45.真夏の夜の夢


「歩きにくいな…」

いつもと違う感覚に悪戦苦闘する。
普段はブーツだから今は軽すぎるし、スカートの長さが違うので脚に纏わりついているような感じで歩きにくい。

まあ、服が気に入らない訳ではないし、そのうち慣れる。

ジェシカの選んでくれた服は私もランもアスカも、想像していたよりもずっと似合っていて驚いた。
相手が気に入らない服を着せるのではなく、相手が気に入るものを、かつ似合うものを合わせるというのはすごくセンスがいることだと思う。
髪の方も不揃いなのに、よくまとめられている。項がちょっと涼しいけれど。

さすが、ジェシカ。

そう思いながら歩いていると、「アルテミス」会場が見えてきた。
昼間は限定LBXやパーツが売られていたそこは昼間とは違う賑やかさで溢れていた。

オレンジ色の淡い照明。
肉が焼ける美味しそうな匂いに、何かの甘い匂いが一緒に混じるのは昼間にはなかったものだ。
一つ一つの屋台が大きいのはA国ならでは、ということかな。
道を歩く人が持っている食べ物を見ると、どれも大きくて、あれの半分でいいなと思う。

LBXとパーツが売っている場所と屋台の場所は明確に分けられているようで、先にパーツの方から済ませてしまおう。

私よりも小さな子や大人の人にぶつからないように気を付け、服が汚れないように注意しながら、パーツ屋を一つ一つ覗き込む。

私も欲しいパーツがあったら買おう。
ジャバウォックは中身はほとんど市販品だから、すぐにでも使える。
今持っているパーツの予備も欲しいところだ。

荷物が多くなったら、ホテルのフロントに預けておけば良いとジェシカに教えてもらったので、それから屋台の方に移るのでいいか。

これ、これ…とジャンク品の中から物を選びながら、道行く人が持っている食べ物もついでに観察する。
たくさん食べる…のは無理そうだけど、ちょっと量を減らしてもらって、幅広く食べようかと考える。

アスカのおつかいはそれほど時間が掛からずに済んで、私の欲しかったパーツも難なく見つかる。
安いなあと思いながらも、閉まっておける場所は限られているから、必要な数だけ買う。
「アングラテキサス」で使った爪に使えるパーツが手に入ったのは良かった。

これでもう少し使いやすくなるかな、まだまだ連続使用は出来そうにないけど…。

アスカのおつかいに不備がないか確認して、ついでに自分の分も確認してから、一旦ホテルに戻る。
フロントに荷物を預けて、今度は屋台の方へ。

とりあえず、端の方からいってみよう。

屋台でスペアリブとかステーキとかすごいな…。

ホットドッグやハンバーガーは量が減らせないようなので、今回は見送る。

バーベキューソースが少しくどいかなと思いながら、スペアリブを食べた。
中身がぎゅうぎゅうに詰まっているというか、肉を食べている感がすごい。
紙皿に乗っけてもらった肉が全部バーベキューソースというのも、なんとも言えない。
……不味くはないけど。

「いや、くどい、うん……」

オレンジジュースを飲みながら、感想を述べる。

バーベキュー味のしないものを食べたい。

「あら?」

何か味の薄いものを求めていると、虹色の…所謂ゲテモノのような色をした綿あめを持った見知った人物が見えた。

「貴女は確か古城アスカのサポートメンバーの…」

「あ、始めまして。雨宮ヨルです」

アレキサンダーシスターズのブレンダさんとジャスミンさんだった。
彼女たちはファイナリストに入っているからパーティーに参加するんじゃないかと思っていたけれど、どうやら違ったらしい。

「貴女優勝した古城アスカのサポートメンバーでしょう?
パーティーはどうしたの?」

「あ、いえ、その…諸事情で私はちょっと…不参加です。
寧ろお二人の方が…その、呼ばれていてもおかしくないと思いますが…」

「ええ。呼ばれたわよ。
ああいった場所は嫌いじゃないけれど、飛行機の関係ね。
明日の朝の便を取ってしまったから、辞退したのよ」

「ホテルには泊まるけど」と残り三分の一ほどになった綿あめを持ちながら、ブレンダさんが答えてくれた。
なるほど、と私は頷く。
今日はお祭りだけど、明日になれば普通の生活に戻らなければならない。

「ディテクター」を倒すために動いているから、少しそういう感覚に疎くなっていることに気づく。

私がそうぼんやりと考えていると、目の前に虹色の綿あめが音もなく差し出された。

「貰ってくれないかしら?」

「そんな、悪いですよ…」

「遠慮せずに貰ってちょうだい。
正直もうお腹いっぱいで食べられそうにないのよ。
それにカロリーだって気になって来たところなのよ」

ジャスミンさんが苦い顔をして、そう言った。

カロリーを気にするほど太っているとは思えないけど、感じ方は人それぞれだからなあ。

私はそれならば、と有り難く綿あめを受け取った。
一口食べてみると、普通の砂糖の味で、でも色のせいか良く分からないものを食べている気分になる。

「じゃあ、私たちはホテルに戻るわ。
機会があれば、貴女ともバトルさせてちょうだいね」

「古城アスカのサポートなかなかだったわよ。
個人では弱そうだけど、戦ってみたいわ」

「はあ…。機会があったら、よろしくお願いします」

微妙に褒められいるのか分からなくなることを言われつつも、「戦ってみたい」という部分を拾い上げて、頭を下げる。
二人は私に手を振りながら、優雅にホテルへと向かって行った。

