43.子供の国を目指して
「なんでよ! なんでパーティーに参加しないのよ!」
「アルテミス」会場がすっぽり入りそうなホテルの中の衣裳部屋にジェシカの叫びが木霊した。
叫ぶと同時にジェシカは脳みそが飛び出るんじゃないのかと言うほど、ヨルの肩を掴んで揺らす。
揺らされるたびにヨルの顔が青くなっていく。
「ジェシカ、酔う」
片手で口を押えて、ついにヨルがそう言った。
よく耐えたと思うけど、こうなった原因はヨルにあるような気がするので、あたしはうーん…と首を傾げる。
首を傾げながら、あたしはほんの十分前の出来事を思い出していた。
■■■
「「パーティー?」」
想像もしていなかったことに、思わず全員が同じことを言った。
「そう! このホテルでよ!
ホテルグランドアロハロワ! この島最高の五つ星ホテル、ここで『アルテミス』の成功を祝って、パーティーを開くんですって!」
妙にテンションが高いジェシカはそう言うと、自分の背後にあったホテルを仰ぎ見る。
その横にはアスカと別れてジェシカと合流したっていうヨルもいた。
ヨルと合流したってことはジェシカがさっきまで会っていたって話の「お偉方」にヨルも会ってたってことなのかな。
「どうして俺たちが?」
「ファイナリストになったからよ。
はい、これが招待状!」
ジェシカはそう言うと、漫画とかドラマでしか見たことないような豪華な手紙をあたしたちに見せる。
赤い蝋みたいなやつで封がしてある。本当に豪華だ。
ファイナリスだから呼ばれたってことは、当然ヨルも呼ばれているはず。
「うわあ! すごーい!」
「パーティーの後はここに泊まるわよ!」
「すごいすごーい!
僕こんな高級なホテル泊まるの初めてです!」
「あたしも!
だけど、なんか緊張する…」
「NICS」やダックシャトルの部屋もちょっと良いホテルって感じがするけど、それとは全く別物。
わくわくとかドキドキとかより前に緊張の方が先に来る。
「ちょっと待って! まだパーティーに出ると決めた訳じゃ……」
「あたし出たい!」
「僕も出たいな。どんな世界か興味がある」
あたしの言葉に思わぬところから援護が来る。
ユウヤもいつもより興奮してるみたいで、キラキラと目を輝かせてバンを見つめた。
「良いですよね! バンさん」
「うーん…でも、いつまた『ディテクター』が事件を起こすか分からないし…」
「バンってば真面目すぎ。
それにもうパパの許可は取ってあるわ」
更にカイオス長官からも許可が出た。
これでバンがパーティーに出るのを断る理由はないと思って、ヒロとあたしとユウヤで畳み掛ける。
最終的には仙道も加わって、バンは大きな溜め息を吐きながら、「分かった」と頷いた。
「だが一つ問題がある」
あたしたちがパーティーの様子を想像して盛り上がっていると、ジンがそう言った。
「問題?」
「服装だ。ジェシカ、ドレスコードはあるのか?」
あたしには聞き慣れない言葉を言うと、ジェシカはこくりと大きく頷いた。
「さすがジンね。分かってるー」
「ドレスコードって、何?」
あたしが訊くと、ジンがそれに答えてくれる。
「パーティーでは服装についてルールが定められている場合が多いんだ。
それがドレスコードだ。
例えばジーンズはダメとか、ネクタイ着用とか。
パーティーは普段着ではダメなんだ」
「ええー…このままじゃダメなの?」
「だーめ! みんな忘れてるみたいだけど、ここはA国よ。
A国じゃパーティーといえば正装が当たり前!
普段着で行ったら笑われちゃうわよ」
「そうなんだ…」
「詳しいんですね、ジェシカさん」
ジェシカの熱い語りを半分呆れたように訊いていると、何故かジェシカが胸を張る。
ヨルはそれをじとっとした目で一瞬見て、自分の体を見て、一歩ジェシカから離れた。
まだアスカが女の子だったと分かった時のことを根に持ってるみたい。
「こう見えても私、スクールでは何度もパーティーを企画して成功させて来たんだから!
