38.勝利の方程式


「よーし! よくやった! ヨル。
上出来だぜ!」

パシっと、私の手から張りのある良い音がした。
少しビリビリするなと思いながら、視線をアスカの方に向ける。

「打ち合わせではもう少し猫被っておく予定じゃなかったっけ?」

「いいじゃん。別に。
いやー、それにしても楽しいバトルだよなあ。
さすが『アルテミス』、レベルが違うね」

したり顔でうんうんと頷くアスカに「そうだね」と適当に相槌を打つ。
公の大会…それもこんなに大きな大会に出たのは、本当に久しぶりだったけれど、アスカを上手くサポート出来た。

小さく溜め息を吐く。
呆れてるんじゃなくて、身体の中の色々なものを一時的に吐き出す。

「……」

利害もなく、言われたから倒すでもなく、純粋にバトルをするのって、やっぱり…そうだ。

楽しい。

ひっそりと、そう思う。
まだ輪郭がはっきりしないけれど、身体の奥からどろどろとした、少し気味が悪くて、黄金色に輝いている何かが溢れてくる。

これでいいんだ。
このまま輪郭をはっきりさせて、普通になっていくのが一番良いんだ。

そんなの分かっているけれど、嫌だと思う自分がいる。
寂しいのかな。
アスカに気づかれないように首を傾げた。

「よーしっ! すぐに二回戦だ!
行くぞ、ヨル!
今度もさっきみたいに援護してくれよな」

「了解。……努力します。
はしゃぎ過ぎないでね、アスカ」

「『アルテミス』って要はお祭りだろ?
今はしゃがなくてどうするんだよ!」

そう言われて、それもそうか、と私はふむと頷く。

「アスカは良いこと言うね」と言うと、「当たり前だ」とアスカは胸を張る。
この能天気というか、自信満々なところが好きだなあと思う。
相手との距離が妙に近いのも。

ランに言ったように猫と遊んでいるみたいだなあと思う。

……やっぱり、寂しさを埋め合わせているのかな。

段々と分からなくなって、首を傾げながら頭を掻く。
そのままトン、トンと軽く叩いた。

すう、はあ。

深呼吸を一つ。
切り替えはしっかりしなければ。


■■■


「うげっ!」

ランがまるで押しつぶされたような声を出す。
CCMの画面から顔を上げると、そこにはアスカとヨルがいた。

Aブロック決勝、ヴァンパイアキャットのトリプルヘッドスピアで相手をブレイクオーバーさせ、決勝戦進出を決めた。

まさに破竹の勢いだ。

目の前のバトルに対して、僕はそういう感想を持った。
アスカとヨルのバトルは目を見張るものがある。

ヴァンパイアキャットの動きは猫そのものだ。
自由に気ままに、挑発的な動きをする。身軽で隙がない。

それに対してジャバウォックは機体を軽くしただけに、ヴァンパイアキャットの動きに付いて行き、上手く敵を追いこんでいく。
致命傷を与えることも、ブレイクオーバーさせることもない。
地味といえば地味だが、敵の動きを誘導しているのが分かる。

存外、相性が良いように見える。

ヴァンパイアキャットの動きはトリッキーだが、その動きの意図をヨルはしっかりと理解している。
出会ったのは昨日という話だが、それにしても息が合っている。

「あんた、また来たの? あたしたちに何の用?」

「なんだよー。その言い草は。
ヨルはお前たちの仲間なんだろ? じゃあ、俺も仲間じゃん。
仲良くしようよ」

そう言ったアスカの横で、ヨルは気まずそうに目を泳がせた。
じとり、とランがヨルを睨む。

「……ヨル」

「……ご、ごめんなさい」

戸惑いながら、ヨルがランに向かって謝った。
眉を下げ、本当に申し訳なさそうに。

そんなやり取りの中、不意にヒロが立ち上がり、口を開いた。

「すごかったです! アスカさん、ヨルさん。
Aブロックでの快進撃!」

「えへへっ! だろ?
お前たちもファイナルステージまで勝ち上がってこいよ!
バトルするの楽しみにしてるからさ!
でも、優勝するのはオレ!
超高性能モーター『スパーク3000』は絶対に頂くからな!」

アスカは高らかにそう宣言した。
清々しいほどに、自信に溢れた言葉に思わず溜め息を零しそうになる。

その自信はあのバトルの腕があれば納得だ。

彼の自信には根拠がある。

《間もなく予選Cブロックが始まります》

会場内にアナウンスが響き渡る。
アスカはそれにぴくりと反応すると、言った。

「おおっと。
ファイナルステージに備えて、ヴァンパイアキャットのメンテナンスしなくちゃ!
じゃあ、みんな、またな!」

そう言うと、アスカはヨルの腕を掴んだ。
彼女の足がもつれるのもお構いなしに、無理矢理引きずっていく。

「ちょっと! バトルは終わったんだから、ヨルは置いていきなさいよ」

「こいつはオレのサポートメンバーだぞ!
連れて行くに決まってんじゃん。
行くぞ、ヨル!」

ぐいっともう一度ヨルの腕を強く引っ張る。
彼女は今度は上手くバランスを保ち、仕方がないと言うように歩き出す。
それでいて、とても機嫌が良いらしく、足取りは軽いように見えた。

青い瞳がすっと滑らかに細められ、僕たちの方を見る。
どこか曖昧な笑みを彼女は浮かべた。

去り際に、右手に持っていたCCMの表面を人差し指でこつこつと叩くような動作。

……元々単独でも狙撃犯を捜せるように打ち合わせ済みだ。
それほど問題はないだろう。

もうすぐ大統領が会場に着く頃だ。

僕たちも動き出さなければならない。




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