42.子猫の行進曲


「……でも、なんかあたしは気に入らない」

アスカの戦い方をランはそう一蹴した。

ジオラマの中ではヴァンパイアキャットがハカイオーZとペルセウスを相対させることに成功して、姿を眩ましたところだ。

ファイナルステージのジオラマは今までのものとは違い、スケールが大きく、立体的な構造をしていて、隠れる場所が多い。
自分以外は全部敵。乱戦は避けられない。

正面からバトルするのも良いけれど、アスカみたいに相手を利用するのも当然有りだ。

ジンの言ったように「いかに戦わないか」もバトルロワイヤルでは重要になる。

ランは真正面から、というのが得意だから、合わないかもしれない。

そう思いながらジオラマを注視すると、ハカイオーZとペルセウスが戦うその一方でアマゾネスの容赦のない弾丸がエルシオンを襲う。
遠距離ではエルシオンの方が分が悪い。
高低差もあるから、エルシオンの方が不利な状況だけれど、そこはさすがバン君。
盾で上手く防いで、相手の射程から遠ざかる。

「………嵌まった」

上手い具合にエルシオンとアマゾネスがヴァンパイアキャットが隠れているはずの場所から離れていく。
一方ではハカイオーZとペルセウスが一進一退の攻防を繰り広げている。

この状況は多分アスカの読みにかなり近いはず。

「エルシオン!」

「やられる!」

アマゾネスの猛攻にエルシオンが爆風に包まれる。
ブレイクオーバーの判定は出ていないけれど、そろそろ厳しいかもしれない。
そう思ってはみるものの、こういう状況で倒れるようなバン君ではないことを私はずっと間近で見て来た。

エルシオンが爆風の中から飛び出し、勝利の余韻に浸っていたアマゾネスを薙ぎ払う。
その一撃で相手はブレイクオーバーした。

そして、ハカイオーZとペルセウスもペルセウスの下段からの攻撃が上手く決まり、ハカイオーZがブレイクオーバーする。

「残ったのはエルシオンにペルセウス、それから……」

「ヴァンパイアキャット」

ユウヤの呟きを私が引き継ぐ。

ジオラマの中央で相対するエルシオンとペルセウスに横槍を入れるように、ヴァンパイアキャットが現れる。
複数を相手にする場合、目の前の相手以外にも注意を払わなければいけないから、戦う上では高い能力が要求される。

これに比べると、前回の「アルテミス」の方が分かりやすく、戦いやすいバトルだったけれど……。

三体が三体とも、相手の攻撃を上手くいなしている。

実力はほぼ互角だけど……ただアスカの方がバン君やヒロよりもひねくれている。

ヴァンパイアキャットがペルセウスとエルシオンの攻撃を上手く躱して、二体の後ろを取る。
二体がバトルの場を中央から下に移した時をアスカは見逃さなかった。

「今だ! 《必殺ファンクション》!」

《アタックファンクション デビルソウル》

ヴァンパイアキャットがトリプルヘッドスピアーを地面に突き刺す。
禍々しい黒い炎を纏って、《必殺ファンクション》がエルシオンとペルセウスを襲う。

「初めて見た…」

強請ってみてはいないけれど、ヴァンパイアキャットの《必殺ファンクション》は私も初めて見る。
……禍々しいというのが第一印象で、次にその威力に目が行く。

エルシオンとペルセウスをその一撃でブレイクオーバーさせる。

その展開にちらりと周囲を窺うと、みんな目を丸くしていた。
私は「うん」と一人頷いて、視線をアスカへと向ける。

《なんと…これは! エルシオンとペルセウス同時にブレイクオーバー!
勝ち残ったのはヴァンパイアキャットだー!
今年の『アルテミス』優勝は初出場の古城アスカとなりましたー!!》

歓声に会場が揺れる。
歓声を一身に浴びるアスカは本当に嬉しそうで、私はアスカの姿を見ながら、また一人頷いていた。

みんなが呆然としている間にアスカはチャンピオンとして司会席のような場所に案内されていく。

《チャンピオンにはCryster Ingram社が誇る『スパーク3000』が送られます!
それでは優勝の感想を聞かせて頂きましょう》

《タケルー! 姉ちゃん勝ったぜー!!》

そう高らかにアスカが言うと、選手席がざわつく。

「お、女の子だったの!?」

ランの叫びに私は首を傾げる。
よく見ると、私の隣に座っているジンも、その隣のユウヤも目を丸くしていた。
そういえば、確かジンがアスカのことを「彼」と言っていたような……。
疑問には思ったけれど、私自身はアスカを女の子だと思ってたから、大して気に留めなかった。

