03.歪む現在
「あ〜……どれにしよう?」
LBXのカタログをスクロールさせながら、リゼがまた同じようなことで首を傾げる。
私はそれを横目に見つつ、彼女に言った。
「そろそろフレームの種類だけでも決めた方が良いと思うよ」
「とりあえず、ナイトフレームかストライダーフレームなのは決まった!」
「せめてどっちか一つにしてくれないと……。
それだけでも結構種類があるから」
拘りが強すぎるせいか、半年経ってもリゼは自分のLBXを持てないでいる。
一応は彼女の感覚に合うものもあったのだけれど、どうにも気になる部分があるらしく、実際に手に入れるという段階にまで至っていない。
この前ティンカー・ベルで操作した時は最初にLBXを操作した私よりも上手だった。
いざバトルすれば強くなれるはずなのに勿体ない。
………まあ、大抵の人はLBXをやり始めたばかりの私よりは上手いのだけれど。
「だってナイトフレームの初心者向けだとウォーリアーばっかり紹介されるし、だからって、あれは嫌」
リゼのはっきりとした拒絶は分からなくはない。
アリシアさんの普段使っていたLBXがウォーリアーだったんだから、嫌がる気持ちは分かる。
「分かるけど、別にナイトフレームはウォーリアーが扱いやすいってだけで、それだけが全てではないから。
まあ、ウォーリアーなら壊れても新しい機体が手に入りやすいから、私は便利だとは思う。
やっぱり流通量が多い機体の方が良いよ」
「……いや、その壊れる前提の選び方はどうかと思うわ。
あ、もうすぐタイニーオービットの新製品発表会の中継か」
そうかな。
いや、そうかもしれないとどこか切ない気持ちになる。
リゼは話を逸らすようにノートパソコンを操作して、画面をカタログから新作発表のネット配信に切り替える。
そういえば、バン君たちが拓也さんに招待状を貰ったと言っていた気がする。
この前の電話で楽しそうに言っていたバン君たちの声を思い出す。
彼らも今あの場所にいるのかなと思いながら、私もパソコンの画面を見せてもらう。
会場はもうたくさんの人がいて、新作LBXへの期待が伝わってくるような気がした。
ほどなくして拓也さんが壇上に姿を現す。
《お集まりの皆さん、大変長らくお待たせしました》
拓也さんがそう言うと、彼の巨大なホログラムが投影される。
そんな規模のホログラムを見たことがないから、さすがに驚いてしまう。
「おおー」
隣にいるリゼも感嘆の声を上げる。
《ただいまより新製品発表会を始めさせていただきます!
では早速、新製品をご紹介いたしましょう。
これが我が社の新製品、LBXアキレス・ディードです!》
「……アキレス?」
拓也さんの言葉で新製品に掛けられていた白い布が取られ、そのLBXが姿を現す。
「おおー」というどよめきと無数のカメラのフラッシュの先にいたのは、確かにアキレスだった。
塗装は黒く、全体的に機能が追加されているようだけれど、私の知っているアキレスだ。
懐かしさが込み上げてくる。
まだ鳥海ユイだった時、私は何度もアキレスとバトルをした。
《このアキレス・ディードはタイニーオービット社の新たなる主力商品として、全世界で発売予定です!》
「アキレス・ディードか……。
いいなー、これ」
「……リゼはアキレス・ディードよりも、もっと一般的な機体の方が良いと思うよ」
「え、なんで?」
私の言葉にリゼは首を傾げる。
私は拓也さんのアキレス・ディードの説明に耳を傾けるように促す。
アキレス・ディードは従来のLBXよりも機動性能を向上させ、軽量化に成功した機体だという。
まずLBXの操作そのものに慣れていないリゼがこの機動性能を活かせるとは思えない。
《そして、新搭載の小型ノズルで空中飛行も可能となっております》
「へえ、飛べるんだ!