人呼んで、パーティークイーン!」
おお、ちょっとかっこいい…。
あたしがそう思っていると、ヨルは更にジェシカから距離を置く。
こっちはこっちでなんか面白いな。
「と、いう訳だから、みんな! 今夜は正装でお願いね!」
「正装っていうと……」
「まあ定番なら男はタキシード。女はドレスだな」
仙道がそう言うと、郷田は「そんな服は着たことねえ!」と何故か的外れに自慢する。
そこは自慢するべきとこじゃないでしょ。
「僕たち、そんな服持ってませんよ?」
「私に任せて! まずはみんな! ホテルに突入よ!」
ジェシカはそう言うと、隣にいたヨルの腕を掴んで、背後のホテルへと突入していく。
ヨルは何か言いたげにしていたけど、テンションに上がったジェシカに口を挟むのは多分無理だ。
ほとんど引きずられるような形でヨルの後をあたしたちも追った。
ヨルの顔には珍しく不満そうで、ちょっと笑ったのは秘密だ。
しかしヨルはジェシカに引きずられながら、ヨルにしては大きな声でジェシカにとってはとてつもない爆弾を落とした。
「……ごめん、ジェシカ。
私、パーティーには参加しない」
■■■
「曲がりなりにもヨルはファイナリスなんだから、参加するべきよ!
ヨルはちょっと不健康そうだけど、素材は私やランと一緒で悪くないんだから、ドレスを着て、目立つべきよ!
いけるから! 絶対にいけるから!」
何がいけるんだ……。
多分みんなそう思ってるはずだけど、ジェシカの迫力に負けて、口を挟めない。
ヨルは今夜のパーティーには参加しないらしい。
サポートメンバーでもファイナリストなのに。
なんでもアスカに「スパーク3000」のことを持ち出して、あいつに全部押し付けたっていうんだから、あたしの知ってるヨルにしては嫌に頑なな感じがする。
「アングラテキサス」の時みたいに…とはいかなそうだ。
「そもそも理由は何なのよ?」
「諸事情がありまして、その、目立ち過ぎだって。
パーティーにはそれなりの人が来るし、参加しないようにって………リリアさんが。
ロシアの企業からも出資してるから、何かあったら、リリアさんにバレる」
「それだけは…」とヨルが少し冷や汗をかきながら言った。
まあ、気持ちは分からなくもない。
あの人、ちょっと会っただけだけど、怖い人という印象が頭から離れない。
ジェシカも別にヨルを困らせたいわけじゃない。
掴んでいた肩にぐっと一度だけ力を入れると、「ぐうっ…」と唸った。
ジェシカも大人の事情と言うか、そういうことには弱いみたい。
これがもっと切羽詰ったものだったら、ジェシカはもっと食い下がっただろうけど。
それにそもそもヨルはアスカの「おまけ」みたいな意味合いが大きい気もするしなー。
「じゃあさ、あたしたちがパーティーに参加してる間、ヨルはどうするの?」
「……パーティーに参加しない代わりに、アスカからおつかい頼まれてるから」
うぷっと吐き気と戦いながら、ヨルがスカートのポケットを探ると、そこから四つ折りのチラシみたいなものを取り出す。
どれどれ…とあたしたちが覗き込むと、「FESTIVAL!」という文字が見える。
「お祭りですか?」
「『アルテミス』の会場の回りに、限定のLBXとかパーツとかが売っていた場所があったよね?
そこで後夜祭? みたいなことをするんだって。
LBXとかパーツとが安売りされるみたいだから、参加しないならおつかいに行って来いってアスカに…頼まれたんだ」
「あー…あいつ、そういうこと言いそうだよね」
あんたは「スパーク3000」貰ったでしょうが。
そう思わなくもないけれど、別にヨルに不満はなさそうだ。
あるとすれば、さっきから微妙に表情を硬くしているジンの方が何かありそうだ。
「…………分かったわ。
でも、おしゃれはちゃんとしてもらうからね!
男子はあっち。女子はこっちだから。
ばっちり決めていってよね」
「決めるって言っても、どこから手を付けていいか分かんないよ…」
「ラン。私に任せて!
私がすっごく可愛くしてあげるからね!
貴女は格闘技一直線で女子力にいまいち欠けるの。
もっと可愛さを前面に押し出した方が良いって!」
「うえっ?
あたしは動きやすい方がいいよ」
「そもそも私はこのままの格好で十分……」
ジェシカの勢いに押されていると、ヨルがおずおずと口を挟む。
あ、やばい。これ、あたしだけが追いつめられてる気がする。
このままじゃ押し切られると直感したあたしは素早くヨルの腕を掴んで確保した。
隊長! 捕まえました!
「いいから、おいで!
メイクも教えてあげるから!
ヨルも逃がさないわよ! ラン、そのまま捕まえてなさい!」
そう言うと、ジェシカはあたしの首根っこを掴んで、ずるずるっと連れて行く。
掴まれたあたしが更にヨルを掴んで、まるで悪戯して叱られて連行されるような面白い図が完成した。
「それじゃあ、男子!
着替えが済んだら、またここに集合ね!
バーイ!」
ジェシカはそうかっこよく言うと、慣れた足取りでこの場を後にした。
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