40.前へ


やったことはないけれど、ごっこ遊びを思い出した。
どこかのヒーローやヒロインになりきって、世界を救っている気になるのだ。

ヒーローといえば、ヒロだなと連想する。

私たちのやっていることはサングラスのおじさんのストーカーっぽくて、少し嫌だ。

郷田さんたちに暗殺者が負けたことをアスカのCCMで一緒に確認してから、私はアスカに訊いた。

「作戦は?」

「さっきみたいによろしく頼むぜ!」

「……うん、分かった」

ぐっと親指を立てて、アスカが笑う。
アスカに信頼されるのは、多分すごく嬉しい。
心地良いというか、良くも悪くも裏表がないから、変な感情が混ざってない。

正の感情というのは力になる。

そのことがアスカといると良く分かる。

……これがいいから、サポートメンバーを了承したのかもなあ、と一人頷いた。

「待ちなよ、おっさん」

臆することなくアスカがその人の前に出る。
私もその後に続く。

彼からすれば、小さな子供二人が突然出て来たくらい、どうってことないのだろう。
一瞬たじろいだものの、すぐに口の端を持ち上げた。
サングラスの奥はどんな色をしたのかは分からなかった。

「あんただろ? 大統領を狙ってた暗殺者って」

アスカは自分のCCMを突き出した。
そこにはさっき録画しておいた目の前の人物のバトル中のCCM画面が映し出される。

バン君たちは持っていない証拠。

それに暗殺者はにやりと笑った。

「Dエッグ展開!」

アスカがその笑みを確認すると、その手に持っていたDエッグのスイッチを押して投げる。
Dエッグが床に転がると共にそのまま緑色をしたエネルギーフィールドが私たちを包んだ。
Dキューブと違って、Dエッグは半円のエネルギーフィールドでジオラマとプレイヤーを完全に隔離する。
これなら、相手ももちろん私たちも逃げることは出来ない。

「これで逃げられないぞ!」

「ちっ!」

舌打ちと共にジオラマの中にマッドドッグが放たれる。

「ヴァンパイアキャット!」

「ジャバウォック!」

私たちも同じようにジオラマの中に自分のLBXを放り投げる。

先に動いたのはマッドドッグ。
手に持った銃で弾を撃って来るものの、距離を取らずにぱかぱかと撃って来る。
遠距離攻撃というよりは完全な近接戦闘。

良かった。これならアスカの間合いだ。

マッドドッグはリズミカルにヴァンパイアキャットとジャバウォックを攻撃する。
ヴァンパイアキャットにマッドドックの蹴りが入り、後方に飛ばされる。

そこを狙った弾丸をジャバウォックの槍で防ぐ。
何発かはジャバウォックの肩を掠めたけれど、問題ない。

ジャンプして、ヴァンパイアキャットよりも少し前に着地する。

「なんだよ。ちゃんとやれば結構強いじゃん」

アスカが素直な感想を零した。

立ち上がったヴァンパイアキャットは準備完了というように、ステップを踏む。
次の動きの前に目配せ。

どう動けというよりは、信頼してるぜ! という思いが滲んだ素直な瞳。

なんか……ちょっとぞくっとした。

「だけど、オレたちの敵じゃないぜ!」

ヴァンパイアキャットは一歩後方へ。
ジャバウォックをマッドドックに向かって走らせる。

槍を振り上げ、そのまま力任せに振り下ろした。
地面は抉れて、マッドドックは左に大きくジャンプしてそれを避ける。

更にもう一撃だ。

装甲を薄くした分、今のジャバウォックは動きが軽く、小回りが利く。
すぐにマッドドックの背後に回り込んで、槍を振り上げるけど、これはマッドドックが前方に跳んだことで避けられて……そこでヴァンパイアキャットが自分の得物を構えている。

「喰らえ! 触れれば鬼をも殺す《トリプルヘッドスピア》!」

三又の槍がマッドドックを貫く。
そのままの速度と力でマッドドックをジオラマの城に縫い付けると、バチバチと音をさせて、マッドドックは爆発する。

ブレイクオーバーの判定と共にエネルギーフィールドが薄くなっていく。

ぐっと唸った暗殺者は、更に背後から聞こえた声にたじろいだ。

「アスカさん! ヨルさん!」

暗殺者の電波を探知したのだろう。
そこにはバン君たちが揃っていた。

「みんな! こいつが暗殺者だ!」

「大統領を暗殺しようとするなんて許せません!」

「大人しくしろ!」

「ちっ」

舌打ちして、私たちの方に向き直る。
子供二人なら、と思ったのだろうけれど、私たちの背後からも複数の足音がした。

視線を向けると演説会場にいるはずの拓也さんたちがそこにいた。

「もう逃げられんぞ、ジャッカル」

「終わりだ。大人しく来てもらおう」

拓也さんと八神さんの視線に射抜かれ、視線を数度彷徨わせてから、その人は諦めたようにだらりと腕を垂らした。

拓也さんたちは暗殺者にどこから取り出したのか手錠を掛けると、アスカと私に「良くやったな」と小さく呟いて、暗殺者をどこかへと連れて行った。

「しっかし、目の前で戦ってたやつが暗殺者だったとはな」

「…『隠者』。何を隠しているのかと思ったら、こういうことだったのか」

仙道さんがタロットカードを取り出し、そう呟いた。
不意に彼と目が合う。

暗殺者をみすみす逃がしてしまったことに何か思ったのか、気まずそうに目を逸らされてしまった。

「はあー…びびったぜ」

アスカは絞り出すように言うと、その場にへたり込む。
さすがに緊張していたみたいで、それが緩んだのだろう。

私はアスカの視線に合わせるようにしゃがみ込んだ。

「お前、全然平気そうだなー」

「……そんなことないよ」

「胆据わってんな」と呆れたように言ったアスカにそう答える。

どちらかというと、私はあっち側に立って負ける方だったんだよ、とはさすがに言えなかった。

「ありがとう。ヨル、アスカ!」

「お手柄ですよ、二人とも」

手を差し伸べて、アスカを立たせると、バン君とヒロが私たちに向かってそう言ってくれた。
アスカはそれをどこか誇らしげに受け入れて、私は二人の奥にいたジンに視線を合わせる。

大丈夫と言うように微笑んでみせると、ジンは安堵したように息を吐いた。

「バン! 何暗い顔してんのよ。大統領を守れたのに」

ランがいつの間にか思案気に俯いていたバン君に声を掛ける。

「いや、別に…」

明らかにそうとは思えなかったけれど、バン君はアスカにそう曖昧に返す。
その後ろから、ジェシカが「早く会場に戻りましょう」と言う。

「そうだよ! あたしたちの『アルテミス』はここからが本番なんだから!」

元気な声が通路に響く。

そうだ。バン君たちの「アルテミス」はこれからだ。

「そうですよ! 行きましょう、バンさん!」

「……ああ」

バン君は少しだけ溜め息を零してから、いつものように笑った。
彼らしい、私が知っているものよりも少しだけ大人びた、でも子供っぽい笑み。

「よっしゃー! オレが心を込めて応援してやるよ」

アスカがそう言うと、ランがあからさまに眉を顰めたのだった。




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