ホバーじゃないってことはスピードも出るし、バトルでは有利だな。これ」
リゼがきらきらと目を輝かせているところで、悪いとは思いつつ口を挟む。
私も大して強くないけれど、リゼはその前に数度しかLBXを操作したことのない人なのだから、助言ぐらいいいだろう。
「うん。でも、だから、リゼにはアキレス・ディードは扱いづらいと思う。
地形をちゃんと把握出来るようにしないとだし、撃つ時に機体がブレるから地上戦で感覚を掴んでからかな」
「………ご尤も。
あー、他の初心者向けのLBX探すかー」
そう言って天井を仰ぎ見た後、リゼは画面に視線を戻す。
そこには拓也さんの操作でイベントスペースを飛び回るアキレス・ディードの姿が映し出されている。
その姿を見ていると一年前LBXが世界を変えるために利用されたり、世界を救うために戦っていたことがまるで嘘のようだった。
一通り会場を飛び回って元の場所に戻ると拓也さんが終わりの挨拶をし、新製品発表会はそれで終了らしい。
リゼはすぐに画面をカタログに切り替える。
アキレス・ディードに触発されたのか、熱心にスクロールしているけれど、早々決まるとは思えなかったので一旦その場を離れる。
あの場にいたアミちゃんにアキレス・ディードの意見を訊いてみようと思って、電話番号を呼び出してCCMを耳に当てる。
無機質な呼び出し音が数回続くけれど、出る気配はない。
イベントスペースにはたくさんの人がいたし、騒がしくて聞こえないのかもしれない。
また後で連絡しようと思ってCCMを閉じる。
「お茶でも淹れようかな」
お湯を沸かそうと台所に行き、やかんを火に掛ける。
リゼはやはり決まらないのか、気紛れに緩慢な動作でテレビを点けた。
年代物のテレビは徐々に黒い画面から移り変わり、今日の天気をのんびりと話し出す。
晴れの日が続くようなら、どこかに出掛けたいなと思いながら聞いていると、突然画面がスタジオに切り替わった。
《臨時ニュースです!
トキオシティでLBXが暴走し――……》
切羽詰った声が唐突に途切れる。
画面にノイズが走ったかと思うと、黒いフードを被り、仮面を付けた人物が画面に現れる。
画面を通してでも、その雰囲気が異質なのが分かる。
無意識に私はその人物を睨み付けていた。
「………」
「え、何? 誰?」
リゼが驚いたようにそう言った時だった。
仮面の人物が機械を通したかのような声で話し始めた。
《地球上全ての人間たちに告ぐ。
我々は「ディテクター」。世界をこの手に頂くことにした》
「……『ディテクター』」
思わずその言葉を反芻する。
「世界をこの手に頂くことにした」という尊大な言葉に、背筋に悪寒が走る。
リゼは画面を見つめながら、顎に手を当て首を傾げた。
「世界をこの手に…って、テロリストか何か?」
《見よ。ダイソンビジネスセンターの惨状を》
その言葉と共に「ディテクター」の背後にダイソンビジネスセンターの映像が映し出される。
真っ先に黒煙を上げるビルが目に飛び込んできた。
《この一帯の都市機能は「ディテクター」が支配した。
これはお前たちに現実を突き付けるためのデモンストレーションに過ぎない。
世界中に存在するLBXは我々の意のままに出来るのだ。
今、世界は「ディテクター」の手の中にある》
右手で何かを握りつぶすような動作を最後に、画面は元のニュース番組のスタジオに戻る。
「デモンストレーションってことは、次は死者でも出すってこと?」
「……どうだろう」
緊張感を孕んだリゼの呟きにそう返した時、CCMが鳴る。
名前を確認すると、「リリア・エイゼンシュテイン」とあった。
リリアさんの名前を見ながら、私はテーブルに置かれた自分のLBXを見る。
ティンカー・ベルの隣に置かれた、もう一つのLBXを。
そのLBXを見つめながら私は通話ボタンを押して、CCMを耳に当てた。
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