もぐもぐと貰った綿あめを完食してから、私は次は何をしようかと考える。

そろそろお腹は限界だ。
これ以上食べたら、苦しくて眠れなくなる。

限定LBXでも見に行こうか。

「ディテクター」が動き出してから、市場に出回るLBXの数は減ったように感じる。
だから、こうやって何も制限なくLBXが売られているのを見ると、なんだか変な感じがする。

LBXが並ぶそこには試運転の為か、ジオラマがいくつか並べられていた。

「あ……」

「おお! これはこれは…!」

「こんばんは、ユ…」

「いえ、ここではオタレッドとお呼びください!」

「えっと…そうですね。オタレッドさん」

限定LBXをじっくりと見ていたのはユ…オタレッドさんだった。
傍らには持ち切れるのだろうかと心配してしまう量のLBXの山が出来ていて、それでもまだ買うのかと呆れたような感心したような……。

「オタ…レッドさんもパーティーに出なかったんですか?」

「はい! 師匠に買い物をしてくるようにと頼まれましたから!」

なるほど。
試合中もだいぶ買い込んでいたと思うけれど、一体どこに置いておくつもりなんだろう。

他の仲間もオタクロスさんに頼まれて、買い物に走り回っているらしい。
「大変ですね」と言うと「いえ! 好きでやっていることですから!」と明るく返された。

本人たちが納得しているなら、何も言うことはない。

「すみません。
本当はもっとお話ししたいところなんですが…これから、限定LBXのタイムセールがあるんです……」

「ああ、いえ、そっちを優先してください。
私は適当に歩いていただけなので」

「いえ! 本当はLBXについてお話したいとずっと思っていたんです!
バン君たちが初めて師匠に会いにいらした時に話してみたそうにしていたので!」

その言葉に私は驚いてしまった。

それは…確かにそう思っているように表情をつくったけれど、それを憶えていてくれたなんて……。

……意外と、周囲を良く見ている人だ。
そういえば前回の「アルテミス」で仙道さんに説教染みたことを言っていた。

「その…ええっと、そうですね。私も話して…みたかったんです。
また時間があれば、バトルもしてください」

「はい! 喜んで!」

「それでは!」とオタレッドさんは荷物を持って元気に走っていった。

「恨み言とか言われるかと思ったのに……」

思わず呟いてしまった。

文句を言われたいわけではない。
ないけれど、私の中であのことは責められて当然のことで、そうあってくれて構わないことなのだ。
何か言われても受け入れるし、極論を言えば殴られても良いのだ。
殴って気が済むのならそれで良い。
気が済まないのなら、いくらでも殴ってくれて構わない。
どんな形でもどうせいつか暴力は終わるのだ。

……無視されるよりずっと良い、と思う。

自己中心的だと分かってはいるけれど、この考えは頭の片隅でいつも誰にも気づかれないように密やかに息をしている。

「…………」

このままここにいて、彼とまた会うのは避けたい。

そう考えて、どこか違う場所を目指すことにした。

しかし、さて、どこに行こうと考えてみるけれど、あまり遠くにはいけないわけで。
CCMで時間を確認するとなんだかんだと二時間は経っていた。

パーティーもそろそろ終わるだろうか。

ホテルで合流も考えたけど、それをするには私の方が少し落ち着かない。

ぐるぐると視線を動かして、どこか良い場所はないかと探す。

「あ…」

祭りの底抜けに明るいのに寂しい音の奥に、聞き知った音が聴こえてきた。

そうか、あそこなら今は人がいないかもしれないし、丁度良い。

一応行先をメールで伝えてから、私は歩き出した。


■■■


目の前は真っ暗だった。

繰り返し繰り返し聴こえてくる波の音。
背後の淡い照明のおかげで完全に真っ暗でないというのは、地味に有り難い。

自分の見える範囲に人がいないことを確認してから、砂浜に降りてみる。
靴が砂に沈んだ。

私が来たのは海だ。

昨日の昼間にも来た、あの時とは正反対の静かな海。
観光地だから、夜でも人がいるんじゃないかと思ったけど、予想に反して誰もいないようだった。
「アルテミス」があったからかもしれないし、背後で賑やかな音をさせているからかもしれない。

今日はお祭りなのだ。
どうせなら、楽しい方が良いに決まってる。
昼間の海と違って、ここは少し寂しい。

すう、はあ…と深呼吸をする。
強い潮の香りが肺を満たす。

瑠璃色のストライプが入ったスカートの裾を持って、しゃがみ込む。
そおっと迫ってくる波に人差し指を近づけると、思っていたよりも生温い水が指を撫でた。
慣れない感触に少しくすぐったくなる。

そのくすぐったさが寂しいのだ、敢えて名前を付けるとすれば。

どうしてだろうとぼんやりと考え始めた時。

「ヨル」

名前を、呼ばれた。

声に振り返ると、砂浜へと続く階段、その中段にジンがいた。

「ジン。どうしたの?
遅くならないうちに合流するって伝えたけど…というか、パーティーは?」

私がそう訊くと、ジンは階段を降りながら、少し困ったような顔をする。
視線を私の背後にやってから私に戻して、口を開いた。

「君を迎えに来たんだ。
……パーティーはもう終わった。
あとは、僕が…少し、君と話がしたかったんだ」

最近は全く話せていなかったから。

やっと言えたというようにジンはそう言った後、微かに溜め息を零す。
そして、柔らかな眼差しを私にそっと向けたのだった。



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