39.猫の眼と塵
「『スパーク3000』はオレが貰うとして、ヨルは何が欲しいんだ?」
「……優勝してから考えるよ」
私がそう答えると、ぶうっとアスカが頬を膨らませる。
「優勝することは決まってるんだよ。
だから、今から考えとけって!」
「ほら、言ってみろ」とトマトジュース片手に催促される。
私はそれに「うーん…」と唸ってしまう。
「アルテミス」に出ると言うだけでお腹いっぱいな気分だ。
他に何か…と考えてみるけれど、どれもアスカでは無理だろうと思う。
どうしようもないと思いながら、アスカをじいっと見た。
まず猫みたいという印象で。
それから、そういえば…猫なんて触ったことなかったなと思った。
「じゃあ、優勝したら、猫にでも触らせてよ」
「猫?」
「小動物ならなんでもいいよ。
あんまり触ったことないから、触ってみたかったんだ」
「ペットショップ行けよ」
「いや…そうなんだけど、なんとなく。
別に特にお金かからないし、良いと思うけど…」
「んー…分かった! それにしようぜ!」
「うん。まずは優勝…かな」
私がそう言うと、「大きく出るなー」と自分のことは棚に上げて、アスカは言った。
アスカがトマトジュースを煽る。
よく飲むなあと心の中で呟きながら、私もちびちびとトマトジュースを飲んだ。
正直、あまり好きな味じゃない。
■■■
「なあ、あいつ変じゃね?」
オレの呟きにヨルは屈んで覗いていた座席からやっと顔を上げる。
その手には黒くて小さい箱みたいなやつを持っていて、赤いランプが付いている。
ヨルは只管それを探して、「アルテミス」会場を駆けずり回っている。
オレはそれに付き添ってやっているのだ。
詳しい事情は…オレには現実味のない話だったけど、決勝まで時間があるし、何より暇だ。
目の前のバトルは面白いか、つまらないかで言ったら、つまらない。
こんなん見ているよりもヨルといた方が楽しいじゃんか。
ヨルが手元のCCMをちらっと見てから、オレの方に寄ってくる。
その途中でヨルは空いている座席に触ると、持っているのと同じやつを剥がした。
「何が?」
「つまんない動きしてる。
あのジャッカルって奴、逃げてばっかり」
「……」
オレの言葉に何故かヨルが黙る。
眼が忙しなく動いて、ジャッカルの動きを追う。
それから自分のCCMでジャッカルの動きを真似しだした。
オレもヨルもその指の動きを見て、「あれ?」と同時に首を傾げる。
「CCMとLBXの動きが連動してない」
ヨルの指の動きはあのLBXと合っている。
けど、プレイヤーの動きとは合っていないのだ。
「ヴァンパイアキャット、カメラモードオン!
最大広角望遠!」
ヴァンパイアキャットのカメラモードを起動させて、プレイヤーのCCMの画面をズームする。
オレのCCMをヨルが覗き込んできた。
「なんだ、これ?
あいつ、何見てるんだ?」
更にカメラをズームさせる。
多少映像は荒れるけど、見れればいいかとどんどんズームさせた。
「あれ? この人ってテレビで見たことある…」
「…A国大統領」
オレが答えに辿り着く前にヨルが呟いた。
……と、いうことは!
「ヨルたちが捜してたあんさ…もがっ」
「声が大きい」
最後の方はヨルに口を塞がれて、言うことが出来なかった。
「ジンたちに連絡しないと…。
沖に出てるバン君とヒロにも……」
「いや、待て」
ヨルが連絡しようとするのを、CCMを閉じることで止めさせる。
ヨルが眉をひそめた。
ぐぐっとCCMを開こうと力を込めるのが分かる。
ピシっとなんかヤバイ音がしたからだ。
やべえ…、意外と力あるこいつ。
「まだバトル中だぞ?
どうしようもないじゃんか。公にするわけにいかないんだろ?
だったら、待ち伏せする方がはえーよ!
オレたちは『アルテミス』の選手なんだ。
それを利用しようぜ! こっちだ!」
幸いなことに、LBXの動きに気づいたのか、郷田たちが反撃を始めている。
あれなら早々に決着が着くはずだ。
オレはヨルの手を引いて、通路を戻る。
ついでにヨルのCCMは没収してやった。
ここからあのおっさんが通る通路まではちょっと距離があるから、これでちょうど間に合うはずだ。
なにせ、オレもヨルも身長がなくて、歩幅がない。
間に合う、間に合う!
「待ち伏せして、どうするの?」
「決まってんだろ? 暗殺者を捕まえるんだよ」
「だったら、尚更ジンたちに連絡した方が……!」
「証拠突き出せないのにか?
言い逃れされても文句言えないぜ」
オレの説得力のある言葉にヨルが押し黙る。
「大丈夫だって! ぜってー逃がさないから!」
オレが負けるはずないし、とヨルを安心させるように言ったつもりが、ヨルは明らかに心配だというような顔をした。
なんでだよ。
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