44.女王様の着せ替え遊び


「さーて、始めるわよ!
ここはLBXプレイヤーらしくカスタマイズ、と言っておこうかしら」

「あ! それいい! ぴったり!」

おしゃれと言われるとなんだか妙に緊張するけど、それならちょうどいい。

「まずはラン。貴女からよ」

「えっ…あたしから? ジェシカがお手本見せてくれれば自分でやるよ」

「ダーメ! あたしがやってあげる。
『ディテクター』と戦う女子でも美しくなくちゃダメなの!
大体ラン…とヨルはおしゃれを無視しすぎ。
もっと自分を可愛くカスタマイズしなくちゃ」

「だから! 可愛いより動きやすい方が良いんだって!」

「それがダメ!
ランもヨルもそのうち素敵なプリンスとの出会いがあるわけだから!」

「『プリンス』〜?」

「出会うのは確定事項なんだね?」

「プリンス」という言葉にヨルと二人して疑問符を浮かべる。
そして、ヨルと目配せして、「この状況どうする?」と視線だけで訊いてみる。
あたしの問い掛けにヨルは小さくゆるゆると首を横に振った。

……どうしよう、頭がちょっとスイーツ過ぎて付いていけない…。

「女の子だったら誰でも一度くらい憧れるでしょ。
『シンデレラ』とか『眠れる森の美女』とか『白雪姫』とか!
あ、やったことない?
可愛い顔して鏡の中でにっこり〜とか、おもちゃのコスメセットなんかでママのお化粧の真似をしたりとか!」

「「ない」」

「ええーっ!」

思わずヨルと声が合ってしまった。

心がスイーツな爆撃を受けているので、二人して目がかなり据わっている。
ジェシカは驚いたみたいだけど、当然だとあたしは思うよ…。

「小っちゃい頃からじいちゃんと格闘一本だったもん」

「……右に同じく」

ヨル、それ絶対嘘だよね。
面倒になっただけだよね……分かるけど。

「あ、あはは……。
これは意外に重症…というよりも……ファイヤー!
ラン改造計画発動よ!」

「何それっ!?」

そんな計画はやだ!

ヨルに助けを求めようとするけれど、自分に被害はないと即座に理解したのか、もう隣にいなかった。

この裏切り者!

心の中でそう叫びながらヨルを捜すと、あたしの後ろでドレスの間と間を覗き込んでいた。

「うるさいなあ。静かにしてくれよ」

そのヨルが覗き込んでた所から顔を出したのは、アスカだった。

「アスカ! いたの!?」

「いるだろ〜。オレもファイナリストだぜ?」

「しかも優勝」とアスカがない胸を張る。
あたしはそれに「はいはい」と適当に頷いた。

「バンたちは?」

「あたしたちと一緒。今あっちでお着替え中。
アスカもドレス選びでしょ。
どんなのにしたの?」

「興味あるなあ。
男装女子ってこういう場合、どんな正装になるんだろう…」

やった。話題をあたしからアスカに変えることに成功した。
ジェシカが興味深々とばかりにウキウキしながら、アスカににじり寄る。

「どうでもいいだろう、そんなこと」

「ねえ! せっかくだからアスカのコーディネートも私にさせてよ!」

「いいよ。自分でやる」

「遠慮しなくていいって!
ねえ、帽子取ってみせて!」

「やめろよ! いいって!」

「助けろ!」とアスカは言うけれど、あたしとヨルは静観を決め込んだ。

大丈夫。本当にやばかったら助けるから。

あたしがそういう意味で頷くと、「いや、助けろよ!」とアスカが叫んだ。

ちょっとだけ、ちょっとだけと言うジェシカに遠い目をしていると、遂にアスカの帽子がジェシカに奪われる。
そこから出て来たのは、長い金髪だった。

「うわあ! ながーい!」

「あー…あのなあ、これ纏めるの大変なんだぞ」

「勿体ない…。なんで纏めてるの?」

「バトルする時邪魔だろ?
髪に気を取られて勝てなかったら腹立つし」

「なあ?」とあたしたちに同意を求めてくるアスカにあたしとヨルは頷いた。

「すごく分かる」

「私も前は髪長かったから、なんとなく」

「え? そうなの?」

「うん」

なんか面白そうなので後で写真見せて、とヨルに頼んでおく。
ヨルは「うーん…」と唸った。

「はいはい。納得したら、まずはこの髪をどう見せるかを考えましょう!」

「結局、そこに行くわけか…」

「あったり前でしょ!」

「オレのことはいいから、ランからお先にどうぞ」

「ううん! アスカからどうぞ!」

「遠慮すんなって!」

「遠慮なんかしてないって!」

あたしとアスカでなんとも醜い押し付け合いが始まる。
ヨルはなんかもう悟りでも開いたのか、口を閉じて、黙ってあたしたちの様子を見ている。

この裏切り者!