「ヨル、あんた…知ってたでしょ?」

私が驚いていないことに気づいたのか、ランが不満そうに私を見上げて言った。

「まあ。
でも、結構分かりやすかったと思うけど……」

私の言葉にランは「そうか?」と首を傾げる。
ジェシカの方は何故か…私の首から下、具体的には胸の部分を見ながら、納得したように大きく頷いた。

「なるほど。そういうことね」

……あまりにも、あんまりである。

隣に座っているジンの方を見ると、彼も私を上から下までゆっくりと見て、瞬きを一つした。
それから気まずそうに私から視線を逸らしたのだった。


■■■


「約束通り、優勝してやったぜ! ヨル!」

「うん、優勝おめでとう」

アスカが徐に拳を突きだしてくるので、私もそれに答えてアスカの拳を私ので軽く叩いた。

閉会式も無事終わり、私はバン君たちと別れて、アスカと合流した。
彼女はこの後大会委員会から何か呼び出されているらしい。
サポートメンバーだから、私も付いてこいとアスカが言ってきた。

「オレは『スパーク3000』手に入れたし、後はお前の小動物だな。
ちょっと待ってろ」

「……今?」

「早い方が良いだろ? お前、日本に帰る訳じゃないみたいだし。
昨日探しておいたんだぜ」

アスカはそう言うと、そろりそろりとその辺の日陰を目指す。
私も付いて行くと、そこには日陰で尻尾を揺らす猫がいた。

…アロハロワ島にも猫なんているんだ。

てっきりペットショップに連れ込まれると思っていたから、少し面喰ってしまう。
アスカは躊躇なく猫を抱きかかえると、「ほら」と私に差し出してきた。

「大人しいやつだから!」

そうは言われても……。

私は恐々と猫に手を伸ばす。
なー…という鳴き声に、少しだけ指が震えた。

「横の方から触れよ。いきなり頭からだと警戒するから。
首の回りを撫でると喜ぶぜ」

アスカの言葉に従って、首の回りを撫でる。

ふわふわで、温かくて、小さくて、ちゃんと生きてる生き物だ。

ほう、と息を吐く。
ただ触ってるだけなのに、すごく緊張する。

「よし、持ってみろ」

アスカはそう言うと、私に軽く抱き方を教えてから、猫を私に抱かせてきた。
力加減が分からずに潰してしまわないか不安になる。

みぎゃっと苦しげな声を猫が上げると、がじがじと私の指を噛んでくる。
舌のざらりとした、生温かい感覚に肌がぞわりと粟立った。

「力入れ過ぎだから」

からからとアスカが笑う。

「アスカさん! ヨルさん!」

私が猫を抱えて固まっていると、背後からヒロの声がした。

アスカはそれに「おお」と片手を挙げることで応えるけれど、正直それよりもこの状況をどうにかして欲しい。

生き物が自分に身を委ねているのが、なんだか妙に怖かった。

「アスカさんとバトル出来て、とても嬉しかったです!」

「ああ、オレもだ!」

アスカが心の底から楽しかったというように頷くのを横目に見て固まっていると、バン君とヒロの後ろにいたジンが私に近づいてくる。

私の腕の中にいるものを確認すると、彼は少しだけ目を丸くした。
それから私の頭をぽんぽんと軽く撫でてから、ゆっくりと私の腕の中の猫に手を伸ばす。

「手を少し緩めてくれ」

ジンの言葉にどうにか猫を持つ手を緩める。
そして彼は私の手から、そっと猫を取り上げた。

ジンの手に渡った猫はユウヤが「逃がしてくるよ」と言って預かってくれる。
そのまま元いた日陰に猫を慎重に下ろしているのが見えた。

「アスカさん、僕たちと一緒に世界を守るために戦ってもらえませんか?」

「え? 戦う?」

「ああ。俺たちは『ディテクター』と戦っている。だから是非君の力を貸して欲しいんだ!」

「アスカさんがいれば、とても心強いです」

猫の感触が消えない手を開いたり閉じたりしていると、そんな言葉が聞こえた。
それにアスカは少し悩むような仕草をする。

彼女なら煩わしいとでも思うだろうに。

組織の中で何かをやるというのがアスカには似合わないように思えてしまった私には、とても意外だった。

「ヨルー。お前はどう思うー?」

アスカは未だに少し固まっている私に意見を求めてきた。

彼女がいてくれたらと思うけれど……。

私は少し考えてから、口を開く。

「アスカの好きにすればいいよ。
やりたかったら、やる。やりたくなければ、やらないで良いと思う」

「うん、だよな。
そういうことで、オレは他にやることがあるから、悪いけど遠慮するよ。
ま、もう少しヨルは借りるけどな」

「大会委員会から呼ばれてるしな」とアスカは笑う。
彼女は私の手の中にもう猫がいないことを確認すると、「行こうぜ」と私に向かって言った。

「話を聞いたら、すぐに戻ってくるから」

さっきバン君たちと一度別れた時に言ったことをもう一度言うと、アスカの後に付いて行く。
そこでやっと私は猫が手の中からいなくなったことに安堵することが出来た。

猫の柔い感触がまだ手の中に残っている。




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