41.アルテミスファイナリスト


なんだ、この空間は。

俺は思わず、そう叫びそうになった。

眼下でバンたちが白熱のバトルを繰り広げる中、俺と郷田の間に挟まるようにして、古城アスカと雨宮ヨルが二人して座っている。
席は一つだが、それを半分にするようにして座っていた。

呑気にスナックを齧る古城アスカの横で、預けられたトマトジュースの缶を所在なさ気に持ちながら、雨宮ヨルは眼下のバトルの様子を目で追っている。
時折、「ん」と手を差し出す古城アスカの手に缶をスナックの袋と交換で渡したり、お菓子を差し出され、もぞもぞとそれを口に含んだりしていた。

……これがファイナルステージに出場するチームなのか。

呑気すぎる!

余裕があるとはまた違う感覚に辟易した。
更に言うなら、雨宮ヨルが俺と郷田の間に座る際に「決勝進出おめでとうございます」とけろっとした顔で頭を下げたのも尾を引いている。

俺は一年前の一件から、こいつをあまり信用していない。

バンたちが信用しているならと、だからこいつを仲間と認めている。
纏う空気が胡散臭いというのか。
事情はあれど、やったことが大きすぎる。

そう思っているから、俺はこいつが信用出来なくて、苦手だ。
それなのに、だ。
雨宮ヨルは何とも思っていないような顔でそこにいるから、余計に質が悪かった。

ちっ、と舌打ちをしそうになる。

「あれ、どう思う?」

「うーん…言い方が悪いかもしれないけど、ちょっとジェシカはランを舐めすぎ、かな。
ユウヤは前から思ってたけど、すごく柔軟な攻撃するから、ジェシカにとっては厄介だろうなあ」

「ヒロのチームって、ユウヤが司令塔なのかー」

「そうだね。
気持ち的に引っ張れるのはヒロだと思うけど、作戦とかはユウヤ…なのかな」

緩い声で会話を繰り広げる。
その割には真面目な内容に、郷田は「そうなのか!」と感心し、ジェシカの方こそユウヤの作戦に乗せられていたと分かった時には驚いたような顔をしていた。
そうじゃないだろうが。

ミネルバとジャンヌD、リュウビとトリトーンが相打ちになる中、エルシオンとペルセウスの一騎打ちの形になると、呑気な雰囲気は鳴りを潜めた。
雨宮ヨルが一層鋭く目を細め、勝負の行く末を見守っているのが見えた。

ほら、胡散臭いだろう。

誰ともなしに言ってやりたくなった。

最後はお互いの武器を相手の武器に替えて使うという面白い形のバトルになり、これも相打ちという形でEブロック準決勝を終える。
大会ルールによって、どちらも敗北。

残念だが、バンたちはファイナルステージには出場できない。

バンと「アルテミス」でバトルしてみたかったが…、ヒロとのバトルも十分見ごたえがあった。

「よっしゃ。じゃあ、バンたちを迎えに行ってやるか」

トマトジュースを勢いよく煽ると、古城アスカが立ち上がる。
雨宮ヨルはスナックの空き袋を四つ折りにして、ポケットへと仕舞い込んだ。

……本当、なんだこいつら。


■■■


「じゃ、優勝してくるから!
オレが『スパーク3000』で、お前が小動物触り放題な。
まかせとけ」

「うん、まかせた」

そう言って、アスカとヨルはハイタッチを交わす。

「仲が良いわね」と言ったのはジェシカで、「何がそこまで…」と言ったのがランだった。
僕の隣ではユウヤが微笑ましそうに笑みを浮かべている。

僕はと言えば、言葉では言い表し難い気持ちで少しばかり居心地が悪い。

大方の事情はヨルの口から聞いてはいる。
しかし、何がそこまでヨルが信頼する根拠になったのだろうか。
気になりはしたが、もっと詳しく聞こうにもアスカとヨルはこの会場ではほとんど一緒にいるから、訊く暇がない。

……どうしたものか。

感情の行き場に困り、それを溜め息を零すことでどうにか逃がした。

バン君やヒロ、アスカや郷田たちが選手用通路の先に消えたのを確認してから、僕たちは選手用の座席まで戻る。

「ヨルはやっぱアスカの応援?」

「バン君たちも応援してるよ。
ちょっと比重がアスカよりなだけだよ、ラン」

「ほら、サポートメンバーだもの」とヨルは続けた。
どうにも腑に落ちないのかランは何か不満を口にしようとしたようだが、ジェシカがそれを宥める。

「でも、意外ね。
話を聞いて納得はしたけど、ヨルってもっとこう…心の許容範囲が狭いと思ってたわ」

「……良いこと言われてないのは分かった」


苦い顔をしながら、ヨルが言った。
しかし本人も言われたことに心当たりはあるのか、反論はしない。

……まあ、仕方がないだろう。

一年前のことやイギリスのことを思い出し、少しばかり気分が重くなる。

背後から仙道の「ちっ」という舌打ちが聞こえた。
視線を少しだけそちらに送ると心底機嫌が悪そうな表情をしている。

「まあ…必要もなかったからね」

「………」

ぼそり、とヨルが呟く。
その言葉に僕は一層重い溜め息を零すしかない。

「今は必要になったってことでしょ?
良いことじゃん。
前がどういうのだったのかなんて知らないけどさ、無愛想だとこうやっててもつまらないし」

何でもないことのようにランが言うと、「早く選手席に行こうよ」と僕たちを促す。

後を追うヨルの顔を盗み見ると、嬉しいような寂しいような複雑な表情を浮かべている。
どうしたらいいのかと訊くように僕の方を見るが、僕はそれに答えることはせず、彼女の背を軽く叩いて、選手席に向かうように急かした。

ヨルは一度青い胡乱な瞳で僕を見上げると、こくりと小さく頷いて、ランの右後ろに早足で近づいていった。





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