛けてきた。

「あ、ジン!
ヨルと連絡は取れたのか?」

「ああ。
ただ、今はリリアさん……彼女の親戚の手伝いで独自に『ディテクター』を調査していると言っていたよ。
だから、僕たちとは合流出来ないみたいだ」

僕がそう言うと、僕に駆け寄ってきたバン君は残念そうな顔をする。
その落胆は当然だろう。

僕は僕の意志もあったが、バン君がヨルに再び仲間として来て欲しいという願いもあり、ヨルに連絡をしたのだ。

「そっか。
ヨルが来てくれれば、心強かったんだけどな」

バン君のその言葉に僕は素直に同意出来なかった。
むしろ、ヨルに会えないことに密かに安堵していた。

僕とヨルの間には彼の知らないことがある。

アリシア・ホワイトに対して彼女がしたこと。
その中には底の見えない暗い感情があり、どうしようもない想いがある。
それが僕とヨルの間に絶望的なまでに遠い距離を生み出している。

僕が感じたあの仄暗い視界も余計に彼女との遠い距離を実感させる。
あの視界の中で彼女が笑っていられることが、僕には苦しくて仕方がない。

僕は今ヨルを目の前にして、その瞳をまっすぐに見れることが出来るだろうか。

「……そうだな。
しかし、ヨルはリリアさんにイギリスでの通り魔事件で迷惑を掛けたから、あちらを断る訳にもいかなかったんだろう。
それに『ディテクター』について調査しているとなれば、いずれ僕たちと会うことになるはずだよ」

「そっか。それなら良かった!
それにしても、ジンがA国に留学したとは聞いていたけど……」

僕がA国に留学していることに疑問があるのか、バン君はそう言った。

「……色々、考え直したかったんだ」

お祖父様のことや「イノベーター」事件のこと。
僕がこれがどうするべきなのか。

未だ僕の中でその答えは出ていない。

「LBXを止めようとも考えた。
でも、出来なかった」

僕はそう言ってから、トリトーンを取り出す。

ヨルはLBXが僕を幸せにしないのなら、LBXを止めてもいいと言った。
それを止めはしないとも。

LBXが僕を幸せにするのかどうかは、僕にも分からない。
でもLBXを止めることは、どうしても出来なかった。

「このトリトーンはサイバーランスで作られ、僕専用にカスタマイズされたものだ。
つまり、Mチップは使われていない」

「Mチップのこと、知ってたのか!?」

「マングースから聞いた」

「そうか。でも、ジンが来てくれて良かった!」

「……うん」

バン君の言葉に僕が頷いた時、彼のCCMが鳴った。
彼がCCMを開くのを横から確認すると、ヒロからの通信だった。

《バンさん。長官が呼んでます》

「分かった。すぐ行く」

まさか「ディテクター」がまたどこかで暴れているのかと、バン君と顔を見合わせてしまう。
ヒロの様子から緊急ではないとは思ったが、バン君と共に長官の元に急ぐことにする。

その道すがらCCMを確認するが、僕が連絡を入れて以降ヨルからの連絡はない。
そのことに体の内側から吐き気が引いていく感覚とそれに焦燥感を抱く自分がいる。

「大丈夫」という彼女の言葉が蘇る。

僕はその「大丈夫」という言葉を信じたかった。
けれども、同時にヨルの寂しげな瞳を思い出してしまう。

あの海のように深く青い寂しい色をした瞳。

多くの暗く透明な感情が絡み合ったあの色を思い出すと、僕はどうしても「大丈夫」だとは思えなかった。

あの眼差しを彼女は今も僕に向けるのだろうか。





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