「ああ…迷うなあ。ランもアスカも…もちろんヨルも!
めっちゃ可愛くして、男どもをあっと言わせたいのよね」

「いや、オレ、そういうのいいから……」

「よし、決めた!
ランとアスカの二人のドレスから行ってみよう!
ちょっと待ってて!
ヨル、ドレス持ちよ! ついてらっしゃい!」

「ついてらっしゃい」という割には、ほぼほぼ引きずるようにしてヨルが連行される。

「行っちゃった…」

「っていうか、大量のドレスの中に飲み込まれて行った…」

二人で呆然としていると、アスカは大きなため息を吐いて、自分もドレスの中に飲み込まれに行く。

「オレ、ヨルを助けに行くわ。
あいつじゃこの中で迷子になりそうだからな。
それに……何も言わずにいると、とんでもない格好させられそうな気がする」

「ああ…あたしも行くよ。
そういえばさ、アスカ、ちょっと訊きたいんだけど…」

アスカの意見に納得した。
このまま待っていると碌なことにならなそうで、ならば自分から意見を言ってしまった方がいいんじゃないかと判断する。

もうそれヨルの方がおまけだよね。うん。

それから、ついでにアスカに訊いてみたかったことを訊いてみることにした。

「なんでヨルをサポートメンバーにしたわけ?」

「一人で十分だったじゃん」とアスカに言うと、アスカはあたしの問いに即答した。

「相性バツグンだったから」

「それだけ?」

「ほぼほぼ、大体、そんな感じだな。
一人で十分だけど、なんかいてくれたらいいなーっていうオレの直感」

にやっと笑いながら言うアスカには妙な説得力がある。
あたしはその笑顔を見ながら、分かる気もすると納得した。

まあ、アスカは暗殺犯を捕まえるのも手伝ってくれたし、そんな悪い奴じゃないんだろう。
戦い方はもっと正面から! と言いたくなるけど、あれも一つの戦い方。
ユウヤとジン、それからヨルの説明で作戦だと分かってはいる。

悪い奴じゃないならそれでいいか、とあたしはもう一度納得した。

あたしも結構直感型だ。


■■■


可愛いは正義だ。

あたしは今それを実感している。

ちょっと時間は掛かっちゃったけど、おしゃれって思ったほど悪くないじゃん。
あたしはバンたちの前で「じゃじゃーん!」とドレスを披露しながら、そう思った。

肩を出してるのはちょっと恥ずかしい気もするけど、黒色のリボンとドレス、それからアクセントになっているフリルはかなり気に入ってる。
ストッキングの色もジェシカに合わせてもらって、全体的にミネルバカラーでまとまってる。

アスカは長い髪を活かすことはせずに、結局ボーイッシュな感じで勝負することにした。
帽子とパンツをチェックで合わせて、シャツはジェシカ曰くラフな感じにしてみたらしい。
ジェシカは色々と語ってるけど、とにかくアスカとあたしは自分に合った服に決まって良かったと安心した。

さすがジェシカ、テンションはどうかと思ったけど、センスは抜群だ。

ジェシカ本人はオール黒。
所々こだわりはあるらしいけど、一番目が行くのはアスカとヨルとあたしで意見が一致したその深すぎるスリットだ。
現にヒロはちょっとだけジェシカから視線を外して、顔を赤くしている。

ちなみにあれに合うブーツとハットを探し回ったのはあたしたちだ。

男子の方は仙道は抜かすとして、全体的にジンの手が入っているみたい。

バンがちょっとワイルドなのが似合ってるし、ペルセウスをイメージしたっていうヒロもかっこよく決まってる。
ユウヤとジンは予想に反せず、きっちりしている。
黒に赤のジンと白に赤のユウヤは色を合わせたみたいだ。

「郷田は意外と冒険してないよなー」

「なんだとっ! このベストが良いだろうが!
ジャケットはこう…肩にしょって」


「雑なだけだ。着こなしも何もない」

そう言う仙道はとにかく胸元開き過ぎ。
似合ってる、すごく似合ってるけど。

それを横目で見つつ、ヨルの方に顔を向ける。
パーティーに出ないとはいえ、ヨルの服も相当時間を掛けて選んだ。
主にジェシカが。

スカラップカラーのノースリーブの白いワンピース。
その上から、かなり高い生地を使ってるみたいな瑠璃色のストライプが入った上品なサロペットスカートを着ている。
ワンピースの袖口とスカートの裾には控えめのフリル。
胸元には水彩絵具の青みたいな薄い色をしたリボンが揺れる。

全体的にふわふわしてて、でもヨルの細い体つきが不健康に見えない程度にしゅっとした雰囲気の服はヨルによく似合ってる。
ジェシカのもそうだけど、四人であっちこっち動き回って探した甲斐があった。

色の薄い髪も今は編んで頭の後ろで纏めてる。
ホテルの照明で美味しそうな蜂蜜色になった髪は不揃いでなかなか纏まらなかったけど、そこはジェシカが頑張った。

「良く似合ってるよ、ヨル君」

ヨルに視線を合わせて、ユウヤが言った。
その動きにあんたはお兄ちゃんかと突っ込みたくなったけど、気持ちは分かる。

ジンは胸元のリボンをさり気なく直しながら、「似合っている」と呟いた。
その様子をジェシカがにやにやと見ている。

大変厭らしい笑顔だ。怖い。

「これで全員準備は整ったな」

ヨルのリボンを直し終えて…あえて言えばちょっとバランスが良くなっただけだけど…ジンが言った。

「なんだか僕盛り上がってきました!」

「でも、まだまだ! 衣装選びはパーティーの序章に過ぎないのよ。
いざ、本番!」

「……仕切るなあ、ジェシカ」

ジェシカの只管上がり続けるテンションにバンが呆れたように言った。

あたしたちとヨルはここからは別行動。

CCMは手放さないように、何かあったら遠慮なく連絡を入れることなどなど…色々と確認する。
「じゃあ、おつかい頼んだ」「うん」とアスカとヨルが話して、拳と拳をこつんとぶつけあった。

「じゃあ、楽しんできてね」

ヨルが小さく手を振ってから、ホテルの大きな玄関から外に出る。

それを見送ってから、あたしたちもパーティー会場に向かうことにした。




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